テポドン

北朝鮮は、明日テポドン(彼等が言うところの人工衛星)を発射する、と宣言している。
彼等が自らの主張に正直であると信用していいならば、2009/4/4のいずれかの時点で、二段式液体燃料ロケットを用いてペイロードを運搬するシステムの実験は確実に遂行される。
これがミサイルか、ロケットか、という議論については「ペイロードが何か?」というところで判断が変わるものではある。今回のペイロード北朝鮮の主張通り「人工衛星」であろうと、そうでなかろうと、現実問題としては「ペイロードを数千km移動させられる、或いは高度100km以上の高空に投入できる*1というシステムを北朝鮮が持つことになる、というこの点が日本・アメリカにとって脅威となる。
というか、テポドンが「飛距離の向上」を目指すものだとする場合、その攻撃目標は日本ではなくアメリカになる。北朝鮮からの距離を考えれば、テポドンの一世代前のノドンで日本国内の全てがカバーしきれるわけで、管理が難しく*2、飛びすぎ、発射の準備もいろいろ掛かるテポドンを日本向けに使うのはオーバースペック過ぎる。


今回のテポドンが「距離を稼ぐ」ことを目的にしているとしたら、恐らく上昇角から言ってトラブルが発生しない限りは日本への落下コース*3には入ってこないんじゃないかなという気もする。
北朝鮮が盛んに威嚇しているのは、「ミサイルの上昇中に邀撃されること」を嫌っているためだろう。
2006年の失敗を挽回するための打ち上げ実験であるとするなら、上昇中に破壊されてしまうと成功/失敗の結果がわからず、実験の意味がなくなってしまう。


アメリカはたぶん「現時点での北朝鮮の技術取得レベル」を知るために、撃たせちゃうんじゃないかなあ、という気もする。
北朝鮮が2500km以上のミサイルを開発する能力を持った場合、彼等の同盟国であるイランも同等の能力をヨーロッパに対して持つことになるわけで、ホントは全ての国々が他人事では済まないのでわないかと思う。


今回北朝鮮が事前に打ち上げ日を指定している。
このため、日米も邀撃準備をする暇ができたわけなのだが、もし北朝鮮が邀撃されたくないのであれば、それこそ打ち上げ日程を宣言する必要はなかったのではないかと思う。過去の実験はそうだったし。
が、今回は「人工衛星」であると言ってみたり、事前に打ち上げ日程を周知してみたり、しかし「妨害に備えてノドンも用意」と、いろいろ大がかり。なんというか、予め用意されたイベントを見せられているかのよう。


北朝鮮は、「日本は発射前に基地を叩くようなことはしないしできない」「上昇中のミサイル迎撃もしない」「仮に日本国内に着弾しても、遺憾の意を示すだけで、打撃を伴う反撃は、日本国内からはない」と考えているのだとして、アメリカが本当に「日米安全保障条約集団的自衛権の行使)」を遂行するかどうかを値踏みしているのではないか。
今のところ、B2、ラプターイージス艦の展開という形で、アメリカは「やるよ」という素振りを見せているわけなのだが、どこまでやるかについては態度をはっきりさせていない。*4


アメリカは戦争をしたいのか、したくないのか。
イラク戦争、アフガン戦争と、ブッシュ政権時代の二つの戦争はアメリカに軍事・経済的に大きな負担を強いていて、オバマ大統領は少なくともイラクからは手を引きたがっている。自治政府がある程度軌道に乗ったこと、莫大な駐留経費、ブッシュの失政に対する批判を以て大統領に推挙されたことなどから、イラク撤退を急いでアメリカの負担を少しでも減らしたい、という目論見だろう。*5
しかし、実際のところまだイラク撤退は完了していないわけで、これに加えて北朝鮮と三正面作戦を構える気は、少なくともオバマはないのではないか。*6
というところから見て、北朝鮮は「オバマは弱腰」と見ているのではないかなという気がする。これがブッシュだったら、たぶん「やる気満々」で北朝鮮を叩く手に出る可能性があるが、オバマは、そして米民主党は、さらに「恐慌で首が回らない今のアメリカ」は、北朝鮮の火遊びについて看過するのではないか――。
実際のところ、今回のアメリカは日本が乗り移ったのかと思わんばかりの「静観」ぶり。また、小型核弾頭を開発済みでは、人工衛星ならアメリカは関与しない、などのような、北朝鮮の行動を黙認するような発言が政府高官からちらほら出たりもしている。
そういう様子から、「北朝鮮のミサイル(核弾頭運搬手段)と核弾頭の実保有の認知」への期待を織り込んでいるのでは。


だからこそ、不意打ちではなくて「事前に予告をし、実際に打ち上げ」というパフォーマンスに打って出ようとしているのでは?
このパフォーマンスは、北朝鮮にとって幾つかの意味があるような気がする。

  1. アメリカに、ミサイル+核弾頭小型化技術を認知させる(新しいカードの獲得)
  2. イラン他の顧客に対するプレゼンテーション
  3. 北朝鮮内部の後継者・主導権争いに絡んだプレゼンテーション
  4. 金正日の残りの寿命との関連

