先人訓(1)

同じ韻で「戦陣訓」というのがあるんだけど、それとも通じるような通じないような話。


学生時代に広告代理店でバイトをしていた頃。まあ、今にして思えば安いバイトだったような、そう思う一方で太っ腹な社長だったとも言うべきか。
安いと思うのは今現在の自分が得られる収益に比較した場合で、太っ腹だと思うのは当時の自分のクオリティと比較した場合。確かに美術部員ではあったけど、あれは金を取れる絵じゃねえよなあ、あの社長は偉大だったなあ、としばしば思い返す。

この社長がよく言ってたのが、「投資を惜しむな」。

「おまえら学生で素人同然なんだから、ヘタで当たり前なんだよ! でもな、俺はおまえらが将来うまくなると思ってるから金払ってんだよ。
いいか。例えば、どんなにうまく書けてたって、鉛筆書きの絵じゃ金取れないんだよ。でも、ロットリングで書いてあれば金が取れるんだよ。絵を描く奴は画材をケチってちゃだめだろ? いい道具で書く。いいものができる。だから、いい金が取れる。いい道具は、先行投資して高い金払って買って、それと取り組まないと使いこなせるようにはならない。金を掛けないでどこかで練習させてもらって、うまくなってから買おうってのは虫の良い話なんだよ。おまえらは虫が良いんだよ!*1
いいか、俺はおまえらに先行投資してるんだからな。おまえらも自分に先行投資しろ。今は無駄にしか思えなくても、将来必ずあのときの先行投資が生きてる!って実感するときがくるから!」

結局、僕はその道(広告屋として絵やデザインやら版下やらを作る)には進まず、文を編む・書く人になってしまったので、社長の先行投資は全然生きてないのだが(^^;)、この頃にさんざん言われた社長の説教は、後々僕の座右の銘のひとつになっている。

社長が言っていた「自分に先行投資」っていうのは、わかりやすく言えば「絵描きは道具をけちるな」で、いい道具を使わなければいい仕事は出来ない、ということ。元々彫刻屋出身の社長らしい言葉だと思う。同時に、「おまえら、素人同然の奴に俺が金を出すことの意味を考えろ」というものでもあって、今思えばあのときの「素人同然の仕事に文句を言いながらも金を払ってくれた社長」の存在が、「金をもらってする仕事」に対する緊張感・責任感みたいなものの、僕にとっての萌芽になっていたのではないかと思う。


一方で、金をもらわない仕事(それは趣味とも言う)もまた、自分への先行投資だったりすることはしばしばある。
いつだったか、Palmがブームだった頃に、趣味でVisorを買った直後にClieの仕事がきたことがある。あれがきっかけで、物欲関係の仕事(現在も続いている)を大手でやることになったことを考えれば、何が先行投資になるかなんて本当にわからない。
趣味のつもりでやり散らかしてることも、緊張感を持たないとイカンなあ、と思う。


この「社長訓」は、酒飲んでるときにはあまり出てこなくて、「壁に当たってるとき」に、不意に思い出す。だいたいいつもそう。今がそう(笑)
また、でかい買い物をしたいときに「自分と相談」する場合に、それを買いたい側の自分が常套句として引き合いに出す。
「社長も言ってただろ! 今これを買うのは先行投資だよ!」
で、そのうちの7割くらいは買い負けるのである(笑)。先行投資というのは、無駄と紙一重なわけで、「比較的原稿料が高い」という噂があったデジタル系ライターがみんなビンボだったのは、買い負けというか持ち出しが多かったからなんじゃないのか、社長、先行投資失敗です、という感がある。

*1:当時、ロットリングはそこの事務所のを借りてました。