スカパー地獄変とシニア商売
このところCSはFoodiesTVとDiscoveryくらいしか見てなかったのだが、アニマルプラネット、ナショナルジオグラフィック、ヒストリーチャンネル、リアリティTVなどのドキュメンタリー系チャンネルが増えたら、急に見るチャンネルが増えた。
懐かしの音楽的チャンネルがあって、穴馬的当たり。
昭和の香りの町並みの写真+延々30〜40年前のフォークやニューミュージックを流してる、深夜のNHK映像散歩みたいなチャンネル。別にどってことないのだが、そういえば今年あたりから大量に表舞台を去って隠居生活に入っていく団塊世代をターゲットにした番組やサービスはこれからどんどん増えていくのかもしれない。
12年くらい前、角川書店の仕事をしていた時代に、「角川雑誌70誌計画」という社内プロジェクトを目の当たりにしたことがあった。角川書店内で雑誌を70誌刊行するぞという文字通りのもので、バブルの余波がまだ届いていなかった業界だったので(笑)みんな鼻息荒かったのを覚えている。
このとき、結局実現しなかった企画書がバンバン舞い踊ったのだが、その中に「シニア向け雑誌」を謳った企画があった。「今後、シニアは増えていく(当時はシルバー世代と言っていて、シルバー産業の黎明期だった)」という前提のもと、お年寄りの定番総合誌を目指そうという意気込みだった。
着眼点は非常に良かったんじゃないかと思うけど、如何せん「10年早かった」「企画しているのがお年寄りではないので、お年寄りゴコロが理解できた連載企画を用意できなかった」などなど、諸々の理由で結局実現はしなかった。
この連載企画の中に、「孫と遊ぶゲーム」みたいなのがあって、「PSやゲームボーイをお持ちのお孫さんとの話題に付いていく&遊び相手になれるようにするための攻略ガイド」というコンセプトだった。
ゲーム雑誌を多く手がけるセクションだったので出てきた発想だったのだろう。当時、すでにコンパイルが老人ホームでのぷよぷよ大会を成功させたりしていたのも、背景にはあったかもしれない。
この方向はおもしろいなと思ったんだけど、結局それ以上は膨らまずに終わった。
今のDSやWiiの盛り上がりは、所謂ブルーオーシャン戦略という奴で、「ライバルがいないジャンルを自分で開拓する」というスタイルにハマったものだと言われる。
ちなみに、「すでに同業者がいるジャンルで、性能向上(開発生産費の高コスト化による投資の増加)と価格競争(廉価競争による低収益化)のスパイラルに陥る」状態をレッドオーシャン戦略というらしい。
DSやWiiは、それぞれ「タッチペン」「Wiiリモコン」という入力デバイスを用意したことで、「それまでゲームをしなかった層」の開拓と獲得に成功した。また、入力方法(プレイスタイル)を変えたことで、ゲームプレイスタイルの幅を拡げた。
と言われている。
ソニー(PS3)やMicrosoft(Xbox360)陣営は、「Wiiで育てられたユーザーは、いずれ高性能を求めるようになり、PS3やXbox360に流れてくる」という主張をしているが(どこまで本気で言っているかは謎だけど(^^;))、高性能・高度化したPS3やXbox360は、「複雑化した操作方法や、本体・周辺機器の高価格化について行けない脱落ユーザーを増やすことで市場を萎縮させてしまう」というリスクを負っている。PS3の伸び悩みと余りっぷりを見るに付け、「いつか来る逆転の黄金時代」は来ないように見える。
DSとWiiのソフト売上は、2007年第一四半期(1-3月)のベスト10に9本がランクインしたが、そのうち8本がDSソフト、1本がWiiスポーツ、残る1本はPSPのソフトだったらしい。PS3もXbox360も影もない。
DSとWiiは「ゲームをしなかった層」「ゲームから遠ざかった層」「ファミリー*1」をターゲットに挙げていた。
DSは「おいでよ どうぶつの森」で(ゲームをしない、マニアではない)女性を獲得。「脳トレ」で(ゲームに見向きもしない)中高年を獲得。脳トレの成功を受けてエデュケーションソフトが乱発されたこともあって、それまでゲームを毛嫌いしていた層に対して「ゲーム機と認識せずに、ゲーム機の操作に馴染む機会」を増やした。
