あたごの件

趣味はミリタリー。
興味は「平和」ではなくて「安全」「安全保障」。
以下、自分用覚え書き。

概況

・衝突は深夜4:00頃
・衝突当時の航行速度は10ノット(18km/h)
・あたごのほうが漁船より大きい

船舶の衝突回避に関する慣習

・船舶は大きな船のほうが視認しやすい&大型船は進路を変更しにくいので、小型船が大型船を避ける慣習がある
・漁労中*1の漁船は回避行動を取りにくいので、漁労中ではない船が回避しなければならない
・船舶の航跡が交差する場合、相手を右舷方向に見る船が、左(取り舵)方向に回避しなければならない(あたごは左に回避行動を取っているが、漁船は右に回避行動を取っていた)

イージス艦について

・あたごはイージス艦だが、搭載されているレーダーアレイは対空用及び対軍事艦船用で、水上小型船舶を捉えるようには出来ていない
・また、対空アレイは電波出力が大きく周辺海域に対する電波障害となるため、沿岸部及び作戦行動中以外は使用していない(報道などにある、「最新技術が生かし切れていない」という批判は、イージスシステムの機能と運用に対する無知からくる誤解)*2
・水上レーダーも、300mより近くなると、波高などのため小型船は捉えられなくなる
・通常、ワッチ(目視による見張り)は艦橋から。当日は10人が前方監視をしていた

現時点で不明、または自分が情報不足な点

・当日の現場海域の波高*3
・当日、あたご側はライトを点けていたかどうか*4
・漁船側は漁労中だったかどうか*5
・あたごの視認確認(12分前)→回避行動まで(2分前)までのタイムラグはなぜ発生したか*6
・あたごが衝突回避を始めた時間について、「1分前」「2分前」などの情報が錯綜していて、どれが正しいのかわからない
・ワッチ(前方監視)時、監視員の視野角はどの程度だったのか
・漁船側乗組員は義務づけられている救命胴衣を着用していたかどうか*7
・「衝突の可能性」を考慮に入れて回避行動を始める前に、警告などはなかったのか(警笛、無線による呼び掛けなど。これは双方に対して)
・衝突の可能性は、通常どの程度の距離以内になった場合に行うものなのか
・漁船側及びあたご側が「回避に必要な距離」はどの程度か(もちろん漁船のほうが小回りが利き、大型船であるあたごのほうが小回りは利かないが、どの程度接近したら回避を始めるべきなのか)
・衝突時、漁船はどの程度の速度を出していたのか
・衝突時、漁船は減速したか
・「あたごは漁船に対して90度垂直に追突した」という報道*8は正確かどうか
・衝突後、あたごが停止するのにどの程度の距離が必要だったか*9
・あたごの航行速度10ノットに対して、漁船側の航行速度は何ノットだったのか。また、あたご、漁船がそれぞれ回避に必要な旋回半径はどの程度だったのか。

今後について、自分が気になる点

・行方不明者の発見*10
イージス艦に限らないが、大型船舶は小型船舶を発見しにくい。夜間の場合、目視に頼る監視のみだとすると、ライト不点灯の小型船舶が意図的に突入してきた場合に、これを避けるのは難しいのではないか
北朝鮮工作船など、日本領海内に突入してくる不審船/工作船の多くは、「漁船」の体を成している。突入してくる漁船の正体が「漁船」か「工作船/特攻船」か判断できず、攻撃・撃沈の判断ができない段階で、これらの小型船舶を回避することは可能か*11
・超短距離でも探知できる水上レーダーは必要か/開発可能かどうか*12
・猟師に対する救命胴衣の着用義務化は厳格化されるべき
・単独落水時に、落水場所を知らせるための小型装置*13を、猟師などの操業時に着用義務化すべき*14

当時の状況についての補足、判明した点

・漁船は単独漁労中ではなく、僚船八隻からなる漁船団として移動中だった
・あたごの進路上を横切った漁船は、衝突沈没した「清徳丸」の他に、「幸福丸」「金平丸」の二隻
・幸福丸→清徳丸→金平丸の順に航行していた
・あたごの船首にあった衝突跡(漁船・清徳丸の塗料片)は、上から順に赤(喫水線下)、青、白。赤が一番上とすれば、「転覆してから衝突した」ことになるらしい*15

事故原因についての予想

・現時点でははっきりした結論出ず
・ただし、事故原因はどちらか一方の単一理由ではなく、複合的な理由によると思える(これは航空船舶車両いずれの場合もそうだけど、事故というのは単一理由では起きない。様々な小さな行き違いが重なって起こる)


