安倍後を想像する(1)

安倍総理辞任によって、溜飲を下げる人も多いのではないかと思う。
支持していない人はまさにざまあみろだし、支持していた人は落胆・失望に見舞われているというところでは。
日本人の基本特質は「潔癖」。
サムライの切腹、責任を取るのは辞めること、というこの感覚というのは、1か0かを求めたがり極端から極端へ走る日本人の特徴のひとつ。これは「清潔を心掛けないと疫病が発生しやすい、湿度の高い風土」というのが産んでいる部分かもしれない。また、「面倒だから、こうなったら何もかもなくなってしまえばいい」という刹那主義的な資質も強く、卓袱台をひっくり返すことを良しとする向きが多い。これは震災や大火災、台風、敗戦の経験などから、「にっちもさっちもいかなくなったら、全てをひっくり返して灰の中から出直ししたほうがうまくいくのでは」という、出直し待望論が強いせいかもしれない。
潔いということに美学を求めるのが日本人なので、負けたら潔く辞めろ、さっさとやめろ、もうダメだから辞めろ、という方向に一斉に動くのは致し方ないところかもしれない。



さて――。
情緒的な感想は他の人に任せるとして、ここでは「安倍後」を考えてみる。


まず、議会の構成は、衆院与党=2/3を持つ自民党公明党参院第一党=過半数を持つ民主党
衆院は与党多数、参院は野党多数という衆参捻れ状態は解消されるわけではなく、次の衆院選民主党が大勝するまで、状況は変わらない。
民主党が拒否すれば、政府は何も出来ないという状況が作られてしまった以上、衆院選が行われるまで、野党が拒否し続ける限り政治は止まる。
つまり、今後は政治的な空白期間が始まることになる。
今の状況のまま解散総選挙を行えば、自民党が2/3を失うことはほぼ確実なので、自民党はすぐに解散総選挙を行うということはしないし、できない。
民主党解散総選挙が行われるまで、自民党との対話を一切拒否し「政治に参加しない」という態度を取ることが、もっとも効果的な戦法ということになる。仕事をしないなら議員歳費を返上してもらいたいくらいだが。


テロ特措法は

  1. 次期総理の下で延長
  2. 海上給油の根拠法となる新法樹立
  3. 民主党の主張に従い、テロ特措法延長を断念、海上給油を中止

の、三択になる。
このうち、(1)(2)は参院民主党の否決が確定しているので、いずれも衆院での再議決で成立させるしかない。この場合、「自民党による数の暴力」という批判が行われることになるのだが、参院民主党の多数派による反対は数の暴力じゃないのかとか、参院民主党の多数議席と同様、衆院自民党の多数議席だって「民意」じゃないのかとか……。


民主党の主張に従い、テロ特措法延長を断念、海上給油を中止した場合に何が起こるのかについては、これも数日前のエントリーで触れているけれども改めて。
原油輸入航路を往来する日本のタンカーを狙った、テロリストによる船舶自爆攻撃が起こる可能性を最小にする、対テロ洋上監視作戦に参加中のISAF艦艇群は活動縮小を余儀なくされる恐れがある。
対テロ戦に参加中のアメリカ、フランス、ドイツ、カナダ、イタリア、パキスタン他の国々から厳しい批判を受けることになるのは、安倍総理ではなく日本である。
約束を守れない国という批判を受けることになるが、それは民主党とそれを支持した有権者の多数意見ということになるので、これは覚悟して受け入れなければならない。
約束を守れない国という批判は、今後長くのし掛かることになるかもしれない。
しかしそれも、有権者自身が選んだ決断の結果なので、誰のせいにすることなく受け入れるしかない。


衆院選民主党が勝たない限り状況は動かない。
衆院選民主党が勝つとどうなるかについてだが、これは非常に多岐にわたってこれまでの自民党の政策と変わっていくように(も)見える。
基本的に民主党は「自民党の逆を行く」という公約を掲げ、対決路線を取ってきた。自民党以外の選択肢を示すという意味では、政権与党に対する不満の受け皿として機能した(=二大政党制の意義はこのあたりにある)。
小泉政権以降の自民党が推進してきたのは主に構造改革で、これまでの社会構造を改革していこう、というもの。しかしこれは、小泉以前の自民党が築いた既存の既得権益を脅かすことになるため、既得権益からの抵抗や既存の安定感を優先したい層からは反対を受ける。
民主党はそうした、小泉以前の「改革される側」の支持を取り付けたと見ていい。
つまり、改革がない社会、自立競争が少なく、政府による手厚い保護がある大きな政府による社会を掲げているのが民主党であるということになる。ゆりかごを出て自分で立てる自立性=改革を進めようとした政権与党と、ゆりかごの拡大を進めようとした民主党との選択で、「ゆりかごの拡大」を有権者は選んだということになる。
自民党への「お灸」は、結果的に民主党の躍進を進めることになるが、自民党の逆を突き進む民主党が政権を担当することになると何が起こるのか。


