本日、本年度作品応募受付締め切り日

本日、2/1から二ヶ月間にわたって募集と公開が続いてきた、最強実話怪談大会超-1/2008の作品応募受け付け締め切り日となります。
作品受付は本日の夜24:00到着分までですが、採点/講評はこのあとまだ1カ月間続きます。
というより、人によってはここからが本番。

今年は300話集まりました

例年、条件や開催期間が異なるため、応募総数は大会成否の条件としては一律には言えないのですが、今年は60日間の応募期間で、300話*1を越える実話怪談が一堂に会しました*2
毎回毎回思うことですが、よくこんだけ怖い話があるもんだなあ、と。
もちろん中には「それってどっかで聞いたような」というのも混じっていましょうし、筋金入りの怪談ジャンキーの方の中には、一行目を読んだ瞬間に最後のオチが先読みできてしまうという超能力者みたいな方もいらっしゃいますが(^^;)、超-1ではいずれも「実話=ほんとにあった話」のみを条件としてお話をお寄せいただいていますので、そのつもりでじっくりご覧いただければと思います。


作品受付は今日までですが、これから1カ月は作品講評専用期間に突入します。例年、「作品講評の期間が短い」とお叱りをいただいていましたので(最終作の公開が終わってから、残り持ち時間が一週間とか)、今年は講評にじっくり時間を取れるよう、講評期間をたっぷり1カ月用意しています。

超-1から輩出された作家

超-1というのは元々は「超」怖い話の共著者を公募するためのコンペとして2006年に始まったものです。現在の「超」怖い話冬版を担当している松村進吉・久田樹生の両名は、2006年大会の覇者であり、先頃、恐怖箱 怪医で鮮烈な重刷デビューを飾った雨宮淳司もまた2006年大会の出身者となります。
2007年大会の上位者も既に次のステップに進みつつあるなど、超-1は実話怪談著者にとってのちょっとした登竜門的位置づけに成長しつつあります。

応募者/一般読者が採点する仕組み

これら超-1では、応募作品についての選考の第一段階を、応募者自身と一般の読者が担う、公開審査(相互講評)制を採っています。
それぞれ、コメント講評は+4点〜−4点の幅での配点が、blogなどからのトラックバック講評にはさらに+2〜−2のボーナスが付いて、最大+6点〜−6点の幅で、講評と採点を行っていただくことができます。
また、公開中の怪談については、作品名と作品内容以外の著者名などは、審査終了まで公開されません。誰もが納得した怪談を書いた人が、作品単位で評価される、ということになります。以前に書いた作品の好評・悪評は、次の作品には基本的に持ち越されないということです。
皆が納得したもの、驚嘆が多く集まったものは上位となり、批判の多かったもの、納得いかないものは下位となります。5人が満点を出しても5人が否定的であれば、点数が意外に伸びなかったりもします。
そこから、何が求められていて、何が忌避されているのかを見とることもできます。

講評は作品公募と並行してすでに始まっていますので、応募者は自分の応募作についた講評を参考に、次回作に反省を生かすことができます。もちろん、意見を受け入れるのも意見を受け入れないのも応募者の自由ですが、超-1のリアルタイム講評は、応募者が「書けば書くほど、書くたびに進化する」「人によっては短期間に速醸する」という恩恵を得ることができるものでもあります。
募集期間中であれば、別の体験談を用いてのやり直しの機会がいくらいでもある(あった)ということです。

もちろん、講評には正解とか正しい意見というものはありません。十人いれば評価は十通りあります。的外れ・思惑を受け止めない講評に怒るのか、自分好みの講評に満足するのか、辛口の講評に何かを見いだすのか、その活用は応募者自身に委ねられます。

「同じ作者による他の作品との比較ができない」というのも、超-1の公表制度の奇妙な特色になっています。
糞味噌に貶された応募作の作者が、いきなり豹変*3して怪作・快作を打ち出してくることもあります。その逆もあります。「前に比べて」「今度の作は」という物の見方をする限り、評価には下駄が履かされたりハンデが付けられたりしてしまうものです。良作の経験がある作者には期待値が、そうでない作者には色眼鏡がついて回ります。超-1が「作者の名を伏せ、応募作を一作一作で評価する」という方針を第一回からずっと通しているのは、そこにあります。
実話怪談は胡散臭い分野です。
作者の名前だけが信憑性の裏付けとされるようなケースも珍しくありません。超-1では、その信憑性の裏付けとなる名を敢えて伏せて、ネタとその伝達力だけを、一作ごとに見ていただくという趣向です。

