打ち合わせで出た雑談で

最近、何かと「怪談」に絡んだ打ち合わせが増えてるような。しかもGW中に数件。
夏も近いし、仕込みの時期ということもあって仕方がないかも。
レギュラー、準レギュラーも怪談ばっかりだし、もうじき新しい連載*1始まるしねぇ……。まだ書いてませんが。なんかもう怪談づくし。


その折に出た話。
「怪談を書くのに必要な能力は」
「そんなもんねェよ!」
と言下にビール飲んで終了……なのだが(^^;)
怪談に限った話ではなくて、そうした記事を書く人々の中ですばらしい仕事を残している方々は、たいがい、

  1. 好奇心が強く、様々な物/人/事に興味を持つ(物好き)
  2. その結果、博学になる(浅学も学のうち(笑))
  3. アンテナが手広い(情報収集に長け、視野が広い)
  4. しかも感度がいい(注意力がある)
  5. 洞察力がある(想像力と連想力だと思う)
  6. それを自分の中でかみ砕ける(他人の経験を自分の経験のように咀嚼してから外に出す)

と、共通した美質を持っておられるんじゃないかなーと思います、と応えておいた。

ドキュメンタリーをやってる方々なんか特にそうで、「聞いた話を聞いたまま出す」のは仕事ではないのだそう。
話した当人が忘れていて直接的には語っていないが、聞いた話をつなぎ合わせると「ここに何かが入っているはず。そうでなければかみ合わない」という「欠けたピース」があって、それを注意力と情報収集と洞察力でつなぎ合わせ、その上でまず「全体像」を完成させる。
情報の全体像を自分が把握した上で、「どこから上れば最短距離で頂上に着ける?」「どこから上れば登山そのものを堪能できる?」「どこを通ればパノラマが堪能できる?」といった、その山にとっての醍醐味、情報にとってのもっとも効果的な「再現方法」を考える。
ドキュメンタリー屋さんが「聞いて出すだけじゃダメ」というのはそういうことらしい。
この段階で「山の高さをかさ上げ(事実にゲタを履かせる)」してはダメだし、親切なガイドがナニからナニまで手を引いていくのでは、山を登る爽快感が味わえない。
うーん、怪談もそれです! と合いの手を入れておいた。


この雑談の折、超-1の話なんかも出る。
最近は、行く先々で出る。皆さん、見ておられるのですなあ。
「講評きついでしょうね」
「いやあ、全部終わらなくてもペナルティはないですけどねえ」
「著者の自作講評ってどうですか」
「それすら書いてない人多いですねえ」
やっぱり、自作について講評するのは難しいですよね、という話になる。
「自作講評も、一応暫定ランキングのペナルティにはならないんですけどね」
すると、とある雑誌編集さんは「でも、心証悪いですよね」てな意見。
まあでも、はあ、そうっすねぇ、と応えておいた。


超-1作品受付締め切りまであと2週間。
審査終了まで4週間。
長い祭だったなぁと早々に思うのだが、祭の実行委員長としてはまだまだその後が残ってるわけで。
「あれ、来年もやるんですか」と聞かれたが、今は考えたくないですー、と応えておいた。終わってないし。

*1:怪談