185頁の電子書籍を出した

土曜に怒濤の「一日に3冊電子書籍を出す」というのをやったその翌日の日曜が竹の子書房創立一カ月目で、作った電子書籍はその時点で9冊だったので、一カ月記念&十冊突破記念で「怪集 人形 http://bit.ly/c96xv3 」を作った。

お値段は「0円」。
フォーマットはPDFで、iPhoneiPadiPod touchの他にKindleや一部アンドロイド系スマートフォン、PCなどで表示できる。
怪集、の名を冠しているので、「全て創作、実話なし」。
テーマは人形が出てくる恐い話。
8月くらいからぽつぽつと集められていたようで、組版を始めた時点で138話くらいあった。
「ほぼオールスターズ」「でも零れてる人もいる」ということで、たまたまTL上にいたBL作家お二人を捕まえて、その場で「今から15分」という制限時間で1話書いていただいたり。
結局全部で141話(うち1話は中編)に。

これを編集・組版してみたら、185頁の電子書籍になった。


竹の子書房は「とにかく早く出す」「質は後回し*1」ということで、20話分集まった、表紙が揃ったらすぐに出して「数を揃える」ことに軸足を置いている。
今回は「量」も備えるというのがテーマとなった。


通常の竹の子書房文庫は、「20話(20頁前後)」から組版するが、扉奥付目次などの諸頁が付いて、最終的に30頁台後半から40頁台後半くらいに落ち着く。
レイアウトに関しては、テンプレートやライブラリが充実し始めているので、流し込むコンテンツ(文章と表紙)さえできてしまえば、40〜50頁クラスの電子書籍は2〜3時間で作れる。
なので、その程度なら一日に複数冊刊行するのは可能だし、実際土曜の実験では可能だった。黒百合は47P、再怪は42P、死語は39P。だんだん頁数が減っていったのは疲れたからではなくて元々コンテンツの量がそれだけだった、というだけの話。


人形はのべ185頁、そのうち目次だけで15頁(収録話数が多いから)、著者各位の最新刊を広告で載せたりした分が9頁ほどあるため、実体部分は150〜160頁くらいなのだが、実際に取りかかってみたところ文章整理に相当時間を取られた。


まず、40程度の目次に対して、「同じタイトルで別の著者が書いている」といった趣の本であるので、単に流し込むのではなくてテーマにそった順番・構成を考えて台割を作らねばならない。
参加している著者の人数が、通常は数人多くて5〜6人のところ、人形には18人も参加している。となると、表記統一作業が通常以上に掛かる。
そもそも物理的に160頁近い分量があるので、それら全ての校正をするだけで死ねる。
竹の子書房文庫のフォーマットは25字×10行=一頁250字というもの。これはiPhoneでの読みやすさを念頭においており、iPad縦持ちだと大きすぎる。横持ちすると、まだ大きいけど耐えられる大きさになる。iPadローカライズするとiPhoneでは読めない。
現状、iPhoneのユーザーはiPadユーザーより多いだろうということで、iPhone優先のフォーマットを採用している。面倒wなのでそれぞれ個別にローカライズはしていない。


仕事で作っている竹書房文庫など普通の文庫本は、各社、レーベルによって若干の差違はあるが、40字×16行=一頁640字くらいが標準的分量になる。
竹の子フォーマットは通常の文庫の1/3よりちょっと多いくらいということになるのだが、通常の文庫でも1頁に640字をぎっちり詰めてくる作家というのはあまり多いわけではない。経験から言えば1頁に400字前後が多い。最近は頻繁に改行がないと読みにくいと感じる読者が増えているようで、特にエンターテイメント系の読み物やラノベなどでは改行の多用が定着している。
そうしてみると、竹の子フォーマットと通常のフォーマットの差は2/5から1/2くらいに近付いてくる。
実際、「超」怖い話や恐怖箱の原稿を竹の子フォーマットに流し込んでみると、概ね400〜450頁くらいになる。約倍と考えていい。竹の子フォーマット400頁分で、普通の文庫1冊分に手が届く、ということだ。


