宮本氏の弁

任天堂宮本茂氏の弁を、Nintendo Insideより引用。

業界*1の方向性について。

「どんな産業だろうとプレイヤーの全てが同じ方向を向いているのは健全ではないと思います。私達は産業を拡大できるように、それぞれ幾つかの方向の可能性を常に追求すべきです。ですから、私は任天堂がやっていることは産業にとって正しいと思います。しかしまた他社が他の道が正しいと信じるのはまた健全なことです」

これはまったくもって健全な思考で、同じことが怪談業界(笑)にも、そして超-1に限った実話怪談にも言える。
どんな怪談だろうと、読者/作者のすべてが同じ方向を向いているのは健全ではないと思う。怪談は様々な「聞いたことのない現象、逸話」を追い求めて、様々なベクトルに向かって採話の手を広げていく。同時に読者は「自分なりのこだわり」にこだわりすぎないで、いろいろなベクトルの怪談を寛容に受け入れる方向に、いやでも進んで行かざるを得ない。*2
同様に著者も怪談のバリエーションについて自分の定義の中に集約させてしまわずに、幾つかの方向の可能性を常に追求すべきだ。「超」怖い話はこれまでできうる限り「毎回違う話」が紹介できるよう、編著者/共著者のネタの吟味が行われ、読者の「初耳」に応えられるよう意識的または無意識の工夫がされてきたが、「超」怖い話がやってきたことは怪談好きの欲求に応える意味で正しい、少なくとも間違ってはいないと思う。
しかしまた、他の怪談本や怪談著者、読者が求める他の道が正しいと信じることも健全なことだ。
「正しい」というのは、「ある基準に則しており、基準にできるだけ近い」ということでもあるが、基準というのは常にひとつだけとは限らず、またいずれかひとつの基準が絶対であると他のすべての人々が認めることはごく稀である。
多くの基準を、それぞれの人々が正しいと信じて、自分の定めた基準に近づいていこうとすることは悪いことではない。
が、そのたったひとつの基準に拘泥し、服従(または屈服)を求めてしまうことは、「新鮮な衝撃を求め続ける」という怪談好きの訴求と相反してしまうのではないかとも思う。


宮本茂氏の弁はフランスで受勲した際のメディア・インタビューを翻訳したものだが、日本が誇る第一級のゲームクリエイターの弁としてだけでなく、ゲームを怪談に脳内変換して読んでみると、いろいろ深いと思うので紹介しておきたい。
http://www.nintendo-inside.jp/news/183/18320.html

*1:ゲーム業界のこと

*2:好きな物だけを拾っていくと、常にどこかで聞いたことのある話ばかりとぶつかることになり、新鮮な衝撃から縁遠くなってしまう。知らない、興味を持たなかったジャンルに手を広げていくことで、新鮮な衝撃を持続的に得ることができる