おそらくこの「ゲームをしない層」に対する認識が、各社ともに違ったのではないかとも思う。
ゲームに限らないが、新しいものは突然ブームになるわけではない。いくつかの発火点はあるので必ずこのスタイルという断定はできないのだが、まず「知る人ぞ知る、マニアが深める」という状態から始まるスタイルがある。マニアが深める。それが一般化して認知度が上がり、ブレイク。例えば、最近では「萌え」「メイド喫茶」などを挙げれば、ああ、と思われるかも。
この場合は、「マニア→業界の注目と後押し→一般人」という流れ。
次に、女子高生が発火点になる場合。「携帯」「PHS」「ポケベル」「たれぱんだ」などがそうだったと思うのだが、「女子高生の間で話題に→業界の注目と後押し→一般人」という流れ。これは発火点が違うだけで、「業界の注目と後押し」が入って一般化される流れは同じ。
マニアが深めたものを拡げていくというのは出版界にはよくあるのだが、実際にはこれがなかなか難しい。
「業界の注目と後押し」というのは、ブームを拡大させる鍵なのだが、これは「テレビや新聞やその他のメディアに重層的、継続的に紹介・注目される」ということが必要になってくる。重層的な紹介というのは一時的には行われないこともない。20代の頃は、「わーいテレビに紹介された!」「わーい新聞が取材にきた!」といってわくわくしたものだったのだが、自分が思っているほどあんまり話題にならなかったりする。継続的なフォローが得られないものは、ちょっとした露出程度では全然認知されないということだ。これに気付いてガッカリすること多数であった。当時の自分たちの非力さへのいらだちと、拡大への意欲と欲望(笑)が、メディア露出への過剰な期待に繋がったと思うのだが、メディアだって「1/365日、たった一日、たった1回だけの露出」で日本全国に知れ渡るのは普通はほとんど不可能だ。*2
映画などお金がたくさん動き、完成までに時間が掛かり、一定の期間継続して宣伝されるものは、電通/博報堂などの広告代理店が間に入ってブームを仕掛けるので、ある程度はそうしたブームが広がっているような状態を擬似的に作り出すことはできる、らしい。
だが、これは映画が公開され、1〜2週間も経つと支援展開が打ち切られる。あくまで映画の宣伝のための擬似的なブームに過ぎないからだ。作られたブームというのはなかなか長続きしないorz
おかげで編集者時代は「あれが流行った、これから流行る、今後数ヶ月は流行る、あと数週間の命」と忙しいことこの上なかったorz
TRPGなど当時「ブーム」とされていたものの雑誌も手がけていたが、それも定着はしなかった。
結局、カンフル剤による疑似ブームに頼らずにユーザーを地道に増やしていく方法を考える、というところに立ち戻るわけなのだが、マニア(先駆者)のものを、どの層に広めていくかは結構難しい。
良いものを作るのは当然の前提条件だが、良いものを作るだけではダメで、誰にどのようにそれを奨めていくかがブームを定番として定着・ジャンル成立存続させられるかの鍵になる。
僕等の頃は、「マニア→子供→女性→疎い若者→中高年」で、マニアが深めたものを子供・女性・疎い若者向けに「簡便化・ライト化する」というのは、ひとつの定番の流れだった。関わってる編集者もマニア化(専門知識の深化)が進んでいるから、「これはよいものだが難しすぎるから易しくすればよいに違いない」と考えるわけだ。
編集者や新しいブームの推進者は大概若い世代なので、「小難しい内容を頭のボケた中高年に理解させる」ということは、だいたい最初の時点で諦めているか、想定していない。老人の人数はその他の層よりずっと少ないから労力が見合わない、という考えもあったかもしれない。そして実際、価値観が固まっている中高年に新しいものを流行らせるのは極めて難しいから、「未開拓だが、開拓不能な層」として中高年は戦略から除外されるのが常だ。