・漁船側はなぜ視認できたはずの大型船を回避できなかったか→漁労中または乗組員が親子2人しかおらず、周囲の見張りが不十分だった
・あたご側はなぜ漁船を視認できなかったか→気象条件その他(波高?)によるか、小型船舶だったからか、または視認はできていたか


・漁船側はなぜ右に回避行動を取ったのか→あたごが左から近付いてきた形になってから回避行動を始めたため?
・あたご側はなぜ12分前(3600m)に視認しながら回避行動が直前になったのか→小型船舶が回避するという慣習があったため、漁船が回避行動を始めないためあたご側の回避開始が遅くなった


・幸福丸がまずあたごの進路を横切り、清徳丸の後ろの金平丸がジグザグに航路を取った。当初左に舵を切っていた金平丸は、あたごが進路変更しないため、右に舵を切った。このため、清徳丸は右舷から金平丸が迫ってくる形になったため、早い段階で右に舵を切ることができなかった(左舷からあたごが迫っているのが見えていたなら、右に舵を切って回避することができたはずだが、清徳丸が右に舵を切らなかったのは金平丸との衝突コースになってしまうためでは。
・あたごは幸福丸・清徳丸・金平丸の三隻に対して、それぞれ回避行動を取らなければならなかった。幸福丸は衝突を早い段階で回避(幸福丸があたごの進路を横切る)、金平丸と清徳丸はそれぞれ逆方向に舵を切った。金平丸は最初右に、次に左(清徳丸方向)に舵を切り、清徳丸は金平丸が左に舵を切ったことで右に回避できなくなり、ぎりぎりまで(金平丸をやり過ごすまで)直進しかできなくなった。
・あたごから見ると、金平丸が進行方向上でジグザグに航路を取っているため、右にも左にも避けることができなくなった。このため、あたごの回避行動が「進路直進、全力後退(減速)」になったのではないか。
・あたごから見て、複数隻からなる漁船団がそれぞれ一致しないバラバラの動きを取ったため、あたごが回避行動を取るための進路は極めて制限された=減速以外の選択肢がなくなったのでは。
・あたごがもし右に舵を切っていたら、清徳丸は回避できたかもしれないが、金平丸と衝突していた可能性があるのでは。


・漁船側乗組員は救命胴衣を着用していたか→船長のウィンドパーカーが発見されたことから、おそらく救命胴衣は着用していない。していれば海上に浮いているため、事故直後にあたごから発見できたはず

*1:網を引いているなど漁をしている最中

*2:「なだしお」事件を引き合いに出しての批判も多いが、なだしお事件だって「双方に過失があった」という判決が出ており、なだしお(潜水艦)側だけの一方的な過失だったわけではなかった。また、「最新の軍事艦艇が」という批判についても、作戦行動中ではない軍事艦艇は、通常の船舶と運用状況は変わらないという点を見落としている。

*3:3〜4mあると小型船舶は波間に隠れてしまうため、視認が難しくなる

*4:帰投のための通常航海だったとすれば点灯していた&漁船側からも視認できた。

*5:漁労中であれば、回避が難しかったかもしれない

*6:→慣習から「小型船が避ける」「距離が十分にあり、小型船は避けると思った」のでは。漁船が回避行動を取らないため、回避を始めたのが2分前になったのでは。

*7:心意気で着用していない猟師さんが多いのだそう。自動車運転中にシートベルトをしないのと同じで大変危険

*8:回避時に減速したとは言え、竜骨が折れて真っ二つになっているので、恐らくこれは実情に近そう

*9:陸上の車両と違って水上艦艇は「グリップ」が効かないためなかなか停まれない。特に慣性の大きい大型船は止まりにくく曲がりにくい。だからこそ、衝突コースに入る前の小型船舶側の回避行動が重要だったわけだが、「イージス艦は高性能だからそっちが道を譲るべきだった」という論法が先行している感はある。

*10:厳冬期、夜間、救命胴衣未装着、潮流の早い太平洋上という条件を考えると、現実問題としては絶望的。

*11:専守防衛」の原則がある場合、相手が発砲せずに近付いてきたら、最初の一撃を食らうまで反撃ができない。相手がその一撃に全てを賭ける特攻船だった場合、専守防衛を堅持する限り、懐に入られた時点でその艦艇は運用不能になる。

*12:そもそも300m以内に入る前に探知できればいいのだろうけど

*13:例えば紐を引くと煙幕の出る筒などの類

*14:これは水上業務従事者全般に必要なのでは

*15:或いは、衝突して転覆した後に、あたごが乗り上げた、とも考えられなくもないが、船首舷側に跡があるということは、転覆後に舷側に衝突したということか