今回は185頁(そのうち実体部分は160頁くらい)ということで、商業的文庫本に直すと80頁前後になる。仕事のデータ1/2よりは少なく1/3よりはだいぶ多い。
……という見当で始めてみたのだが、総勢18人のアンソロという大所帯(表記揺れの修正)もさることながら、話数そのものの莫大さが結構な足かせになったw
ぶっちゃけて言えば、1話1頁なのでほぼ全頁にタイトルが付くことになる。タイトルは見出しとして本文とは別書体になるので、その指定を付けていかなければならず、そしてこれは自動化できない。見出しスタイル用のテンプレを作ってあるけど、そのテンプレをその都度指定していかなければならんわけで。


……死ぬかと思った⊂⌒~⊃。Д。)⊃


単純に「総頁数が多いと言っても仕事の文庫より全然少ない。楽勝」と思っていたのは浅はかだった。見出しの分量で言ったら、普通の実話怪談文庫は40前後、多くたって50前後。少ない本なら20〜30だ。それが141もあるわけで、その点は仕事の文庫より全然大変なわけで……実際、仕事の文庫だと10分掛からずに終わる作業に60分掛かったorz
目次のノンブルを縦中横に直すだけで何分かかったんだ自分orz
全体の作業は、取りかかった時間からカウントして概ね10時間以上掛かっている。通常の5倍。そのうち、文章の整理に掛かった時間は6時間以上。
文庫本1冊の1/3量を6時間、10時間でUPなら、通常なら18時間校正、30時間で校了できるんじゃね? ということになる*2が、実際には著者校出したり最高取ったりといった作業を重ねていくのでせめて2週間はないと無理。


電子書籍*3リリース後の修正が可能なので、「とにかく形になったら出すだけ出してしまえ。誤字や待ち以外は後から急いで直せ」という荒技ができるわけだが、それをいいことに著者校を一切出さずにロールアウトしている。そのお陰で公開当日に五版まで直しまくるハメにはなっているものの、速さは確保できている。一般書で言えば、初校ゲラを本にしてしまうようなもので、普通はまずそんなことやらないw 著者によってはそこからさらに初校、再校、念校を重ね、7校くらい取る慎重な著者もいるらしい。*4
フットワークの軽さが電子書籍の身上であることを考えれば、クオリティよりスピードを重視という方向性は正しいと思うのだが、そこで「量も重視」しつつスピードをどこまでキープできるのかというのを考える必要があって、今回の人形に挑戦してみたわけなのだが……。

人形は185頁を無償配信しているのだが、「お金を取って読んで貰う電子書籍」に付けられる価格の最低価格が115〜150円くらいだとして、そうすると最低頁数は50頁くらい。
しかしその金額では一向に著者が振り込みを得られる金額が貯まらない(^^;)ので、ある程度まとまった金額になるまで小頁数の本を重ねて出し続けるか、ある程度まとまった頁数のある本をまとまった金額で売るか、という話になる。


通常の紙の文庫は、各社または刊行数によって変動はあるが、550〜650円の間くらいで推移していると思う。一応、600円とする。
224頁で600円なので、150円にするなら50頁ちょいあればいいことになる。100頁あれば300円取れる。
ただ、購入者側には「電子書籍は紙の本と比べて実体部分(紙そのもの)が存在しないんだから、もっと安くしてほしい」という意識が働くので、どうしても紙の文庫と同じ規模ならそれより割安でなければ、という値付け圧力が働くような気もする。
600円の本なら500円以下で売れ、とか。
でも500円の電子書籍は多分、割高に感じて買い控える人も少なくないだろう。
じゃあ、300円ならどうか。200円なら。150円なら。
文庫本150円分なら、読める頁数は50頁くらいだ。これならどうか。

……というような、実勢価格と割高感(イメージ)の落としどころというのを、今各社ともに探っているのではないか、と思う。
「出版社は紙の本が売れなくなると困るから、電子書籍は割高にして紙の本より高い値段を付け、ほら売れないだろう、とやろうとしているのだ」
というような批判を耳にすることがあり、実際そういう言い分も全面的に的外れではないのかもしれない。
その一方で、電子書籍取次wって紙の本の取次より取り分が多くて、紙の本に比べて出版社取り分がだいぶ少ないとか、そもそも頒布単価が紙より安いので、印税率を上げても著者の取り分があんまり確保されないとか、そういうあれこれもあって……
結局のところ、横並びで右に倣えが簡単にできる程度には、電子書籍の価格、内容と値付けの最適値というのは見つかっていないんだろうと思われる。


