下積み時代の思ひ出

昨日、久々に修業時代の夢を見た。
今も下積みみたいなもんだし、もう一生下積みでいいやって気もするんだけど……。
大昔、勤めていた会社で、今の仕事の基礎を一通り教わった。
記事の作り方、デザイン(ラフの作り方や、発注の仕方や)、入稿作業の仕方、書籍から雑誌まで、なんだかんだでいろいろな編集・出版の仕事に関わる基礎を一通りやらせて貰った。
そのおかげで、扱う題材・素材・テーマの類が変わっても、なんとか対応してこれた。
ある程度のことは教えて貰えたけど、ある程度以上のことになると、
「指示を理解しろ」
「自分で考えろ」
「やってみてわかんなかったら聞け」
「時間決めろ。ダラダラやるな」
てな感じで、結構スパルタだった。
これがまた僕の先輩というのが一騎当千系の有能な人達だったので、「俺に出来ることはおまえにも出来て当たり前!」と、もうね(ry
凡人凡才なのはその頃も今も変わりなく、だから「なぜそれができるのか」を完成品から紐解いて理屈を考えて、なんとか70〜80%まで肉薄して、効率化考えて、それを何度も誰でもできるようにノウハウを整理して……なんてなことをやっていた。要するに、一番ミソっかすな自分のために、必死になって自分専用の仕事ガイドブックを作ったりしていたわけだ。
その経験はこの後の仕事で役立つことになって、角川の編集部に放り込まれたときに、経験皆無の新人編集者に基礎の基礎の基礎を教える時間がほとんどなかったとき、「とにかく、これにそって作業すれば本作れるから!」というガイドパンフレットを突貫で作って、なんとか場つなぎしたことがあった。このときは、テキストを扱った経験のある編集者が当初僕一人しかいなくて*1、芸は身を助けるなあ、とか心の底から思った。
「小説の書き方」や「漫画の書き方」、「校正ハンドブック」というのはあっても、「編集の仕方」とか「編集者ハンドブック」というようなものはほとんどなく*2、漫画や小説に登場するカリカチュアライズされた編集者像というのは、「打ち合わせでは横柄、締めきり間際に原稿を取りに来て、逃げる作家を叱咤し、泣き付く存在」というようなものでしかなく、具体的に編集者がどういう仕事をしているのかというのは、あまり知られていなかった。
水面下で猛烈にバタ足している人が多いんだけど、そういう面を人に見せない人が多いし。
また、編集者というのは人脈(コネ)と経験(ノウハウ)が、飯の種だったりするので、同じ会社、同じ編集部の中であっても、自分のノウハウや自分の人脈・作家の貸し借りをほとんどしなかったりする。これが、同僚の間だけでなく、先輩後輩、上司部下という関係にあってもそうだったり。だから、「見て憶える」しかない。仕事は盗め、という奴で、ほとんど徒弟制の職人の世界に近かったような気がする。
分野によっては、ノウハウも変わるし常識も変わる。昨日まで作ってた本の経験が、明日から作る本にはまるで通用しなかったりとか。
経験があり、ツテがあるというのが編集者個人の価値を決めてしまったりするので、自分のツテやノウハウを誰にも教えないっていうのが、暗黙の常識になってるというのは、たぶん今もそんなに変わってないかもしれんなあ、とかも思う。たまにご一緒する編集さんが、例えば他の編集部員をご紹介下さることは、皆無ではないけれども決して多くはないし、ご紹介いただいた場合も、その方が紹介者の頭を飛ばしてコンタクトを取ってくるということもあまりない。やはり、「人は財、他人のコネは不可侵」ということにしておかないと、自分のコネを食われる、という警戒心があるのかもしれない。
編集者というのはどちらかといえば社交的な性格の人が多いんじゃないかと思うんだけど、仕事のノウハウに絡む話になると、実に閉鎖的になるというか。もちろん、怒り出す人はそうそうないけどw、なんのかんのと曖昧にスルー、というケースも多いかも。
僕が最初にいた会社を辞めたのは、自分の視野が物凄く狭くなってしまっていることに、ある日突然ハッと気付いたから。当時やっていた仕事の専門分野については、もちろん理解も実務も一応0.8人前くらいにはできていたと思うんだけど、もしその分野を辞めたら自分はどうなっちゃうんだろう? と。それで、もっといろいろなことをしてみたくなって、思い切って退社した。
そのとき、それまで担当していた仕事をそのまま引き続き継続して担当していくということで独立させてもらえた。思えば、退職金どころの騒ぎじゃないくらい、有り難いことだった。*3
退社を決めたと言っても、今日辞めますと言って明日から辞められるもんでもなく、やりかけの仕事やなんやの完成、引き継ぎみたいなもんもあったので、一カ月くらいはまだ働いていた。
それで、わからないところがあったりするとやはり先輩に「ここはどうすれば」と聞きに行くわけなのだが、退社の直前くらいの頃に、
「辞めていく奴に教えるテクはねえな」
とスッパリ言われて、ああそうか、と。僕はもう辞めていくんだから、この会社の持っているノウハウのおこぼれに預かることもないし、これからは自分で全部なんとかしていかなきゃならないんだなあ、というようなことを、それはもう稲妻が落ちたように悟ったというか、自覚するに至った。
あれを言われてなかったら、たぶん僕は甘えたままでいたのかもしれんなあ、と思う。そう考えるとゾッとする。
五月の連休が明けるのと同時に会社を辞めた。
それからフリーになって、あちこちの現場を渡り歩いた。雑誌編集部に間借りする月極契約っぽい立場だったこともあれば、ページ単位で仕事を受ける外注だったこともある。雑誌もやり、書籍もやり、インターネット以前のネット仕事もやり、草創期のWebページ作成仕事もやり、なんだかんだいろいろな経験と出会いとを経て、今は怪談屋。作家仕事をするようになるとは、まるで思ってはいなかったけど、相変わらず編集の仕事は続けている。そして、それを楽しいと思えている。


