選挙を終えて

自民(与党)圧勝、民主惨敗。
これが現時点での日本の民意なのだということになった。
 
選挙戦を見ていて思ったこととして、自民(この場合小泉総理、というべきか)は「民間はやればできる。もっと民間を信頼すべき→郵便は官僚の仕事ではなく民間の仕事にすべき」という論調で、「有権者を褒めて励まし信頼する」というものが多かったような。
一方、野党(この場合、特に民主。他の泡沫政党も似たようなものですが)の場合は、「小泉はダメだ!あんなのに騙されるな!」援軍のはずの評論家、新聞、雑誌、テレビなどの論調は「小泉の言うことに騙される奴は馬鹿」というものが多く、「自分たちの味方に付かない有権者を馬鹿にする」という嘲り調のものが大勢を占めた。
その結果がこれ。
確かに日本人は判官贔屓が好きで、悪く言われる、もしくは可哀想な側に同情心を持つ。
だから「これからは二大政党制の時代」と言われたとき、「守旧派で悪代官の自民」と「若く革新的な民主」という構図から、二番手の民主を応援してきた。それが、ここ数年の民主の「躍進の図式」だったのだろうと思う。
今回について言うと、選挙戦が始まってからの民主党は「悪口を言い続ける」ことに終始していたように思う。党首討論を見てもそう。(実は国会中継でもそうだったのだが、相手に質問をしておきながら、相手がしゃべり始めるとそれを遮るように文句や野次を質問者当人が言い、相手から質問をされると「では次の質問に」といって遮って答えない。党首討論でも国会質疑でもこの調子で、議論を仕事にしている【代議士】にしては相当幼稚に見えた)
例えば北野武爆笑問題や綾小路公麿や田中眞紀子(笑)など、毒舌を売りにしている芸人は数多い。が、それは芸人だから許されるもしくは、その発言に実務的な意味での影響力を伴わない者が言う分には許されるが、政権を担うことを目指し、それの実現が照準に入ってきたような勢力が、芸人気分でそんなことを続けていられては困る。
民主への期待は、芸人気分の抜けない評論家気取りの毒舌への幻滅から雲散霧消した。また、毒舌に晒され続けた自民側がむしろ「可哀想な、同情すべき対象」になったのではないだろうか。悪口で罵倒し続けた場合に、悪口を言う人に共感する人と言われる人に同情する人、どちらの数が多かったのか、という……そういう意味では戦術上の失敗も大きかったと思う。(でも、民主はずっとそれをやって票を伸ばしてきたから今回も変えられなかったし、今後も変えられないと思うが)
 
しかし、事前の政治評論家諸氏の票読みが、解散直後から8月末、公示後、投票直前まで、一貫して大ハズレだったのは特筆に価する。
分裂選挙は与党不利」「革新政党が漁夫の利を得て躍進」「与党の続落的衰退」という過去の常識や願望(笑)に基づくなら確かにあの議席予想が出るのも頷ける。「組織票がないと勝てない自民党は、投票率が上がったら民主支持が多い無党派層の増大で負ける」というのも、過去の常識だった。
が、利権型の議員を切り捨て、過去に自民支持だった支持団体の多くが民主党に鞍替えした結果、組織票という「縛り」は民主党側に移っていた。
評論家諸氏は学生運動喧しい時代を経験した団塊の世代が多いが、「我々こそが正しい」という思い込みが、彼らに票読みを誤らせたのではないか。
 
選挙(おそらく政局・政治全般も同様だろう。同じ記者が担当するジャンルだから)の見通しを通してテレビ評論家から大新聞に至るまでメディアの読みが全く的はずれだったことは確かだ。
このことを覚えておきたい。