応募者自身の講評に課された意味

応募者自身の講評については、

  1. 自分自身の書いた怪談をどのように評価しているか。
  2. 他者の持ち寄った怪談について、点数や順位に目がくらむことなく、怪談読者の目で読むことができているか。
  3. 公開された怪談への接し方を通じて、体験者とどのように接するタイプであるか。

などを中心に、元となった体験談の理解力(読み解く力)や応募者自身がどういった点に特に気を配っているのかなどを知りうる材料となっています。
講評期間中は他の応募者/一般読者には「誰が応募者なのか」はわからないようになっていますが、審査講評期間終了後にはこれも合わせて公開されます。

一般読者が講評に参加する意義

一般読者による講評については、それぞれの基準で好きなように点数を付けてもらって構わない、ということになっています。
怪談に限ったことではありませんが、あるものを好きだという人が、それを好きだという理由(同様に嫌う理由)というのは、人それぞれです。
専門家、ベテランの押す理由が必ずしも正義というわけではありませんし、一般的ではない門外漢が心動かされる理由というのも見のがすことの出来ないものです。こうでなければならないという基準がどこにあるのかというのは、専門家の鶴の一声で決定できるようなものでもありません。それが求められる理由、読者はどこに価値を見いだしたかなどといった変わり続ける理由を知る方法は、専門家の個人的経験に基づく類推だけでは不十分であり、読者自身から聞き出す他にありません。
集計の都合上、どの程度心を動かされたかというのは数値化していますが、数値化されない「配点の理由」に相当する部分は、応募者だけでなく怪談を生業にする我々にとっても、大きな糧となるところです。読者がその怪談のどこに魅力を感じたか、何に心を動かされたかなどという反応は、一般書籍のブックレビューやアンケートハガキなどでは到底把握蒐集しきれない要素*4でもあり、超-1を通じて得られる最大の共有財産でもあります。
専門家でなければ測れない何かがある一方で、専門家にはわからない多くの期待や潮流といったものもあります。うまく説明できなくても大丈夫。そうした講評をされる側、専門家側には、言わんとするところを読み取る力は些かながら備わっているはずです。
一般読者からの講評には、専門的な知識や判断基準は求めていません。感じたままに、ご意見を頂戴できれば幸いです。

講評期間は1カ月

超-1/2008の講評期間は、明日4/1〜30までの1カ月間です。
時間はたっぷりあります。
早すぎて追えなかったという人は、これからじっくり。
書くのが精一杯だったという人も、これからじっくり。
数行の怪談に数十の講評が付いているものもあります。講評そのものにもなかなかの読み応えがあります。


ここからが超-1の醍醐味なのです。

超-1/2008
オンラインで応募する、読む、レビューする。
最強実話怪談大会。
2008/4/1〜4/30公開審査中。一般審査員の評点が新たな作家を生む。

*1:正確には316話。

*2:2006年大会は3カ月で500話超(170話/月)、2007年大会は4カ月で400話超(100話/月)、今年は2カ月で300話超(150話/月)。

*3:「君子豹変す」の豹変は、「ある日突然豹に変わることもある」という意味で、劇的に進化することを意味するんだそうです。ジキル博士がハイド氏に変わるというニュアンスではないんですねw

*4:アンケートハガキというのは巷で思われているほど詳細・具体的ではない上に、意見に偏りがあったりもするので、全てが参考になるわけでもありません。著者のところまで回ってこないことも多いし、しかもご意見欄ってすごくスペース狭いし。あれを主に参考にしているのは営業さんですw 営業さんはWebの情報は信頼しないので、アンケートハガキを重用し、編集さんや作家さんはライブな意見に餓えているのでネットの意見も重宝します。