スカンジナビアの思ひ出

船繋がりで、ちょっと思い出話を。
僕の田舎の静岡県沼津市には、「スカンジナビア」という船があった。
スカンジナビアと言ったら、普通は「スカンジナビア航空」を連想すると思うけど、沼津人のほとんどは船を連想する。沼津市民だったらこの名前を知らない人はいないというくらい有名な船だ。
36年前、僕がまだ幼稚園に上がる前に北欧から沼津に来た。
外洋渡航用の大型クルーザーで、いわば豪華客船。
駿河湾内には多くの漁船、遠洋漁船、貨物船、観光船などが往来しているが、その偉容はどの船にも勝る。
ただ、スカンジナビア号は沼津にやってきてからずっと出航することはなかった。
彼女は船としてではなく、フローティングホテル(海上ホテル)として沼津に嫁いできたからだ。


子供の頃の印象を。
スカンジナビア号が係留されていたのは、駿河湾の奥のほう。
沼津市街から見ると、狩野川を超えて大瀬崎に回る途中にある。
これが本当にでかい船で。
沼津の子供たちは、その頃富士山山頂にあった気象観測ドームが肉眼で見えるため、富士山を描かせると必ず剣が峰のあたりに白い○を書き加えるのだという話は以前にも書いた。
同様に、狩野川の西岸側・千本松原あたりの海岸からスカンジナビア号が肉眼で見えた。直線で5〜10kmも離れているのだが、湾の奥のほうに白いマッチ棒みたいに横たわって、桟橋に係留されていた。


大瀬崎は都心に近い初心者向けダイビングスポットとして知られているが、同時に海水浴場としても親しまれている。そこに自転車で行ったりしていた。行く途中、スカンジナビア号まで来ると、「あと半分!」と頑張ってペダルを漕いだ。


親からは「あそこは金持ちしか泊まれないぞ」と聞かされていた。
いつか泊まろうと思っていたのだが、途中からホテルではなく、海上レストランとしてのみ営業するようになっていた。老朽化に伴い、宿泊サービスはやめてしまったらしい。
それでも、古い豪華客船の上品な雰囲気を持つ「老いた貴婦人」として、彼女はそこに在った。


先頃、ついにスカンジナビアの耐用年数が限界に近づき、海上レストランとしての営業もやめて退役することになった。
当初は解体処分の話もあったところを、保存会( http://live-fuji.cocolog-nifty.com/scan/ )の働きかけやスカンジナビアを所有する会社の努力もあってか、スウェーデンの不動産会社が彼女を買い取ることになったという。
彼女は北欧から来て、その生涯の多くの時間を沼津の海で過ごし、そして老境に至りその最後の時間をまた北欧で過ごすことになる。
中国上海で若干の改修修理を終えたのちの回航になるという。
沼津に来るときには、「もう二度と海へは出ない」というつもりで来た彼女が、再び海を往くという。


僕の実家は両親の隠居に伴って御殿場に代わり、今はもう沼津に「実家」はない。
だから、沼津にまで足を運ぶ機会は数年に一度くらいになった。
今度千本浜まで行ったとしても、子供時代ずっと眺めてきたスカンジナビア号はもう見えない。
寂しくもあるが、今は彼女の晩節の幸せを祈りたいと思う。


スカンジナビア号よ永遠に。
元気で。