あの頃の先輩達に、あの頃はホントにすみませんでした、と思う。まだ恩を返せてないし。でも、それから長いこといろいろな現場を経験して、少し考えが変わった。僕が恩を返す相手は多分、あの頃の先輩達ではなくもちろん今の先輩達でもないんじゃないのか、と思うようになった。
受けた恩は次の世代に回せ、と。ノウハウとかそういうもので残せるものとか、引き継げるものとかがあれば、そういうのはこれから僕を追いこす世代に渡しちゃっていいんじゃないかな、と。
どうせ、ノウハウを大切にしまい込んでおいたところで、5年10年経ったら陳腐化しているかもしれないし、現場が変われば通用しないものだってある。結局は、その場その場で微調整して、経験を上乗せしてやりくりしていかなきゃならない。まあでも、秘伝にするほどのことでもないからいっか、と。
そういうことを考える歳になったってことかなあ、やだなあ、とも思うのだけど、そう考えるようになったのは、きっと今週末に中学の同窓会があるからかもしれない。*4


そんなわけで、聞かれたら自分にわかる範囲で何でも応えるし、意見やアドバイスを求められたらできる限り対応する。
でも、当人がそれを自分で「そうしたい」と思わない限りは、周りがやいのやいの言ってもダメなわけで、「こうしたい」「そうしたい」「したいことがある」というモチベーションがあって、なおかつ「どうしたらいいかわからない」というaskがあったら、そしたら、やっぱ全力で応えたいなー、と思う。
聞かれなかったら答えないw
「辞めていく奴に教えるテクはねえな」
という、あの台詞を言えるほど僕は強い人間にはやっぱりまだなれてない。まあでも、遺せるものはあまりないので、
「わかることなら教えるよ」「聞いてくれれば答えるよ」
というあたりで妥協しとくのが身の丈に合ってるのかもしれん。
少々のお節介はともかく、あまり欲を掻かずに、この先もほどほどで行けたらいい。そのくらいが性に合っている、と思うんだけどどうでしょう先輩。

*1:他はコミックの経験者と同人誌経験者のみ

*2:たぶん、今もあんまりないんじゃないかと思う

*3:恩を返す前にその会社はなくなっちゃったわけなのだが。

*4:中学の卒業文集に、「将来、本を出す人になる!」と書いてあったw まあ、野望は果たせていると思うw