陰謀論に走りすぎてもなんだけど、実際のところ「日付を指定して邀撃する準備を整えさせた上での発射」というのが腑に落ちない。


例えば、「テポドンは囮*7で、それを撃墜された際の報復手段としてのノドン数十発が本命」という説があるが、ではそのノドンを撃ち尽くしてしまえば北朝鮮はカードを失うことになる。
ノドンの攻撃目標は恐らく

になるだろうと思うし、そこんところに実際に攻撃を受けたら、それなりの騒ぎになるだろうと思う。


が。
ノドン数十発あるとして、その殆どは恐らく通常弾頭だろうな、と。
通常弾頭のミサイルが仮に着弾したとして、もちろん無傷ということはないだろうけど、V2ミサイルのそれと同程度以上の被害が出るだろうか? 米軍はハープーンやパトリオットやサイドワインダーなどのミサイルを実戦で使っているけれども、それらは「都市を消し飛ばす」というほどの威力があるわけではないし。*8
核弾頭は恐らく7〜10発以内だろうと言われている。
テポドンはともかく、ノドンには既に搭載可能と言われているけれども、北朝鮮が得た兵器級プルトニウムの分量は38kgくらいらしい。ここから10発作ったとして、1発あたり4kg弱。長崎に落ちたファットマンに使われたプルトニウムは6kg程度だったそうなので、およそその半分くらいの威力か。
北朝鮮がもし「確実」に核爆発の起きる弾頭を目指すとしたら、ファットマンのようなインプロージョン方式じゃなくて、リトルボーイのようなガンバレル式の核分裂方式を目指すだろう。*9


北朝鮮として、実験後も北朝鮮が「優位に存続できる」ということが重要であるはずで、実験によって北朝鮮への攻撃を呼び込んでしまうような展開は望まないはず。その意味で、日本国内に弾着あるいは核攻撃を行ってしまってアメリカを本気にさせてしまうのは、彼は望まないのではないか。
でも、実験は成功させたくて、なおかつ「ミサイルによって核攻撃が現実に可能である」というデモンストレーションもしたいんだとしたら。


うーん。
もし僕だったら、という仮定で言えば、テポドンを囮にする。テポドンは「長距離到達能力」「打ち上げノウハウの確立」が達成できれば成功なわけで、何も日本のどこかに落とさなくてもいいわけなので、弾頭はこちらには積まない。
これとは別に、ノドンの一斉発射(複数発のノドンを、同時多数管制できる)デモンストレーションを行い、ノドンに小型化した核弾頭を搭載して、日本列島を飛び越えた太平洋側洋上で核爆発を起こさせる。場所は日本領海内。
これにより、「テポドンという運搬手段」「ノドンの同時発射管制能力」「小型化核弾頭が実際に核爆発する」という3つのデモンストレーションを行いつつ、致命的な反撃の口実を与えずに、いつでも攻撃ができる、という脅迫カードを入手。
ってなところか。


やはりカギは、「アメリカが北朝鮮の核保有を認めるかどうか」で、北朝鮮は既成事実を積み上げて認めさせてしまう(パキスタンなどのように)を目指しているんだろうと思う。共和党政権では絶対にあり得ない*10けど、民主党政権が相手なら、既成事実化による核保有の追認を狙えるんじゃないか――。
と、このへんが狙いではないかと思うのだった。


液水ロケット燃料のヒドラジンは腐食性が強く、また毒性の強い物質でもあって、一度燃料を注入してしまったら、打ち上げてしまわないかぎりロケットのタンクが溶けていくのだそう。燃料入れっぱなしでタンクが耐えられるのは一週間程度とのことで、燃料の抜き取りも危険を伴うため、入れたら撃ってしまうしかない。
だから、テポドンの「発射中止」はあり得ない。


発射時期については、1998年のケースが「未明(午前3時頃)」であったことから、今回も未明の発射の可能性が高いのではないか。
4/4の昼過ぎ、皆がテレビの前か桜の下にいるころに都合良く発射されるというわけではなく、深夜に近い早朝か、日没後かのどちらか。
ではないか。


少なくとも日曜までの間に、世界は――僕らの日常は変わってしまっているかもしれない。
弾着があっても何ら変わらないかもしれない。
それはわからない。


僕は安全保障は趣味なのだけど、これが安全保障は善隣主義じゃ成り立たないんだということを考える機会になればいいと思う。
手遅れでなければいいとは思うけど。

*1:高度800kmとか高度1000kmという説も出てるんだけど、実際にそれだけ飛べるとしたら中国がやったような(アメリカもやってるけど)衛星を撃墜できる能力を北朝鮮が手に入れることになる。当たればだけど。

*2:液水燃料だから。

*3:日本は、上昇中のミサイルを破壊することは法令上できず、落下中しか破壊できないことになっているため。

*4:ゲイツとか非常に尻込みしてるし。

*5:アフガンには増派するけど

*6:民主党は元々アジア安保は軽視しがちだし。中国がうまくやってくれればいい、みたいな。

*7:液水ロケットの打ち上げ技術獲得は目指しているだろうから、ただの囮ということはないと思うけど

*8:工場、兵器ひとつくらいなら破壊できるけど、都市まるごと消滅は無理。

*9:でも、打ち上げ失敗したら自分のとこで爆発しかねないけど。

*10:共和党地政学に基づいて行動し、安全保障を最優先に考える。民主党は商売優先で割と近視眼的。対北朝鮮外交では民主党政権はすべて失敗している