2chへのサイバーテロと安全保障

数日前に、こんな事件があった。

ニュース速報++ 韓国人が八百長と801を勘違いして801板に突撃
http://news2plus.blog123.fc2.com/blog-entry-688.html

……。
まあ、微笑ましい話だなとか、勇者現るとか、ちょっと話題になっていた。
801板は、2ちゃんねるのBL関係の板。恐るべき腐女子の園として知られ、(ry


どうやらあれは前哨戦だったようで、本日午後13時過ぎくらいから2ちゃんねるのほぼ全板がダウンしている。

2ちゃんねる サーバ負荷監視所
http://ch2.ath.cx/

数値が赤字、errorと表示されているものはサーバが無反応=鯖オチしている、の意。


犯人はというと、韓国で「日本に天誅」というサイバーテロの呼びかけが盛り上がり、不特定多数の便乗者による一斉DoS攻撃が仕掛けられた模様。

2ちゃんねるダウン 韓国からのサイバー攻撃か? - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/economy/it/100301/its1003011548000-n1.htm

BIG-server.com binboserver.com メンテナンス / 障害報告
http://www.maido3.cc/server/
※2010/3/1 22:00の時点では、2chのほぼ全サーバが停止状態にある。
*1

上記のBIG-serverメンテナンス/障害報告によると、今回のサイバーテロは「原始的なF5攻撃、ただし規模は5万人ほど」ということらしい。
F5攻撃というのは何かというと、キーボードのF5(ファンクションキー5)を連打するというもの。F5キーはリロードキーで、同じページをもう一度読み込み直すリクエストを行う。つまり、目指すWebページのURLを打ち込んだ後、F5キーを洗濯ばさみかなんかでつまんでおけば、ずっとリロードが継続される、というわけ。
非常に原始的だが、それだけに「ブラウザで特定URLを表示してF5を固定」だけで行える。小学生でもできる。それ故に、多人数を動員できれば、その影響は甚大になる。*2


2ちゃんねるの他に、したらばBBSや一時的にニコニコ動画も不安定になったりしていた。
超-1(「超」怖い話/恐怖箱)の公式BBSはしたらばだったりするので、若干影響受けてましたorz


2ちゃんねるは同時アクセス負荷に対する耐久力は国内最強、そして世界でも有数のものと言われている。
その2ちゃんねるですら、信念と怨念の入り交じった正義感を相手にしたら陥落しちゃうっていう話で。

一瞬思い出したのは昨夏公開の映画「サマーウォーズ」。
2ちゃんねるは別に公共サービスやらなんやらまではサポートしているわけではないが、「生活に根ざしたネットワークを管理するサーバが落ちたら」というパニックネタ、そしていつぞやの「2ちゃんねる8月危機」を、彷彿とさせる。


で。
実際のところ2ちゃんねる以外は特に問題はなく、mixiTwitterなどその他のコミュニケーション手段は生きていたし、ねらーじゃない人には無関係な話かというとそうでもない。

インターネットは「サーバのどこか一個所が破壊されても、命令伝達経路が総体としては失われない」ということを目指して、アメリカの国立マッドサイエンティスト研究所DARPAという高度な軍事技術を研究するトコが開発したシステムに、世界中のあらゆるサーバが接続したことによって成り立っている。
だから、例えばチリのサーバが壊れても、ハイチのサーバが壊れても、インターネット全体が停止することはない。


それでも、重要なサービスや公的な情報というのはだいたいどこかのセクションが集中的に管理していることが多い。
例えば、政府発表なら総理官邸HPや各省庁のHP、といった具合。
そうした政府のサーバは頑丈なのかというと、恐らくそこまで頑丈ではないんではないのか、というような気がする。
なぜなら、政府系サイトというのは当人達がどう思っているかはわからないが、案外アクセスされていない。
それこそ、新聞社のサイトのほうがまだ読まれているし、mixiGREEのようなSNSは細々したアクセス負荷は多い。その頂点にある最強最凶負荷wに耐えているのが2ちゃんねるであるわけで、政府系サーバよりもずっとアクセスが多く、尋常ではないアクセス負荷に耐えている。

