名作の法則――50k Overの名作と5k Underに埋もれる佳作

一昨日書いたアレについて思うところあってメモまでは作ってあるものの、本業大車輪状態のため、ちょっと棚上げ。さすがに物理的に時間困窮中。
で、こういうときは心静かに音楽なんかを流しつつ、作業モチベーションを上げていくのが良い社会人というものだ。
だから、音楽の話をちょっと書きます。……結局書くんかい。


現在、僕のiPod touchに詰めこまれた初音ミク関連曲は、Ver.違いの重複を極力廃した状態(ただし歌ってみたは別として数える)で6.39GB。それまで入っていたメジャー曲は12GBくらいあって、もはや入りきらないので、ライブハウスで買った音源とジャズとクラシックと幾つかの「絶対条件曲」を残して、touchからは抜いてしまった。16GBは少なすぎだorz
で、残したミク曲はオリジナル、カバー、コミックソング、歌ってみた、におおざっぱに分けて整理している。媒体やDLなどで買う手段と機会が揃うものについては、極力買っている。これはこうした楽曲に接するに当たって自分に課した決まり。ライブハウスでそうするのと同じ。

名作の定義

さて。
ン万以上の再生、ン十万以上の再生を誇るメガヒット曲。名曲とか神曲とか言われる曲は実際のところ素晴らしい。毎日何十曲も新曲が更新公開される中にあって、楽曲との出会いは一期一会だ。同じ曲を何度もテレビやラジオや有線で繰り返し流すメジャー曲と違って、積極的に聞こうとしなければ出会うことすらもできないのが、こうした曲の実情でもある。
やはりその意味でン万以上の再生数実績を持つ神曲は、どれもこれも掴みが凄い。
一期一会のチャンス、最初の一聴で聞く人の心を鷲掴みにし、もう一度、もう一度と繰り返し聞かせる力がある。メロディも凄くてアレンジも凄くて何より歌詞に強いメッセージがあり、そして初音ミクがよく調教されている*1。なるほど、これだけのもの聞かされたら納得するしかないや、というのが当然の反応だ。
良い曲は、良いからこそ、訴える力が強いからこそ、聞く人に連鎖反応を起こす。


僕もまた何かを作る仕事をしているわけなのだが、そうした中にあって「傑作・名作の定義」を訊ねられることが稀にある。僕に聞くなよw と思う反面、確かにどういうものが名作なのかというのを考える機会は、あるようでない。

売れたら名作

売れれば名作か。まあ、売れたら名作だろう。それは間違いない。
売れるということは、売れたのと同じ数だけの人間が、自発的に(或いは人の薦めを受け入れて)、自腹を切って本なり作品なりを購入した、ということだ。中には義務や義理で複数冊買って友達や親類、会社の同僚に配ったりする人もいるかもしれないが、そんなのはごく稀少な例外であって、大多数の人は「自分が読む・聞くために、一冊だけ買う」のだ。自分の金で。
金というのは気軽に捨てられるものではないわけで、それを読む・聞くための貴重な可処分時間を消費し、それを自分の稼いだお金で買ってくれた人がそれだけの人数いるということは、それだけ多くの人を「動かした」と見ていい。
だから、売れたら名作というのは、単なる経済効果、営業成績として以上に大きく深い、そして数字に転換できる確実な説明になっていると思う。


ただ、爆発的に売れたらそれは名作かと言われたら、それだけでは足りない気がする。それは、「最初の消費者を多く獲得することに成功した」という説明でなら足りる気はする。

繰り返し再生・再視聴・再読できれば名作

名作だけど、一度読むとおなかいっぱい、という名作はある。
名前を挙げると角が立つので敢えて例は挙げないけれど、凄くいいことは確かだけど二度は読まない、二度は見ないでもいい、というものはある。ミステリー映画の類など犯人がわかったらもう価値がないようなものは、どんな名作であっても二度は読まれないし、見られない。名作だけど、行き渡ったら再読・再視聴されないというもの。
ということは、一度だけでなく何度も聞ける、何度も読める、何度も見られる、一度では消化しきれないもの、中毒性の高いもの=名作と定義できる。


