郵政民営化――のうちの、かんぽの宿の扱い

郵政民営化問題についての覚え書き。
結論から言ってしまうと、郵政民営化には賛成。
理由としては、幾つかあって、

  1. 荷物・貨物の配送、それに付随する形での信書・書籍の配送は、既に民間で可能なので*1
  2. 採算の低い赤字施設を黒字運用する必要があるから

他にもいろいろあるけど、多岐にわたるのでここでは省略。
郵政民営化というのは「総論賛成、しかし各論反対」という人が多く、またその反対理由がそれぞれに説得力があったり、ある種の利権の保護であったりといろいろ複雑なので、本項ではそのうち昨今話題の「かんぽの宿」についてまとめてみる。


かんぽの宿というのは簡保を原資として建設運営されてきたリゾート施設なのだけど、それらの多くは「採算性をあまり考えないでいい」という施設だった。
つまり、赤字上等! 儲けが出なくても困らない! というものだったわけだ。この、「儲けが出なくても困らない」というのは、従業員は公務員だからクビにならないし、民間施設ではないから赤字が出ても公金から損失を補填し続ければよい、というような発想が根底にあった。
その公金というのは郵便貯金だったり簡保だったりするわけで、結果的に国民が預けた金を「採算の取れない施設で無駄遣い」していた、ということになる。


郵政民営化の一端には「そういう無駄遣い施設を維持する名目で、国民資産が消費されている」ということに対する批判も含まれる*2
民営化したら「赤字上等」っていうわけにはいかないから、必ず黒字を出さなければならないわけなんだけど、今のままの形でとても黒字運営はできないから、「黒字運営ができる民間企業に売りましょう」というのがかんぽの宿売却。


で。
ここんところ話題になってるのは「作るのに2000億も掛かった施設を、109億(およそ1/20)で売るなんて!」という話。
これもいろいろ複雑な話ではあるんだけど、できるだけ端折って書いてみる。
まず、一連の報道などで「2000億掛かったのに109億で売るなんて!」という点を煽っている。これは鳩山総務相が言い出したことでもあるんだけど、これは言いがかりに近いと思う。


例えば、持ち家を土地建物込みで買ったとする。まあ、3LDK駐車場付き都心で4000万円くらいとしますか*3
家を買った10年前には全部込みで4000万円だったとする。
それから10年住んで、家を土地込みで売ろうって話になった。
「4000万で買ったのだから、4000万で買ってくれる人募集」
こんな条件を付けたら、絶対に売れないのは自明の理。
10年も住んだら、どんなに丁寧に暮らしていても家は傷む。中古住宅に新築と同じ値段は付かない。建物の価値というのは5年住んだ時点でゼロ査定になるそうなので、実質、土地の値段分しか価値がない。
その土地の値段も、10年前と今で地価相場が同じではない。今は特に空前の恐慌の只中にあるわけで、「物を買おう」という人が少ない。皆、倹約節約に走り、無駄なもの高価なものは買わないから、買い手が付かない
当たり前だけど、買い手が付かない場合は「売るのを諦める」か、「値段を下げる」かしかないわけで、何が何でも売ろうと思ったら買ってくれる人が出せる金額まで値段を下げなければ売れない。
たぶん、4000万で買った家は、800万かもっと少ないくらいの値段にまで落ち込む。
もちろん、「4000万も出したのに!」と憤るかもしれないけれども、10年掛けて減価償却したのだから、10年前の取得時の価値はない。


話をかんぽの宿に戻すと、2000億掛けて建てた施設であっても、減価償却されて価値が減じた中古品、地価も下がり、そもそも需要もない。2000億がそもそもかけ過ぎだったのかもしれない。どっちにしても買い手が付かない。ようやく付いた金額が109億。
ここでまた、「それでも売る」か「売るのを諦める」かということになるんだけど、「そんなのは嫌だ、もっと高く売れなきゃ嫌だ」というのが鳩山総務相と報道の論理であるように思う。または、「なぜ2000億のものが109億になってしまうのか」という追及もあるようだが、細かいところはさておくと、「予算を無駄に掛けすぎ」「減価償却した中古品には価値なんかない」ということを、忘れすぎ。
バブル崩壊したときに、この手の話題は出尽くしたと思ったんだけど、あれを経験してた人たちはどこに消えてしまったんだろう。


さらに。
つい最近まで友人*4が務めていたゲーム会社ジャレコ
先頃、親会社のジャレコHDが、子会社の株式会社ジャレコ1円で売却した。
このニュースは一部ゲーム業界w以外ではあまり話題にならなかったけど、「あのジャレコがたった1円で!」という反応してる人が多かったような。これも、「かんぽの宿がたった109億なんて!」というのに近い反応だった気がする。
このとき、ジャレコHDはゲーム部門の不採算性が高すぎ(=赤字過ぎ)ということで、これを切り捨ててゲーム製作から撤退、1円で売り出した。買い取ったのは、韓国のゲームメーカー「ゲームヤロウ」。
ここでも「韓国企業に1円でジャレコを譲るなんて!」という反応が多く出ていたけれども、このときにジャレコHDは10億*5の債権も放棄した。債権放棄というのを聞いて、さらに「債権放棄されて価値1円に戻ったものを韓国に(ry」といきり立ってた人が多かったのだけど、この場合の意味合いは、「ジャレコそのものは1円。だけど、ジャレコが抱えてる残りの借金7億も、ゲームヤロウが引き継ぐ」ということである。しかも、そのままだと赤字が増え続けるわけで、買い取った会社はどうにかしてこれを健全化しなければ、自社の負担がどんどん増える。
ジャレコの場合、ゲーム開発機材もあるだろうけど、それよりもノウハウや人材が会社の主な資産ということになる。ジャレコHDは「その資産では赤字を回復できない」と判断したので1円+借金7億押しつけて清算し、ゲームヤロウは「そのノウハウに7億の価値があり、元が取れる」と判断して買い取った、ということになる。だから、実際の買い取り価格は7億1円wで、しかも健全化に失敗すれば*6ゲームヤロウの元で新生ジャレコは新たな赤字を垂れ流すことになる。