ファミコンなどのゲームはおもちゃだったからということ以上にこの考えに寄っていた。さらに性能上の制限もあったからシンプルなものしか用意できなかったわけで、「子供にわかりやすい」というところから子供向けに開拓されていった。
しかしながら、ファミコンは女性層、疎い若者、中高年にまでは手が届かなかった。
ここを開拓したのが、たまごっちでありPSだったと思う。
たまごっちタイプの単機能携帯ゲーム機は女性層を開拓し、高性能と操作の複雑さの方向に進化したPS(を始めとする次世代機)は、若い世代(でゲームに金を使う余裕がある層)を開拓して、一応の成功を収めた。
だが、PS/PS2はいずれも中高年は視野に入れていなかった。
実は、囲碁将棋競馬株など、中高年を視野に入れたゲームソフトもなかったわけではないのだが、如何せん操作性がフクザツすぎたのと、すでに拓かれていたPS/PS2市場を占める中高年ユーザーが少なすぎたこともあって、十分Payできないということでそうしたソフトが投下されなかったのではないかとも思う。
中高年に新しいものを流行らせるのはとにかく難しい。
DSとWiiはその中高年が積極的に手を出しているわけなのだが、これまで「ブームの墓場」または「ブームの聖域」として、決してそこを切り崩すことができなかった中高年層の頑なな心の扉を開いた(笑)という意味は大きいかもしれない。
加えて、「シルバー世代、シニア世代の増大によって生まれる新たな市場」に食い込んだという意味も大きい。
PS3/PSPやXbox360は高性能であるが故に高価すぎ、高機能であるが故に複雑すぎて、年金暮らしの老人が手慰みで始めるにはハードルが高すぎる。その上、「脳の老化に怯える老人が、自己鍛錬のためと位置づけて手を出す」ようなソフトの提供もない。
2007年4月を迎えて、これからますます「引退する団塊世代の老人」が増え、それを狙った商売も激化するんだろなー、と思う。DS&Wiiは、お年寄りゴコロを理解してうまく掴み団塊シニア市場の最初の勝者になったと思うのだが(何しろシニア市場は今後子供市場よりも規模が大きくなるし)、これに続く勝者がどこからどういったジャンルで生まれてくるのかは、ちょっと興味深いところ。
ともあれ、DSに夢中になっている中高年*3が多数実在しているのは確かだと思う。
日本国内で販売されたDS&DS Liteの総販売数は2007年3月の時点で国内のみで1500〜1600万台に達している。これは日本人の8人に一人は持っている計算になる。
そしてその売上ペースはまだ衰えていない。
単一機種が数多く普及している機械と言えば携帯電話が思い浮かぶが、携帯電話でも「完全な単一機種での多数展開」は今はやっていないはずだ。*4
PS2/3、Wiiは一家に一台のリビング普及機を目指しているが、DSは携帯と同じく「一人一台の国民機」を目指している。PSPが足踏みを続ける間にも、DSは攻略が難しい中高年市場をじわじわと切り崩している。
任天堂ですら、過去のゲームボーイ、GBAでは中高年市場を切り崩すことはできなかった。そのことを思えば、やはりDSの推進力の背後に中高年市場があり、DSはすでにその聖域・禁断の市場を手中に収めつつあるのだなあ、ということを察することができる。
……ああ、お裾分けを貰いたい(笑)
*1:任天堂は昔からこれを掲げていて、ひとり暮らしのゲームマニアにゲーム費用を投資させ続けるPSシリーズとは基本戦略を一応画していた。
*2:最近では外山恒一のような例もあるが、これはインターネットで話題になり、方々のニュースサイトやblogに重層的に複写され、話題が繰り返された結果の定着であって、一回だけの放送で話題になったとは断定しにくい。
*3:量販店のゲーム売り場を彷徨くのは、ゲーム雑誌編集だった頃から続いている僕のこの20年の定点観測的習慣だが、この数年の中高年の増加には本当に驚く。これまで、孫に媚びるため以外で、中高年が自分のために真剣にゲームソフトを選ぶ姿を見たことはなかった。
*4:年間4シーズンの新機種発売では、基本性能は同一ながらもデザインや特化機能の異なる機種が8〜10台リリースされるのも定番の風景となった