著者の原稿料の問題だけではなく、例えば編集費というものもある。
一連の竹の子書房の電子書籍は著者も編集組版もWebなどの整備も、全て手弁当で行われているわけだが、原稿=コンテンツはもし売ることができれば、そこから収益を発生させることができる。が、それを整理する、校正する、整形する、といった編集作業の作業コストがいくらぐらいなら適正なのかについてのコンセンサスは、出版社や著者との間でまだ議論されていないというか、議論以前の問題として「編集の手間賃」というものに意識が向いている向きは、実は少数派なんじゃないのかい、とか……w

紙の本においては編集費というのは著者の印税とは別に「制作費」として確保されている。そこから編集に掛かる費用が捻出される。「本が売れてなくてもまとまった発行部数分の金額を前渡しする」ことができるのと同程度に、まとまった編集作業費が支払われる。これは編集だけではなく、デザイン、校正なども同様だ。
電子書籍においては取次化している電子書店の多くは「完成品を預かって自社で配信する」ということになるわけで、完成品を受け付ける前までに掛かったコストは出版社、著者が負担している、という考え方なのではないかな、という気がする。
実際、電子書籍の販売益から支払われる【著者印税】は「紙の本より高率」*5ということがしばしば言われるが、ないところから持ってくることはできないわけで、どこが圧縮されているのかといえば、そういう「テキストという原石を、本のカタチにする職掌の取り分」を考慮【しない】ことによって捻出されている……ではあるまいなあ、と思わなくもないw


編集の仕事の中には、原稿の整理*6や著者の確認を取る連絡作業、著者の企画を【通す】作業、会社や編集部によっては対外的な窓口やマネジメントを担当するケースもある。出版社の社員の場合はそれらのコストは会社が負担するが、そうではない場合は個々の本に編集制作費として計上された予算から捻出される。
電子書籍が「著者から完成品を受け取って流す」というものになる場合、それらの編集的仕事は著者自身が全て一人でこなす、ということになる。以前も書いたデュアルスキル、マルチスキルの中に、絵を描く、デザインするといったアーティスティックなことだけでなく、「チェック、確認、交渉、事務もヤレ」という極めて創造的ではない仕事wが入り込んでくることになるわけでw
そうなってくると、結局はそういう面倒毎をやってくれるマネジメント/編集専門の集団を作家は個人で持つか、代行者に委ねて印税の一部を支払うか、出版社に委ねて(以下同)、という形になるのではないだろか。
「編集などいなくてもテキスト/画稿が完成した時点で自分の作品は完成している」
という考えの人もいるだろうけど、絵が上手いことと文字の配置も上手いことは別の才能で、レイアウトなんかはやはり専門家に任せた方が楽だよな、とつくづく思う。*7

出版業界の中ではそうした周辺作業を担う職掌が結構あったわけだが、「原石としてのテキスト/画稿に意義があり、その他の周辺はなくてもいい」というのが進むと、諸々の周辺業種は仕事がなくなっちゃうのかしらとか思わないでもない。
一方で、「ここの見出しが本文と1ミリずれてる。キモチワルイ」と眉根を顰めるのが日本人でもあるわけでw、そういうところをきちっとできる職人の需要は、それはそれでまた出てくんだろな、とも思う。