その2ちゃんねるも、これまでにもしばしば落ちている。
実況*3が集中して特定サーバが落ちるというようなことは珍しくないし、金曜ロードショーラピュタを放映するたびに、「バルス!」の瞬間に落ちたりしたことが(ry
かつての危機以降は帯域を食わないようにする工夫なども施され、度重なる過剰負荷に耐えうるシステム構築も重ねられてきている。
それでも落ちる。


となれば、同じことを政府系・官公庁系、情報の伝達経路ではなく「発信元」に対して行われたりすると、そりゃもう一発で吹き飛ぶ。
ネットワークにアクセスする人はずっと増え続けているので、後から始めた人は「前にもあった、前からあった」という問題に、常に【初めて】接することになるので、ご存じない向きもあるかもしれないのだが……インターネットが社会の公的基盤のひとつになって久しいが、これはインターネット黎明期から普及期の間頃、「サーバ攻撃」という手段が有効になり始めた頃からずっと行われてきて、ずっと解決できないまま来ている問題でもある。


サイバーテロの厄介なところは、仕掛けている側に悪気がないというところかもしれない。
これには能力的に高いクラッカー*4が少数や個人で仕掛けるものから、低練度低能力の不特定多数の集団が一斉に行うというものまでいろいろある。
今回の韓国からのサイバーテロは後者の「不特定多数からの攻撃」だが、彼らはこれらの行為について悪気どころか、信念と正義感でこれをやっており、むしろ積極的に正義として行っているので手に負えない。
十字軍がそうであるように、シーシェパードがそうであるように*5、人は「自分の信じる正義を、自分が代行するのだ」という自覚と大義名分を持ったとき、自分の考えと対立するものの意見には一切耳を貸さなくなる。
そして、サイバーテロのような行為についても、正義に基づき、懲罰を与えるというつもりで荷担してしまう。


このサイバーテロという電子的暴力を受けている状況というのは、物理的に起きる戦争になぞらえることができる。
こちらにその意志がなくても、こちらが望まなくても、相手側が相手側の意志、相手側の正義に基づいた懲罰を行う強い意志を持っている場合、その被害・損害を受ける側の反論は、一切通じない。
それこそ、恣(ほしいまま)に蹂躙されるしかないわけだ。


この状況を回避しようと思ったら、方法は幾つかある。

  1. 普段から相手の言うなりになり、文句を言われたらすぐに謝り、賠償し、事前にお伺いを立て、相手と対立する正義は主張しない
  2. 相手に何かされてもまったく被害が及ばないような防衛準備を整えておく
  3. 防衛準備に加えて、相手が何かしようという気が起きないような反撃手段を整備し、いつでも反撃をする意志があるとアピールしておく
  4. 意見が対立しそうな相手が攻撃を仕掛けてくる前に、こちらから先に攻撃を仕掛けて相手の攻撃が自身に届かないようにする

(1)は隷従、隷属で、主権の放棄であるので除外……したいところなのだが、「相手の意見を尊重する」という言い方で、遠慮ばかりしているケースが日本の外交では珍しくない。*6
(2)インターネットで言えば、セキュリティを強化しておく、帯域を太くしておく、などなど。国防で言えば「自衛隊に強力な防衛力(迎撃能力)を持たせておく」と読み替えてよい。
(3)インターネットでは例えにくいけど、国防で言うと「やられたらやり返すぞ」という意思表示と、その意思を実現できる能力を整備する、ということ。日本の場合、憲法九条があるので「やられたら、おまえんとこの国をギタギタにしてやるぞ」ということは明言できないのだがw、それをやれるだけの潜在的な能力を保持することで、「いざとなったらやるかもよ?」と暗黙のプレッシャーを掛け、それによって相手国による攻撃を躊躇させる、という戦略を採っている。
抜かずの宝刀を、いつでも抜けるようにし、いざとなったら抜く意志もあるが、しかし建前としては抜かない、抜かないけど刀は捨てない、というのが日本の専守防衛戦略。
ちなみに「手を出したらスゲーことになるぞ!」という予防的圧力/示威兵器の最上手段は核兵器の獲得で、北朝鮮とイランがこれを目指している。
(4)これは「予防的先制攻撃」という奴で、近年ではブッシュ・ドクトリンとして知られる。自国に危機が迫っていると事前に分かったなら、現実の被害が及ぶ前に相手を殱滅する、打撃を与えることで、相手の攻撃意志をくじいてしまう、というもの。イラク戦争はこのロジックの元に行われた。結果的にアメリカ本土へのイラクからの攻撃は防げ、イラクの攻撃意志を無力化できたが、同調国や国ではない攻撃力(テロリスト)を刺激し続けているので、必ずしも上策とは限らない。