話をまたまたかんぽの宿に戻すと、「高すぎる建設費用」「減価償却されてほとんど価値がない不動産資産」を安値で売ったとして、そこには「運営経費」というものがオマケでくっついてくる。1円で買ったとしても、従業員の給料は払い続けなければならないし、光熱費その他の保守維持費は掛かる。*7
1円で買い取ってすぐに更地にして2000万で転売されてはかなわない(かんぽの宿の従業員が路頭に迷う)から、ということで、確か「落札後2年間は事業を継続しなければならない」という付帯事項があったような。*8


今回のかんぽの宿の入札では、単純に不動産として高値を付ける企業は他にもあったらしいのだが、現状で黒字が出ていないホテル/旅館を、同じ事業体として継続経営ができる(もちろん、黒字にできる)という事業計画を出したところに売り渡す、という条件であったらしい。安く買われてすぐにバラ売りされてではかなわない、というところは踏まえてあったらしい。
かんぽの宿は全般に風光明媚な場所にあり(c.鳩山総務相)というけれども、それは要するに「辺鄙で不便な場所にある」と言い換えることもできる。日本アルプスの頂上にラブホ作るようなもんで、利用者がない。だから赤字だったんですな。
もちろん、駅前だとか人気スポットはそれなりに黒字を出してもいたのだろうけれども、全般としては赤字の方が多かった。
黒字物件を売れば換金性は高かっただろうけれども、そうすると売れ残った赤字物件は、民営化後の日本郵政の「負担」になってしまう。
じゃあ、黒字を出してる健全なものを手元に残して、赤字を出している物件だけを売ればいいかというと、そんなもん、誰も欲しくねぇwということで、ますます買い手が付かない。


なもんで、「黒字物件と赤字物件をひとまとめにした福袋」としてパッケージ化し、「赤字物件を引き取ってくれたら黒字物件も格安で譲ります。でもそのままだと赤字が増え続けるんで頑張って経営健全化してね。あ、少なくとも2年は売ったらダメね」という条件で買い手を探してみたら、「そんな条件だったら欲しくねえよ!」というところが次々に脱落して、結果的にオリックスだけが残った。


問題はいろいろなところにあって、またいろいろ屋上屋を重ねるような感じで工夫も重ねていて、文句が出ないような気も使って、それぞれに正論もあって、ようやくここまできて、それでまた「振り出しに戻った」という。


「じゃあ、民営化した日本郵政がそのままかんぽの宿を健全経営すればいいじゃん」という話になるわけなんだろうけど、これまでと同じメンバーで、同じように運営して赤字から黒字にできてるんだったら、とっくに全施設が黒字化できてると思うwwwそれができないから赤字で、「困ったお荷物」になっているのだろうし。


「今は不況で株価も何もかも下がってるんだから、もう少し景気が良くなって高値で売れるようになってから売ればいいじゃない」
というのは麻生総理の意見で、もちろんここにも正論はある。民営化される以上、儲けが出るようにしていかなければならないというのは正しい判断だ。だが、「民間があっぷあっぷしているときに、国有財産(元)を高値で売ろうとうるのはいかがなものか」だったり、「クビになったかんぽの宿の職員の失業問題はどうするのか」だったり、そのへんも正論のひとつといやひとつだろう。
また、「売るのを先延ばしにする」ということは、結果的にその間も出血し続ける赤字を、日本郵政は民営化したのに自己解決できずに抱え込み続ける、ということになるわけで、経営健全化のための郵政民営化の本旨に沿わない。小泉元総理が噛みついてるのはこのへん。


誰もがそれぞれの立場から、幾通りもの正論を言っている。
かんぽの宿問題というのは、そういう問題で正義・正論はたったひとつだけじゃないということを自覚するいい機会なのかもしれない。
それら多くの正義正論を踏まえた上で、では、今最優先しなければならない問題はどこか? または、真っ先に、切り捨てなければやばくなることってどれ?いちばん損しないで済むのはどういうやり方? ということになる。
時勢柄、「誰かが得をするのは許せないから、とりあえず反対」という判断を下す人も多いのだろうけど、近視眼的な妬み嫉みで思考停止していくのは、今いちばんマズイんだろな、とかかんぽの宿問題を通じて思うのだった。

*1:実際、ヤマトのメール便は便利。

*2:もちろんそれだけじゃなくて、様々な特殊法人の無駄使いも郵貯が購入する赤字国債が原資になっていた、とかそういうのはここではとりあえず割愛。いつか書く

*3:生々しい数字だけど、ウチじゃないっすw

*4:王様w

*5:正確には16億9000万のうちの9億9000万

*6:取得したノウハウを活用できなければ

*7:竹中平蔵氏の説によれば、かんぽの宿は1年で総額40億の赤字を【毎年出し続ける】そうな。今年109億で売れなかったら来年は149億、再来年は189億で売れない限り、郵貯から垂れ流し。誰が責任を取るのか、というか、かんぽの宿は「売って儲ける」ものではなく、「これ以上損をしないために切り捨てる」という性格のものだ、というお話。

*8:ちとうろ覚えなので後で確かめる