歌ってみた人々

mixiのとあるコミュwにも書いた話だけど、少し追記してこっちでも触れる。

初音ミクは「曲を書けるけど理想的なボーカルに恵まれない」という条件のコンポーザーを掘り起こした。身近に足りない「理想的なボーカル」を初音ミクという合成音声=楽器のひとつと見立てることで、メロディラインのみの曲が「歌詞がついた曲」というひとつの完成を見ることになる。


昨今では、逆に「ミクオリジナルを歌ってみた(http://www.nicovideo.jp/tag/%E3%83%9F%E3%82%AF%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%B8%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%82%92%E6%AD%8C%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%BF%E3%81%9F?sort=f)」という感じに、初音ミクのために書かれたオリジナル曲を、人間の歌い手が歌ってみるという流れができてきた。


この「歌ってみた」には幾つかのポイントがある。思うに、

  1. 替え歌
  2. 元歌に忠実に近付く、元歌を越える(人間の逆襲)
  3. 著作権のクリア(JASRAC封印)
  4. 歌曲の流行のメカニズム

などなど。

替え歌

元々ニコニコ動画2ちゃんねるVIP/カラオケ板など)には、替え歌を歌ってみる文化wというのがあったわけで、それらの歌い手が元歌をメジャー曲/アニソンから、初音ミクのために書かれたミクオリジナル曲に求めるようになったという流れそのものは想像に難くないし、自然な流れであるかもしれない。

元歌に忠実に近付く、元歌を越える(人間の逆襲)

ミクオリジナル曲の元歌の歌い手はもちろん初音ミクである。
が、初音ミクオリジナルの曲というのには大きくふたつあって、
「曲が素晴らしいがミクの調教が追いついていないもの」
「曲が素晴らしく、ミクの調教もよくできているもの」
が上げられる。曲もミク(ボーカルの歌唱力)も、両方ともよくできている曲というのはまだ多くないのだが、曲は非常によくできている、というのはさほど珍しくない。
難曲もあれど、歌いやすい(取り組みやすい)曲も多く、「歌ってみた」には多くのシンガーが参加し、原曲の雰囲気に近付こうとしている。

celluloidを歌ってみた
http://www.nicovideo.jp/tag/celluloid

さらに、これを極めていくと、人間が初音ミクを凌駕する、という方向に進む。と言っても、実際の歌唱力で言えば人間のポテンシャルのほうがもともと高いわけだから、「人間の逆襲」というのもおかしな表現ではあるのだが、「コンポーザーが自分の歌を歌うボーカルを見付けられず初音ミクに歌わせた」というところから始まって、「人間のボーカルが初音ミクの曲を奪ってw歌い上げる」という流れに進んでいく(それによって楽曲の完成度がさらにあがっていく)というのは、非常に興味深い流れだと思う。中には元歌をさらにアレンジしなおしたものがカラオケとして出回り、それを歌うシンガーがドッと出て、別シンガー版から原曲に遡っていくリスナーも現れたので、この流れは馬鹿に出来ない。

初音ミクの暴走」を歌ってみた
http://www.nicovideo.jp/tag/%E5%88%9D%E9%9F%B3%E3%83%9F%E3%82%AF%E3%81%AE%E6%9A%B4%E8%B5%B0?sort=f
「不思議な幸せ」を歌ってみた
http://www.nicovideo.jp/tag/%E4%B8%8D%E6%80%9D%E8%AD%B0%E3%81%AA%E5%B9%B8%E3%81%9B?sort=f
「私は人間じゃないから」を歌ってみた
http://www.nicovideo.jp/tag/%E7%A7%81%E3%81%AF%E4%BA%BA%E9%96%93%E3%81%98%E3%82%83%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%8B%E3%82%89?sort=f
「みくみくにしてあげる」を歌ってみた
http://www.nicovideo.jp/tag/%E3%81%BF%E3%81%8F%E3%81%BF%E3%81%8F%E3%81%AB%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%82%E3%81%92%E3%82%8B?sort=f