民主党が多数派与党になった場合、様々な民主党が主張する政策(自民党が反対して成立しなかったもの)が進められていくことになる。
例えば、

などなどが、進められていく可能性がある。


現時点で民主党の反対でテロ特措法(海上給油)の継続が断念されたということになっている。事前に米仏独他の各国首脳からの説得も、民主党は拒絶している。
その民主党が政権に付いた場合、米仏独は民主党政権を厚遇するだろうか。
米仏独他の国と距離を置いても、親中の民主党は「中国と積極的な信頼関係を築いていけば、アメリカと疎遠になっても問題ない」と考えるかもしれない。例えば、現在アメリカと結んでいる安全保障条約を中国と結び直す、とか――そこまで言ったらさすがにSFだと思うけど、そういう主張を内包している民主党参院で多数派となり、政権与党の総理を辞任に追い込む力を持ったということは、あり得ない話ではない。


ただ、政権に付いた社会党村山政権が、それまでの社会党の一切の主張を翻したように、民主党が政権を手にしたときに正気を保っていたならば、それまでの自民党がやってきたことと、結局は大差ないことしかできないだろう。
民主党が掲げた公約と違う、自民党と同じようなことしかしない、ということになった場合、民主党有権者から失望を叩き付けられることになる。


今回の安倍総理辞任会見は、新進党細川政権の細川総理の辞任会見と今後何度も比較されることになると思うのだが、その新進党が政権を得た背景には、
自民党にはもう飽きた。新進党に一度くらいやらせてみよう」
という意識があった。
その結果が細川政権の崩壊、失われた十年に続いていった。
恐らく、今回の参院選大敗と総理辞任待望論、解散総選挙民主党待望論、これらの中には、
自民党はもう飽きた。民主党に一度くらいやらせてみよう」
という、よく似た心理があるのではないだろうか。
あのとき熱いストーブの蓋に座ったことを覚えてないのか、それともその頃に選挙権がなかった層は、そのことを知らないのか。


酷い混乱が始まるのは間違いないのだが、それを覚悟の上で今の状況を望んでいる人が多いのだとするなら、なんてマゾなのかと思ってしまったり、よほど他人事なのかと思ってしまったり……。


PS.
与謝野官房長官の説明では、安倍総理の辞任理由の一つは健康問題であるらしい。
民主党が政権を取った場合、普通に考えれば「小沢総理」による小沢内閣の樹立ということになるのだが、心臓に爆弾を抱えており、参院選大勝の直後も静養のため会見を行えなかった小沢代表が、総理大臣の激務に耐えられるのだろうか。
恐らくは、健康上の理由を楯に総代分離*5の形を採り、党代表を小沢代表が務め、激務の総理大臣は菅直人鳩山一郎のいずれかが務める形になる。現在の民主党は小沢・鳩山・菅のトロイカ体制を続けているが、小沢代表下での総代分離体制になるとしたら、実質的には小沢代表の院政の元、総理大臣はその操り人形……という形になる。
新進党時代で言えば「細川護煕総理」、自民党時代で言えば「幹事長・小沢一郎の操り人形だった海部俊樹総理」あたり。

*1:労働力確保のために外国人移民を受け入れるというものだが、オランダ・イギリス・フランスなど欧州各国が労働力移民の受け入れによって内戦に近い暴動が起きたりしていることなどを考えると、アメリカやオーストラリアのように十分な広さの国土がない日本では、別の社会問題を引き起こす危険性が高い。

*2:第一段階としては地方参政権を、在日外国人に付与するというもので、第二段階としては国政参政権を外国人に付与するというもの。これと移民をセットで考えると、「日本に移民して日本の参政権を得れば、外国人が日本の政治について大きな影響力を持つことが出来る」ようになる。また、北朝鮮などからの難民を移民として受け入れる、中国人を大量に移民として受け入れるなどした上で、彼らが意思を持って参政権を駆使することもできるようになる。

*3:民主党の全てが同意見ではないのだろうが、民主党主流派は親中。小沢代表は自衛隊ではない国際協力のための部隊を創設すべき、と主張しているが、「補給・土木」を自律的に行い、かつ武装して自衛もできる組織となると、結局自衛隊と同じものをもう1セット作ることに他ならない。

*4:民主党内の労組系グループ、旧社会党系グループは、米軍排除に積極的。とは言っても、すぐにそれが実現できるということはないだろうけど。

*5:自民党では党総裁が総理を兼ねることで権力の集中を行い、政府のトップが与党のトップとして党を掌握することを伝統としているが、社会党と連立した村山内閣では時の河野洋平総裁は総理を兼任しなかった。これを総総分離という。民主党が同様の事態になった場合、民主党は「総裁」ではなく「代表」なので、総代分離となる。