まあなんだ。
電子書籍でも、編集(組版)の仕事の中核部分は「流し込みをする前段階の原稿整理にほとんどが費やされていた」ということの確認になった気がする。


個人的には、現時点では次のように考えている。

  • 1日で作れる電子書籍の頁数の上限は200頁くらい
  • 電子書籍として、お金を取れる頁数の最低数は50頁くらい
  • 100頁(竹の子フォーマットで。文庫なら1/4冊)を越えると商品として提案できる数字になる
  • 200頁(竹の子フォーマットで。文庫なら1/2冊)あたりが主力商品帯
  • 400頁(竹の子フォーマットで。文庫なら1冊)あたりなら十分だが、頒布価格が高くなると売れなくなる
  • 頒布価格として、115円*8は、検討価格の最安値になる
  • 頒布単価は頁数にもよるが、200円、300円までなら「買ってもいい」に入る
  • 500円を超える場合、文庫本と同程度の【分量】があるか、何らかのボーナストラック、お得感を伴わないと厳しい
  • 50頁*9までの本の編集組版作業は2時間程度でできる。
  • 100頁なら5時間程度でできる。
  • 200頁までなら12時間程度でできる。
  • 400頁は休息も考えると2日程度掛かるが、できる。いずれも「著者校は出さない。リリース後に修正する」という条件でなら。

編集と組版に掛かるコストをいくらぐらいに設定するかについては、各社ともに答えを出しあぐねているのでは。
特に電子書籍は「売れた分だけ」「DLされた分だけ」の歩合制になるため。編集費組版費を歩合制で、とした場合、仕事として受注するところは幾らをペイラインとして考えているのか。
具体的な数字は控えるけど、仮に著者印税から何パーセントかを出す形を取ったとしても、1冊のDL印税から得られる金額で必ずペイできるとは限らない上に、一定の社員に【固定給】を支払っている会社などでは、これらの作業を商業的に行うのは、相当なリスクを伴うのでは。売れそうにない本を編集しても儲からず、その本が売れるか売れないかは事前にはわからないわけで。
となると、量をこなしてどれかひとつでも当たりが出るのを祈って、作っても儲けにならない本の編集組版もやる、というような感じになっていくことになるのだが……


実はソレって、今の出版界が抱えているのと同じではないのか、と。
出版社は売れるかどうかわからない本を企画し、売れる可能性や要素を検討し、せめて赤字にならないくらいの部数で初版を出し、重版が掛かったら万歳、大ヒットになったら小躍り、という感じの商売をしている。かつて集英社は「キン肉マン北斗の拳ドラゴンボールの儲けで、会社の社屋を建て直した」という話があるくらいで*10、あるかどうかの大ヒットで空振り本を養っている、と言えなくもない。
つまり電子書籍の世界でも、「大ヒットの収益で一息つく」という形になっていくのではないかなあ、その陰に山のような空振り商品を抱えていくことになるのではないかなあ、という……。
倉庫代は掛からないし、返品本を断裁する費用も掛からないとはいえ、単価が安いということは利鞘は紙の本よりも小さくなる、ということでもある。
そのへん考えると、じゃあ「編集組版費用は誰が出すのか?」というのは、「ビジネスとして成り立たないから商売がなくなる」という方向に行くか、そうでなければ「出版社ではなく、著者当人から売り上げに拘わらず定額の費用を取る」という方向に行くか、出版社と著者を繋ぐエージェントビジネスとして、著者の得る印税の何%かを得るようになるのか、といったところかもしれない。


どっちにしても、社員に固定給払えないビジネスということになってしまったら、迂闊に手を出すところは減るかもしれん。
自社が取次=電子書店までやる、というところまで行くなら話は別だけど、料金徴収とかそういうインフラ的な部分を考えると、大商いにしないと利が薄くなる。
はてさて、編集屋、デザイン屋、校正屋などなどの近隣同業者の皆さん、どうやって生き延びますかねー。

*1:誤字脱字はリリース後に直す

*2:過去の自己最高記録は19時間で校了

*3:特に竹の子版は

*4:普通は著者も見る初校、編集部内で見る再校、印刷所からの最終確認の刷りだしで校了

*5:「高率」と「高額」は別。1000円の10%は100円だが、300円の20%は60円である。

*6:てにをはチェックから始まる文章そのものの整理、推敲、校正

*7:能力的にできることと、才能として金がもらえるレベルであることは別なわけでw、だからカラーのカバーデザインは、本来なら餅は餅屋が正しいと思う。

*8:iPhoneアプリの最安値帯

*9:諄いようだが竹の子フォーマットで。

*10:業界噂話なのでどこまで本当かは不明ながら、著者が億単位の印税を得られるヒットの場合、版元はその数倍以上の収益を得ている。単行本の収益以外にキャラクター商品の権利などの収入もあるわけで、あながちデマとも言えない。