では、何度も聞けるというだけで、それは名作と言えるのか。まだ足りない気がする。

人に奨めて回られるのは名作

次に、「自分で聞く・読むだけでは物足りなくなって、いろいろな人に教えて回りたくなる」というのが来る。
この段階に至ると、聞いた人、読んだ人、見た人というのが、触媒というか頼まれもしないのにセールスマンになって、あちこちに火を点けて回るようになる。
「おい、あれ聞いたか。読んだか。見たか。凄いぞ。見たほうがいいぞ」
折りに付けて触れて回る。うざいほど騒ぐ。
人の心に火を点け、火を点けられた人がさらに方々に延焼させて回る。そうさせる力があるものというのは名作だと思う。
最近だと「男女」とか「ウッーウッーウマウマ*2」とかね。


まず、年齢・趣味の近い友達に。接点の多い彼女彼氏に。家族に。同僚に。
横方向に広まりきったら、親に……は難しいけど、子供に。親の影響でコスプレしてコミケに出入りするお子さんとか珍しくないでしょうw
これがもっと年数オーダーが長くなると、ペリー・ローダンとかスターウォーズとかスタートレックとかクトゥルーみたいに、「父から子、祖父から孫へ、親子三代に渡って」という流れに。日本だとドラえもんとかガンダムとかw
つまり世代を超えた縦方向への放火が、ある一時期だけに進むんじゃなくて、何年も掛けて長く続く。ロングテール状態になるのが名作。だから古典は名作と言われるわけですな。


では、心に火が点いた人があちこちに知らせて回る手段は、なんだろう。
レビューを書く? 頼まれもしないのにCDや本を買って配る?
そんだけでは足りないだろう。いても立ってもいられなくなった人々は行動を起こす。

励起されて何か新しいものを生み出させる苗床になれば名作

「影響を受けた、与えた」或いは「リスペクトされた」という言い方をされるものがある。古典に影響を受けてとか、絶大な人気を誇るロックスターに感銘を受けてとか、そういう言い方。
これはつまり、単に絶大な支持を集め、何度も再生・視聴された中毒性が高いものが、その作品に留まらずそれを聞いた別の誰かを励起して、その影響を受けた別作品を作り出す、ということだ。ニコ動で言えば「原曲」→「歌ってみた」の流れがその典型だし、「原典」→「SUPER HATSUNE BEAT Vol.1(http://www.nicovideo.jp/watch/sm1563848)」や、「原典」→「初音ミク名曲メドレーをオーケストラで(http://www.nicovideo.jp/watch/sm1881960)」などのようなアレンジものもこれに入るかもしれない。挙げきれないけどPVの類や、山のような亜種を生んだ「みくみくにしてあげる♪【してやんよ】」はもちろん、「多くの別のクリエイターの、何かをしたくなる気持ち」を動かしたのは明らかだ。
以前、「組曲『メルト』或いは、メルト物語 http://d.hatena.ne.jp/azuki-glg/20071215/1197737473」というエントリでも紹介したように、最初の「メルト」という曲に端を発して様々なストーリーを多くの人が膨らませていった例もある。CGMではもはや珍しくない事象だ。


名作の定義を再整理。

  1. 売れたら名作
  2. 再読再視聴に耐えたら名作
  3. 人に奨めたくなったら名作
  4. その影響で何か作り出す人が出たら名作

概ねこんな理解でよさそうな気がする。
この定義というか法則には、ボカロ系楽曲もきちんと則っているわけで、良い曲・神曲と言われた曲は「売れたら」という部分こそないものの、その後の3ステップを踏まえたものだけが、ン万曲以上のメガヒット曲となっていると言えよう。


だから、乗り遅れた人でも再生数が2〜5万以上の動画を探すか、マイリスト登録が500〜1000以上あるものを辿れば、そんなに大きなハズレを引かずに済む。時間がない人、今流行ってるものをチェックしておきたい人は、それで十分だとは思う。
これは、メジャー曲で言えば「ヒットチャートは10位以内だけ知っていればいい」というのと同じで、11位から50位、100位あたりの曲は入れ替わりが激しすぎて記憶に残らない。まあ、入れ替わりが激しいという点では10位以内にいたって安心なんかできないわけなのだが。


僕的には、50k=5万再生を越えたらメガヒットだなー、と思っている。
で、iPod用に「50k Over」というプレイリストを作って、ボカロをチェックしている人なら誰でも知ってる曲を集めてみた。さすがにメジャーな曲ばかりがずらりと並んだ。


以前は、5000再生いったら有名曲――というような気がしていたのだが、リリースされる曲の数がべらぼうに増え、また神曲のグレードや再生数が鰻登りになっていくにつれ、最近は10000再生近くある曲にすら「良作浮上リンク」というタグが付けられていたりする。
僕が好きな曲の中には、10000どころか発表からかなり経つのに5000以下とか、ヘタすると1000前後なんてのもザラにある。なんてこったい。いい曲なのに!


