奈良萬

縁あって、「奈良萬」という酒を飲んだ。
純米吟醸酒
アルコール度数は17度と、日本酒にしても強い。そして強く甘い芳香がある。
生臭い話から言ってしまうと、4合瓶720mlで1350円くらい。
奈良、という文字は付くけど喜多方(福島)の蔵が作っている。
米は五百万石。山田錦色より格下、と言われてしまうポピュラーな酒米酵母は「うつくしま夢酵母」。不勉強にして聞いたことない。
僕は、無濾過生酒中垂れ、つまり、絞ったけど濾過してくなくて、火入れ(酵母を加熱してアルコール発酵を止めること)をしてなくて、中垂れ(中取りとも。絞り始めと絞り終わりの雑味を廃した中間部分のみのいちばん美味しいとこ)を飲んだ。
火入れされていないので、酒がまだ生きている。
生きている日本酒というのは酵母によるアルコール発酵がまだ進んでいて、醸造タンクで行われているのと同じ炭酸ガスを発生させながらのアルコール発生作業が、瓶の中でも進んでいる。
つまり、シャンパンのように瓶の中で日本酒が微かに醗酵=発泡を続けているのだ。
栓を開けてぐい飲みに注いでしばらくおくと、ぐいのみの中に微かに気泡が付いてくる。生きた酵母がぐい飲みの中にまで付いてきているのだ。
開栓してすぐに口に含むと、微かな「辛み」が感じられる。これは炭酸ガスの発泡による刺激が、舌を刺激するためと思われる。悪く、というかなんだがわかりやすく言うと、ビールやサイダーが舌に与える刺激を辛さと感じるのに似ている。白ワインと発泡ワインシャンパン、スパークリングワインなど)の差を考えるとわかりやすい。
日本酒もワインと同じ醸造酒なので、火入れして酵母を殺す作業をしなければ、生きている酵母によるアルコール生成工程は瓶の中にも持ち越される。
この味わいは、蒸留酒である焼酎では決して味わうことができない。(焼酎は蒸溜してしまうので、生きた酵母が受け継がれることはない)
初めて奈良萬を飲んだときは、一升瓶を空けていただいた。
最初はそのほどよい辛さ、微発泡の快感に驚いた。
が、空けて数時間(実際には一時間程度だと思う)のうちに、空気に触れて酸化したのか*1、それとも酵母が落ち着いたのか、炭酸ガスによる辛みが落ち着いて味が変わってくる。もっと落ち着いた優しい甘さが引き立つ。
気に入って未開封の四合瓶を一本買い、さらに一升瓶の残酒をいただいて帰ってきた。
空けて4日過ぎた残酒は、微発泡こそ落ち着いたものの空けて味が落ちるどころか果物のような香りと甘みを発する酒に変質していた。
僕の感想でもっとも近いのは、バナナ。
日本酒の、純米酒の、無濾過原酒の……材料は米と米こうじしかないのだ。なのにも関わらず、甘く熟れた南国のバナナの味がする。
よくできた吟醸酒大吟醸酒は不思議なことにメロンと蜂蜜の味(と香り)がする。
奈良萬はバナナの味と香りを纏っていた。
なんとも不思議な酒だと思う。

昔、「夜明け前」という酒が好きだった。今から15年近く前の話だが。不思議な味の酒で、よく言えば青竹を割ったような清々しさ、悪く(下賎な)言い方をすれば「三ツ矢サイダー」のような香りと甘さがあった。僕個人としては褒め言葉として前者を強調したい。
その後、杜氏さんが変わり、酵母も変えたようで、美味しいことに変わりはないのだけれど、宮坂酒造の真澄に近い味に変わってしまって、かつての一風変わった風味は消えてしまった。
日本酒にとっての「変わった風味」というのは、個性であると同時に「雑味」でもあるわけで、好みに左右されて評価も変わる。
頂点を目指せば評価は上がるのだろうけど、頂点に近付くほど味が似てくる。(これは乱暴な話なのだけど、よくできた真澄と久保田を厳密に見分けられるのは、専門家だけ。ちょっと日本酒が好きなだけの一般人には、協会7号酵母(真澄酵母)を使って醸された酒の利き分けはほとんど不可能だと思う。
でも、協会7号とあの頃の夜明け前は日本酒に詳しくない人間にでも見分けがついたし、奈良萬のうつくしま夢酵母についても明確な違いが見つけられると思う。


平たく言うと、「うつくしま夢酵母で醸した五百万石なんだかすんごくうまくて、無濾過原酒中垂れ純米吟醸の破壊力に圧倒された、という感じ。
なんだかスゲエ酒だ。


都内でも扱っている店はあまり多くないのだそう。
特に僕が感動した中垂れを扱っている店は数えるほどしかない。
もったいないのでその店は教えない(笑)
どうしても知りたい人はこっそり連絡してくださいm(__)m


そういったわけで、これから執筆する最新刊を始めるにあたっての御神酒として、奈良萬純米吟醸無濾過原酒中垂れを開封。神様、これは凄くいい酒です!

*1:ワインで言えばデキャンタージュに似てる?