※いずれも元歌はミクオリジナル曲。

著作権のクリア(JASRAC封印)

ニコニコ動画Youtube全般が潜在的に抱えている問題について。
あらゆる歌曲には「執筆者/作成者による著作権」というのが存在している。いわゆる商業曲というのは、その作品歌曲の再生について、作者/歌手以外が料金徴収を行い、作者にはその徴収された料金の大部分が渡らないという不可思議なシステムになっている。
この料金徴収を行っているのがJASRACで、大はCD、有線、放送などでの使用料徴収から、小は場末のスナックの弾き語りや流し、幼稚園のお遊戯会での楽曲使用にまで「楽曲使用料」を求めている。
ミクオリジナル曲を書いている作者の多く(100%かどうかはわからないけど)はJASRACに登録していないコンポーザーであると思われる。言ってしまえばプロではなく、プロとして楽曲の権利管理をJASRACに委託していない。故に、JASRACのコネで得られる利益(CD化、レコード会社との繋がり、その他)は一切得られないかわりに、演奏/上演その他についてJASRACの規制を一切受けない。
ニコニコ動画に流れている「既存曲のカバー」は限りなく黒に近いグレー(JASRAC判断)になるが、ミクオリジナル曲はJASRACがどんなに歯ぎしりしても手を出せない「完全な白」ということになる。*1
ニコニコ動画の場合、作者が「自分の提出した動画/音声を、他のユーザーが再加工する」ということを黙認もしくは歓迎するという風土がある。が故に、「曲を作った人」「歌う人」「動画を作る人」「MADを作る人」がそれぞれ直接の接点を持たずに並列して存在し、またそれぞれの間を原曲が往来していくという環境が形作られている。
これは「著作権を無視できるからできる」ということではなく、「著作権者が、作品の加工改変を黙認・承諾している」という点が大きい。無視と黙認の間には大きな開きがある。


日本には「真似の文化」または「工夫と改良の文化」というものがあり、誰かが始めたことに大勢で乗っかっていって、さらにシェイプアップしていってしまい、そこにさらに多くの才能や作り手が集結していく。
そういう繰り返しの中から、思いがけない才能が発掘されたりもする。
真似を許容し、工夫と改良を歓迎する。「歌ってみた」というのは、原曲を真似、工夫して改良しようという行為を肯定する第一歩であるわけで、初音ミク向け楽曲が歌われつつあるというのはそういう視点からも注目すべきことだと思う。

【すごいぜ!JASRAC
http://iiaccess.net/upload/view.php/000901.swf
JASRACって、ナニ? 著作権を保護してくれるんじゃないの?
……と思っている人は、こちらのFlashを参照のこと。

歌曲の流行のメカニズム

歌ってみた系が歌われる理由というのは、曲の良さもそうだが(良さには歌いやすさ、ノリのよさ、曲そのものの魅力も含まれるが)、カラオケの有無というのも大きいように思う。もちろん、自らボイスキャンセラでボーカル抜きして歌う歌い手もいるが、カラオケが用意されている曲は歌われる率が高くなる。
カラオケが歌われてしまうことで、原曲の再生率は下がる(歌ってみたに人を取られるw)という懸念がある一方で、歌ってみた人が増えることによって原曲認知度が上がり、原曲の再評価(○○○からきましたという回帰現象)が行われて、結果的に原曲+派生歌唱曲群という形でより多くの人に知られていくことになる。

