ヒット曲の栄光に立ちはだかる初音ミクという名のサイレン

これまでのところ、初音ミク関連では幾つかの成功曲あるいはヒット曲というものが生まれている。
いずれも、巨万の富を築けるかどうかはともかくとして、商品化は十分に可能、あるいは「それを題材とした二次的商品展開」を見込めるコンテンツであったと思う。

しかし、それらから利益を回収する試みや、二次的な商品展開はそのほとんどが失敗に見舞われている。

「みくみくにしてあげる♪してやんよ」はJASRAC登録を巡るトラブルで失速。JASRAC登録によって得られるメリットは今のところ目に見えて享受できているようには見えない。
「メルト」は権利トラブルこそなかったものの、作者はあの後、新曲をひとつも発表していない。CD頒布にはこぎ着けたけれど、これだけの大きなコンテンツとなったのに、ニコニコ動画はひとつも関連コンテンツでの利益を得られなかった。
デPについて言えば、いつか来る予定調和的終焉と言えなくもないけれどw、これについてはクリプトン社は大いに処理を誤ったのではないか、という気がしなくもない。
個人的にはデPの楽曲は商品化しても遜色ないレベルにあったと思うし、また再生数などから見ても、これも商品化を念頭に置いた展開をすることが可能だったコンテンツだったのではないか? と思っている。*1


つまり、これまでのところ初音ミク関連で大きく注目を集めたコンテンツ、楽曲として評価されたもののほとんどについて、「それを転がして関わった全員が幸せになる展開」に失敗している。
これは結構大きな問題かもしれない。
初音ミクというサイレンに魅入られた……とは言わないが、あまりにも商機を逃しすぎているように見える。関連書籍やキャラクターグッズは確かに出てきているが、肝心要の「楽曲を作った作者」への還元策は今以て不十分だ。


というのは、商業的に考えた場合、こうしたコンテンツは連鎖的に展開することで利益を生むものだ。
わかりやすくいえば、「原作マンガがヒット→アニメ化→キャラグッズ発売→ゲーム化」みたいな。
楽曲がそのまま連鎖の発火点やコアになるかと言われたらそれは即答が難しい。前例がないのと、そうした連鎖は商規模がある程度大きいという前提が必要になるからだ。


これまでのところ、楽曲を換金する方法*2は、「CD化」「カラオケ化」「着メロ化」しか用意できていない上に、いずれも失敗している。というか、成功している、方法論として確立できたと断言できるものがひとつもない。


権利的にクリーンで有望なコンテンツが多いわりに、それを活用する手段/方法論が、初音ミクのリリースから5カ月近く経とうとしている今に至って、未だに実現できていないというのはいかがなものか。まずこれは、ニコニコ動画に対して。


そして、ピアプロなどの設立でいち早く動いたクリプトン社についても、商機をだいぶ逃しているのではないか、という気がする。もちろん、クリプトン社の業務は「DTMソフトを売ること」「DTMソフトを必要とするユーザーを増やし、DTM市場を拡大すること」にあるわけで、ピアプロのような「ユーザー同士の協業を促進する」というサービスも、ユーザーの囲い込み&課題提示によるモチベーションの励起にあるのではないかとは思う。
そこからもう一歩進めたコンテンツビジネスを、一番リードできる立場にありながらその先が出てこないのは、やはり人手不足(というか、想定外の展開に対する、対応力の不足)ということなのかなあ、とも思ったりする。


DTMユーザーの拡大はクリプトン社の重要戦略だとは思うのだが、それを押し進めるに当たって、ある意味で手っ取り早いのは自作曲への評価を換金できるシステムの確立、その方法論の提示ではないかと思う。生臭い話だけど、「金になる」とわかることでモチベーションが下がる人は少数派だ。
また、正当な評価に見合う報酬を正当な手段で支払うことができる方法は、やはり必要なのではないだろうか。作者にとっても、開発元にとっても。


初音ミクというかこうした歌唱ソフトそのものが、本来は金儲けのための道具なのだが*3、「楽曲を作ることで金儲けをすることが、最優先ではない」というDTMユーザーを拡大したことによって、却って初音ミクで金儲けという号令を掛けにくくなってしまった点はあるのかもしれない。


初音ミクを通じてニコニコ動画とクリプトン社が得た最大の財産は、単純な「ユーザー数」ではない。モチベーションを持った楽曲作者である。
良い曲を作る楽曲作者が一人いれば、それを目標に曲作りに取り組む新たな作者や、そこから良い影響を受けて連鎖的にコンテンツを作る別種の才能を持った作者が芋づる式に発掘され得る。
そうした作者のモチベーションを下げないようにすることが、Vocaloidを一時的なムーブメントで終わらせるのではなく、持続的なDTM市場の拡大に結びつけるのではないか。