話をサイバーテロに戻すと、基本的にはもし「防衛しかしないつもり」なら、徹底的に防衛努力をするしかないわけで、耐える、スルーする、半島からのアクセスを遮断する*7などするか、どれほど攻撃されても蛙の面に小便的な頑強さを構築するか。
そうでなければ、「やられたら手厚くしっぺ返しをする」という意志を持つか、自動的にそれを行う手段(装置)*8を持ち、そのことを事前によくアピールしておくか。
が、そうした「相互破壊の脅威」というのは、サイバーテロ相手にはあまり通用しにくい。


まず、「正義感に駆られて行っている懲罰行為」と当人が信じている以上、犠牲的精神とやらでそれをやらかしてしまうので、歯止めが利かない。自分に酔ってる人に何言っても無駄。
このへんはサイバーじゃないテロでも同じ心理の延長線上にあり、損得で動かない力は止めようがない。
そして、物理的に死者が出るわけではないから、行う側も罪悪感が低い。これが、2ちゃんねるへの嫌がらせ、とかではなくて社会的に重要なインフラへの攻撃だったら、確実に死者が出る。例えば、今後整備が進むであろう、医療系ネットワークやネットワークを間に挟んでロボットで行う遠隔手術・遠隔治療の類などに対して、同様のサイバーテロが行われたら、行っている側は自分が何をしているのかをまったく知らないまま、誰かを殺害することに荷担することになるのだが、何しろ自分の行為が誰にどのような影響を及ぼすのか? が、攻撃側にも見えにくいため、これも歯止めが利かない。
仮に行為に対する結果を事前に知ることが出来たとしても、「これは正義に基づく懲罰行為だ」「自分は神の意志の地上代行者だ」くらいの大義名分に負っているので、攻撃対象者への慈悲が働かない。


こうした、集団的無意識、正義感に基づいた行為が非常に恐ろしいわけで、多くの愛国心と正義感を持った韓国人が、日本(の、2ちゃんねる)に対する正義の懲罰行為として*9今回のサイバーテロに荷担した、という事実は、今後同様の行為が何度も繰り返され、いずれはサイバーでは済まないテロを正当化する心理に結びついていくのではないかなあ、という気がする。


自分にそのつもりがなくても、自分は好意的なつもりでも、相手がこちらの意志を無視して、相手なりの正義感で何かを仕掛けてくる。
大多数の戦争はそんな感じで起こるわけで、今回の2ちゃんねるへのサイバーテロは、「こちらの希望なんか関係ないんだよ」てなことがよくわかる好例であったと思う。

*1:BIG-serverは2ちゃんねるのサーバ管理をやってるとこ。世界最強のサーバ群の保持管理者の奮闘ぶりの片鱗が窺える

*2:他に田代砲攻撃というのもあり、これはキーボードにF5を縫い付けるのではなくて、もうちょっと進化した方法で、投票ページにアンケートリクエストを送り続ける自動投票スクリプト。目標ページにリクエストを送り続けてサーバに加重負担を強いる、というあたりは大して変わらない。田代砲についてはこちら http://www.paradisearmy.com/doujin/pasok7s.htm

*3:テレビを見ながら書き込み

*4:破壊的なハッカー。単純に「ハッカー」だったら尊敬されるべき高能力技術者で、その能力を破壊行為やウィルス開発に使うのが「クラッカー」

*5:そして一部の積極的な嫌煙活動家や、積極的に行動するときの民主党

*6:自民党政権では「アメリカの言いなり」と言われてきたが、民主党政権に変わってからはそれに拍車が掛かって「中韓のいいなり」になっている。

*7:これはこれでひとつの有効な方法だが、今回のように攻撃者がはっきりわかっていて、攻撃者がProxyを使っていない場合にのみ有効、とも言える。例えば発信源が半島に限らなかったり、世界中のProxyを経由していたり、日本国内だったりした場合、必ずしも全てを遮断できないため

*8:冷戦時代の核戦力なんかその代表

*9:そしておもしろ半分に