知られざる埋没曲――僕だけが知っている宝物

で、50k Overとは別に、「5k Under」というプレイリストも作ってみた。
自分としては凄く好き。だけどなぜかあまりパッとしなくて(失敬)、そんなに再生数も伸びてなくて、セケン的に注目されてなくて、たぶん一回くらいしか聞かれてないか、ヘタすると同時期に発表されたメガヒット曲の陰に隠れて、埋もれてしまった――そんな曲というのがある。かなりある。
「歌ってみた」で歌われると原典も伸びるという法則がある一方で、歌われていても原典も沈んだままという不思議な曲もある。いい曲なのに……orz


僕は儚い音楽が好きだ。儚い曲調が好きということだけではなくて、まだ売れてないw曲やバンドを発掘して、それを知らない人に自慢するのが好きなのだ。だからライブ通い、インディーズ好き*3なのだな、きっと。


「スゲエ、イイ曲なんだぜ。噛みしめるほどに味が出るんだぜ。心に刻みつけられるぜ。たぶん、一生つきあっていけるぜ。でもお前はたぶん知らないだろうな」
そう言って聞かせたとき、相手が「しまった!」という顔をするのを見るのが好きなのだろうなと思う。


前置きが長くなったけど、次に挙げる曲はなくならないうちに聞くといいと思う。
ニコニコ動画にあるからといって、それは永久に聞けるわけじゃない。
再生数が少ないものは削除されるかもしれない。作者がアカ容量不足を理由に消すかもしれない。ある日突然、権利者削除によってなくなるかもしれない。


この世に絶対はない。音楽は、やはり儚いものだ。

  1. 恋するキカイ*4初音ミクhttp://www.nicovideo.jp/watch/sm1277100
  2. 斜陽*5初音ミクhttp://www.nicovideo.jp/watch/sm1420181
  3. スーパーソニックファイターガール*6初音ミク) http://www.nicovideo.jp/watch/sm1434087
  4. 最後の人類*7初音ミク+最後の人類) http://www.nicovideo.jp/watch/sm1558985
  5. スピード☆メイカ*8初音ミクhttp://www.nicovideo.jp/watch/sm1706003
  6. 飲め呑めスキャッTrance♪*9初音ミクhttp://www.nicovideo.jp/watch/sm1825869
  7. しろいろのしとやすみ*10初音ミクhttp://www.nicovideo.jp/watch/sm2038525
  8. 涙そうそう(雪国Ver)*11初音ミク夏川りみhttp://www.nicovideo.jp/watch/sm2024039
  9. 涙枯れるまで泣くほうがいいかも*12鏡音レンhttp://www.nicovideo.jp/watch/sm2104119
  10. 伝えたいから*13初音ミクhttp://www.nicovideo.jp/watch/sm2179417

※上から公開順(或いは僕が気付いてDLした時期)が、古い→新しい順。
個々の曲についての思い入れは、熱く語られても鬱陶しいと思うので注釈で。

*1:よく言われるフレーズだが、実際にフィジカルな調教wをされているのは、それを使っているユーザーのほうだと思う。初音ミクをよく使いこなしたPが偉いのだw

*2:carameldansen

*3:カラオケに行くと歌いたい曲が少なくて困るw

*4:【恋するキカイ】かなり早い段階で発表されたキャラクターソングなのだが、80年代風の、もっと言えばWham!ラスト・クリスマスの影響が色濃いメロディに、後の初音ミク系キャラクターソングの骨格のひとつになったようなストーリーが織り込まれている。この曲にもっと激しい激情を加味するとデPの「既成事実」にまで発展していくのだと思う。

*5:【斜陽】encore、after the end、melancholy、最近では黄金のロードローラー伝説などをかっ飛ばす骨盤Pの曲。なのだが、これも5000以下止まりなんだよなあ。サビの終わりのところがグッとくるのになあ。

*6:スーパーソニックファイターガール】これもメロディライン的には80年代ちっくなのだが……フナコシPの曲が好きな人だったら、ハマる曲だと思うんだけどなあ。僕はこういうガーリィな曲も、心にズキズキくる。そういえばFAIRCHILDとか好きだったなあ。まだ可愛かった頃のYOUとかが。