JASRACなどはこのカラオケ歌唱でも金を取り、街場酒場での流しも認めないという方策を採っているわけなんだが、歌曲は人の口の端に載って繰り返し歌われてこそ流行るものであって、歌うなら金を払えと言われれば流行るものも流行らない。また、難曲であっても歌いにくい曲というのは人の口の端による複製(再歌唱)が行われにくいので流行りにくくなる、ということになる。
明治期に「辻演歌」という歌でする演説が流行り、ここから添田唖蝉坊なんかが出てくるのだが、その時代はラジオもCDもレコードもないから、辻で歌って歌詞カードを売り、歌い方を教えて人にも歌わせて流行らせる、という手法が多かったようだ。
ニコニコ動画における原曲とカラオケと歌い手の関係は、「歌われることによって曲は広まる」という事例の格好の証明になっているようにも思う。


「みくみくにしてあげる♪(http://www.nicovideo.jp/watch/sm1097445)」は、2007/9/20リリース。初音ミクオリジナル楽曲としてはかなり初期の名曲の部類に入るのだが、この曲はサビの「みっくみっくにしてあげる〜」の部分に弾幕*2の入る弾幕曲として知られているが、同時にシンガーによる「歌ってみた」系の定番曲でもある。
原曲の認知度が高いせいもあるだろうが、「歌いやすい(メロディラインが平易で、キーワードがはっきりしている」ということと、二次展開としてこの曲を用いた動画/MAD/3Dアニメなどが大挙して出てきたことも、相乗効果を上げている。




まあ何が言いたいのかというと、歌は歌われてこそ。
歌っているのを見せられているだけの曲、歌えない曲は、良曲であっても埋没していってしまう恐れがあり、実際にそうなりつつある。
僕なんかは「埋もれゆく良曲」を喜々として掘り、リピートして聞いているひねくれ者なので世の流行は別に気にならないんだけど、やはり「耳に残る曲」そして「歌える曲」というのがずっと脳に残るんだろなー、と思った。

★ミクオリジナルを(も)歌っている注目シンガー
雌豚閣下 椎名林檎/浜崎あゆみ系巻き舌エロティカボイス
http://www.nicovideo.jp/mylist/14988/600624#at_d
かにぱん 田中真弓*3そっくり七色ボイス
http://www.nicovideo.jp/mylist/371008/1159252#at_d
あめこ 下田麻美*4そっくりボイス
http://www.nicovideo.jp/mylist/36251/2971602#at_d
うたのおねいさん 茂森あゆみ*5そっくりボイス
http://www.nicovideo.jp/mylist/2800099/3388871#at_d
青もふ 初音ミク/藤田咲*6そっくり、と言われるボイス
http://www.nicovideo.jp/mylist/1293115/3235742#at_d

挙げるときりがないんだけど、もしかしたら本人?とか、それはないにしても実はプロ?というような芸達者が、初音ミクオリジナル曲をまるで自分の持ち歌であるかのように歌いこなし始めている。
もちろん、それを上回るスピードで連日新曲がリリースされている。
新曲の全てが当たりとは限らないが、良曲がどんどん量産されているのは確かだ。


今後はメジャー曲ばかりではなく、埋もれた良曲も歌われていくといいよなあ、と思ったり。


本日までに初音ミク関連曲(初音ミク歌唱のオリジナル、初音ミクによるカバー、初音ミクを人間がカバー)の合計が1.7GBに達した。
iPod touchは16GBしか入らないわけで、すでに1割以上が初音ミク
そりゃ人間としてどうよ(^^;)

*1:もちろん、フレーズの類似を引き合いに出して絡むことはできるかもしれないけどそれはまた別のお話。

*2:ニコニコ動画の文化がわかりにくい人に説明すると、コメントが雨あられのように書き込まれることを弾幕と言う。楽曲に弾幕が入る場合は、サビのフレーズがコメントとして書き込まれることが多いが、これは昔の(今も)アイドルのコンサートなどで、サビの部分を観客が合唱するのに似ている。

*3:声優。

*4:声優。次期ボーカロイド鏡音リン」の音源。

*5:NHKおかあさんといっしょ17代目歌のおねえさん。代表曲「だんご三兄弟

*6:声優。「初音ミク」の音源。