超-1在庫

3月に爆発的に増えた超-1の応募。
当初3話公開だったものを、4話、5話、6話とかさ上げしてこのところは7話と、どんどこ公開数を増やしてきたのだが、そろそろ一段落しつつある様子。(とかいうと、またドガッと来そう(^^;))

公開は原則「到着順」「古い順」なのだが、本数にゆとりがあるときは、同じ人が同じ日に集中しすぎないように公開を分散するよう調整するときがある。つまり、よほどの例外(ストックがソレしかないとか)でない限り、同じ日には別の応募者の作品しか並ばないように、極力努めている。
でも、これまでに何回かその「例外」の日もあって、同じ日に全部同じ人の話、なんて日もあった。何事も予定通りにいかないのがまたおもしろいのであるなあ、と。

また、3話同時に届くと3日連続で公開される(とぎれることもある)が、1話が単独で来ると調整のために連続公開の人より早めに公開されたりすることがある。例えば4話公開のときに、3人が3話連続で送ってきて、それより後に1話単独で送られてきた話があった場合、先行している3人の二話目よりも、後から来た1人の1話目のほうが優先になったりもする。また、似たテーマの話を並べてみて、それぞれの評を請うこともある。
このあたりは臨機応変なので、公開前日までの間に公開順が前後したり入れ替えられたりということもままある。

それでも、このところ「待機1週間待ち状態」が続いていたのだが、ようやく待機が捌けてきて、一週間待ちはさすがになくなってきた、と思う。

このまま落ち着いて、「毎日3話程度更新」のペースに戻ってくると、講評を書く人(僕も)も楽だろうなあ、と思うのだが、こういう「今すいてます」というようなことを書くと、またドガッと来そうな(^^;)


今回、僕の講評は最後にということにしておくつもりなのだが、見ているといろいろなスタイルの怪談を書く人がいておもしろい。
また、今のところ公開されていないけれども、応募フォームにある「あなたが怪談を書く必然とは?」に対する回答もいろいろあって興味深い。

「好きだから」「聞いて欲しいから」という端的なものもあれば、延々と思いの丈を書いてくる人もいる。また、「前回と同じ」という、一貫した方もいれば、「毎回ここを考えるのが苦痛だ」というほど、違うことを切々と書いてくる人もいる。さらには「通信欄」になっている人(笑)もいれば、「以下略」で済ます人も。「考えるほどわからなくなってくる」という、正直な答えもあった。

例えば、夢明さんが怪談を書く理由は、どうも「罰が当たるかどうかの実験」ではないかと思われる節がある(ときどき当人も言ってますね)。僕の場合で言うと「自分が最後になるのは厭だから。もしくは供養」として書いている。これと似た答えの人もいる。もちろん「怪談が好きだから」という明快な答えの人のほうが多い。

好きでなければできない仕事というのはある。
だから、「怪談が好き」という人は、それはそれで適性があるのだとは思う。
が、これは愛と恋の違いみたいなものでもあって(笑)、
「好きでなければ結婚しようとは思わないが、結婚生活は好きだけでは続かない。しかし、好きがどこかにないとつらさを我慢できない。が、結婚生活を継続させるのは〈好き〉だけではない。では、それ以外の要素はなんだと思うか?」
というのが、実はこの設問の真意のひとつだったりする(すべてではない)。

怪談をなんで好きこのんで書き【続けたい】と思うのかな? という素朴な疑問ではあるのだが、「好き」はきっかけであり、最後の砦ではあるかもしれないけど、その「好き」を維持し続けるのは大変で、「○○○だから好き」「○○○なところが好き」「○○○だから嫌いになれない」などの○○○を見つけていかないことには、しんどいのだろうなあ、とか思ったりする。


ところで、怪談が怖くてどちらかというと苦手でかなうことなら怖いところに行きたくない、「超」怖い話の劇場版を会場で拝見したときに、椅子から50cm浮いたヘタレ原作者としては、「あんな怖いモノが好きだなんて、みんなスゲェなぁ」といつもいつも感心しています(^^;)

怪談のどこが怖いのか、その怖さの何がいいのか。
そういうのについても、皆さん一家言お持ちなのでしょうねー。
いつか聞いてみたいものである。
次の「機会」あたりに。