*7:【最後の人類】これは「今、宇宙を漂う宇宙船の中で、まさに死に絶えそうな最後の人類(うp主)とそれを看取るボーカロイド」の、今際の際を活写したSFな歌。後半がちょっと説教臭いのが惜しいけど、メッセージは強く伝わる。ハモニカ、ギター、などアナログ&ブルージーなオケは、ブルーハーツが好きな人なら絶対に行けるんじゃないかな、と。ちなみに、初音ミクだけが歌う、すでに最後の人類は息絶えたVer.もあったのだが、そちらはすでに削除されている。今は、息絶える直前の人類(うp主)と初音ミクが歌うものだけが残っている。

*8:【スピード☆メイカー】僕はテクノが大好きだったのだった。トランスじゃないよ。テクノだよ! ということを、どういうわけだからムラムラと思い出させてくれた曲。……別にコレはテクノじゃないけどw

*9:【飲め呑めスキャッTrance♪】そういえばスキャットマンって今どこで何してんでしょうね。ミラクルペイントの間奏に入ってたスキャットを、もう全編にひっぱりまくったようなステキな曲。

*10:【しろいろのしとやすみ】何が自分の琴線に触れているのか、自分でもまだよくわかっていない曲。2008年1月15日の曲ということで、最初に聞いたときは鏡音リンかと思った。で、初音ミクでもこんな歌わせ方できるんだなあ、と感心した。ホントにミクなんですか?

*11:涙そうそう(雪国Ver)】これは夏川りみ(BIGIN)のカバー、というか替え歌。替え歌はコミッククソング系が多くなる傾向が強い中、この曲はなぜか沁みた。メガヒット曲ということでこのプレイリストからは外したけど、「雪峰 http://www.nicovideo.jp/watch/sm1983502」や、中島みゆきの「ホームにて http://jp.youtube.com/watch?v=q22K-b240TY」、松山千春の「ふるさと http://www.nicovideo.jp/watch/sm1983502」などを想起させる。なんで北の人は強い郷愁を誘うかな。あんまり帰らないけど静岡なんか近すぎで、そういう郷愁ってわかないせいか、郷里の歌の題材にはなりにくいんだよな。なんでか自分の田舎じゃないところにばかり郷愁を感じて困るw

*12:涙枯れるまで泣くほうがいいかも】うp主は曲者P。「演歌ロック」という表現をしていたけど、むしろタグにある「なぎらレン」、つまりはこれは「なぎら建壱」を彷彿とさせる。なぎら建壱はフォークジャンボリーとかの時代にフォークにカントリーを持ち込んだ先駆者らしいのだけど、彼があと10年か20年遅く生を受けていたら、こんな曲を歌ってたかもしれないなあ、と夢想。Aメロからサビまで、全部なぎらっぽいよねw この曲、オフボーカル版も出てました。mago氏が荒々しく歌ってるVer. http://www.nicovideo.jp/watch/sm2123788 を聞いて、なぜ琴線に触れたのかが氷解した。解散しちゃって今はもうないガレージランドという大好きだったバンドと、なんかどこかが重なって聞こえていたからか。原曲のボーカルがレンだったから、そこの奥まで気付かなかった。ああ、まだ修業足りない。

*13:【伝えたいから】うp主はDTM歴一カ月で、これが処女作らしい。メロディは非常にシンプルで、ワンパターン、マンネリと切り捨てられてしまうギリギリのところにいるのだけど、そのシンプルなフレーズが5分も続くのに、そしてオケはピアノだけなのに、歌の密度が凄く濃い。冒頭に挙げた「恋するキカイ」は、多くのPが初音ミクと出会ったばかりの頃に作られた出会いのキャラクターソングのひとつとして埋もれていった。この曲はきっと「どこにでもあるありふれた初音ミクとの出会い、そしてその未来にあるもの」を歌ったものとして、たぶんきっと埋もれていくんだろう。初音ミクとは楽器であるというよりも、「音声を発する、実体を持たないフィギュア」なのだろうな、と常々思っている。以前のエントリでも触れた「無機物へ注がれた愛」または「物言わぬ無機物に心通わせ、その心を読み取ろうとする姿」が、ストレートに現れている。その意味でこの曲は、歌というよりもメロディのついた物語として堪能できた。「恋するキカイ」→「既成事実」→「伝えたいから」→「続・既成事実」という順で聞いたら、きっと凄く救われた気持ちになれるのかもしれない。