クリプトン社、ニコニコ動画ともに、CGMに依存する企業であるという旨のことを、以前の争議の際のエントリーに書いた。
いずれもユーザーの信頼を勝ち得、ユーザーを味方に付けておかなければ、勢いを維持できない。
如何にしてユーザーのモチベーションを下げず、かつ友好的な支援者の側に惹き付けるかというのが何より重要なのではないかと思うのだが……。

分野的に新しいビジネスモデルだけに難しいところはあるのかもしれないが、音楽からお金を生み出す方法って本当に旧来的な方法以外に確立されてないんだなあということを、この数カ月で改めて思い知らされた気がする。



PS.
補足として、「価値をお金を変える」についての話題の主語は、楽曲著者+CGMサービス提供企業(ニコ動+クリプトン)になるかも。
ユーザー(視聴者)+楽曲成果に報酬は不要と割り切れる人にとっては無関係な話なのだが、「もっと広く、長く楽しみたい」というユーザーの希望を満たすためには、どこかで「お金がちゃんと回る」というシステムが完成しなければならない。ボランティア精神だけに頼るシステムは永続もできないし必ず行き詰まるというのは、8/25危機以前の2ちゃんねるや寄付不足のWikipediaを見れば理解できる話。
曲を聴きたいリスナー、曲を発表したい楽曲作者、そのためのツールを提供するクリプトン、場を提供するニコ動、それらに関わる全ての人がそれぞれの利益を満たしつつ、全員にとって価値あるものにしていかないと、継続的な発展は難しいだろうなと思う。
一時的な盛り上がりで済ませていいのか、恒常的に定着した一分野に育てたいのかと言われれば、恐らく関わっている全者(リスナー含む)が「恒常的に定着した一分野に育てたい」と望むだろうと思う。
どうしても「金儲け」「利潤の上前をピンハネ」というよろしくない認識というか、儲け主義に対する嫌悪感がつきまとってしまうので、そのあたり難しいのかもしれないけど、収益を上げられる合理的で全員が納得でき、モチベーションも下がらない方法というのは、やはり探していかないとイカンのではないかなと思う。



PS2.
本項では、「タダで楽しむユーザー(受益者)」、「対価を求めない楽曲提供者」という、受益者方面の楽しみ方というよりも、「対価を求めない楽曲提供者に報いる方法」、「遊び場を提供している企業が、収益力=継続させる価値を見いだす方法論」といった視点で論じている。
ユーザーそのものはタダで楽しめるほうがいいし、金を稼ごうと思わない清貧の楽曲提供者が善という考え方があるのは理解できる。


ただ、そうした場として提供されているニコニコ動画は慈善事業ではないし、そうした場で使用されること/使用する人数が増えることを望んでいるクリプトン社も慈善事業でそれをしているわけではない以上、ニコニコ動画とクリプトン社が何らかの利益を得られるという方法論が確立されないと、いずれは「無価値なもの」「新たな価値を生まないもの」という、利益性の低い商品と見なされてしまう恐れもある。


僕などはどちらかというと、「如何にして遊ばせるか」「如何にして還元するか」というのを過去からズッと考え続けてきた人間なので、そうした発想に向かうのかもしれない。
タダで遊べる遊園地&遊具を維持する人が、タダ働きになってしまうと、いずれその遊園地は閉鎖されてしまう(そして、そういった例はいくらも見てきた)。
そういう遊び場&遊具&遊び方の提供者が、なんらかの利益を得る方法というのは、やはり確立されないといけない気がする。


ただ、そのための方法論が、今のところ何もかもうまくいっていない(辛うじて、一部の曲がカラオケに入り、何曲かが着メロになった、というところで止まっている)。
金儲けを肯定することに不快感を感じる清いユーザーが多いだろうことも十分理解した上で、それでもどこかに「胴元を設けさせる仕組み」と「仕掛け人に何らかの評価を還元する、誰もが納得できる方法」は探し続けるべきだろな、とは思う。

*1:デP処分そのものについて批判する気も特例嘆願する気もないけれど、デPの楽曲を「判断の基準、事例」とするならば、その他の全てについても同じことをしなければならないという覚悟(判断をどうするのかとか)があるのかどうか。

*2:言い方が悪いけど、評価を数字で測り、それを作者に還元する方法を考えると、評価を換金するという捉え方から離れることはできない。

*3:開発元にとっても、または仕事でハコ歌を作る人にとっても