体制変更とか

●タイのクーデター

タイでクーデターがあったらしい。
華僑系のタクシン首相の失政に、陸軍がクーデターを起こした。
クーデターの首謀者である陸軍の司令官は、首相の失政(主に金権腐敗と南部イスラム教地区の動乱鎮圧の不手際)を指弾し、タクシン首相がNYに外遊中に憲法停止、両院議会・憲法裁判所の解散を命令し、陸軍と警察軍による評議会を作った。

と、ここまでを聞くと往年の名作ゲーム「フンタ(小国のクーデターをシミュレートするボードゲーム」さながらだ。南米やアフリカでしばしば起きたこういった軍事クーデターは、既存政権への不満を軍事力という強権で解決しようとするときに起こる。定番のパターンとしては、「王室などの世襲的支配者への対抗(フランス革命ロシア革命など)」。もしくは、「王室ではない独裁者に取って代わる別の勢力が現れた場合」、さらには「民主的な方法で作られた政権が腐敗し、外国の援助を受けた反政府勢力が政府を倒す場合」などなど。これは冷戦時代にソ連のバックアップを受けてクーデターを起こす例もあった。逆に、アメリカの支援を受けたクーデターなんかもあったりで、要するに「既存政権への不満を力づくで解決」というのがクーデターの習わしである。

で、こうしたクーデターでは「王族」というのはだいたい悪役で、富を支配している、世襲的な独裁体制を敷いているなどの理由から「放逐され国外追放」「暗殺/誅殺される」という展開になることが多い。イタリア、イラン、帝政ロシアなど、枚挙にいとまがない。国外追放はされていないが、ネパールのギャネンドラ国王も失政でちょっとヤバイことになってたりするし。

今回のタイのクーデターでは、クーデターを画策したのは国軍で、その国軍が宣言した「評議会」(暫定軍事政権)の代表者は、タイのプミポン国王だという。
プミポン国王の意志で起こされたクーデターという可能性は低いと思うし、あくまで首謀者はクーデター司令官だと思うのだが、このへんは実は非常におもしろい。
タイはイギリスなどと同じ立憲君主国家で、王族は存在しても憲法と議会が政治を行い王族は政治を主導しないという点は日本と同じ。
つまり、権威と権力が分離された国であるわけだ。
こうしたタイにあって、タクシン首相は「権力の専横」をやって不満と批判に晒され、国民に対する求心力を失った。
問題を「タクシンのせい」にすることでタクシンを退けて解決しようというのが今回のクーデターの主命題だ。クーデターというのは現行法を停止して超法規的に行われるものであって、憲法上の正当性はない。が、何らかの方法で正当性を確保しないと、国民の協力が得られずその後の政権運営ができなくなる。
そこで、クーデター勢力に必要になるのは権力ではなく「権威」である。
権力は行使される側の同意が必要な「力」だが、権威が伴わなければ正義として受け入れられにくい。この「権威」(または大義名分)に、かつては「共産主義という思想」が当てはめられたりしていたわけなのだが、今回のタイのクーデターでは権威としてあくまでプミポン国王を尊重しようとしている。

タイという国は中華圏にありながら日本と同じく長く自主独立を保った国で、国民には国王への尊崇が生きている。華僑系で国王軽視と言われたタクシン首相に対抗し、国民の理解と支持を得るための「権威」として、クーデター勢力には国王という権威の同調と安寧が必要だ、ということだろう。

日本で言えば、2.26事件や5.15事件の青年将校が玉体確保(宮城を占拠しようとした)のも狙いとしては同じで、「天皇という権威」が必要だったということだろうか。

プミポン国王が今後どういう反応を示すかはわからないのだが、皇室とも深い交流があるプミポン国王は誠実真摯慧眼で知られタイ国民からも尊敬されている王だと聞く。鈴木貫太郎昭和天皇の「たった一度の大権発動」に等しいほどに舵取りは難しいだろうけれども、うまくソフトランディングさせてもらいたい。

それにしても、クーデターが仮に起きても、政権が交代しても、「実権を持たないNo.1の権威」は変わることがなく、「実権はあるが権威は及ばないNo.2」の交替のみで、国体全体に大きな影響が及ばない、というのが権威と権力の分散を特徴とする立憲君主制のよいところだ。
権力者の腐敗が即権威の失墜に繋がる大統領制に比べ、「国の枠組みを大きく揺るがさず、権力者を健全に交替させられる」という立憲君主制を持つ国は世界にはそうは多くない。*1
権威というのは、権威自体が独自の意志や権力を持たずに、ただそこに「在る」ということに意味がある。

その意味で、日本も象徴天皇制という「権威と権力の分離に成功した希有な立憲君主制」を持つ幸運な国であると思う。
此度のタイ動乱が、立憲君主制の良さを生かした解決に向かうことを願っている。

●安倍総裁誕生とか

軍事クーデターじゃないけど、本日、自民党総裁選。
これも一種の体制変更。
結果としては選挙前の下馬評通り、安倍議員の圧勝に終わった。
安倍総裁の対抗馬としては、新聞紙上では谷垣氏が何度も取りざたされたが、フタを開けてみると得票数は最低、麻生氏にもわずかに及ばなかった。

今後谷垣氏の処遇がどうなるかはわからないのだが、案外経済閣僚として再起用があるかもしれないなあ、と思ったり。消費税増という汚れ仕事が必要になった場合に。
麻生氏については、できれば外務閣僚を留任してほしい気も(笑)
町村前大臣以降、運良く「喧嘩が出来る*2閣僚」が連続しているのは、この不安定な時代には僥倖であると思う。敵を間違えない読みの深さもあるし。

景気は回復基調にあって、現在の日本は「景気がいい」という状況に戻りつつあるらしい。内政への不満を逸らすために強気の外交をするというのは、ヒトラー盧武鉉江沢民もやっている、若干古典的な政権運営方法だと思う。
景気が回復基調にある時期に、強気外交を主眼とした安倍総裁が誕生。
おそらく今後のキーワードは「喪失していた自信の回復」だと思う。敗戦からの戦後教育と顕在化した近隣国からの圧力は「自信を持つな」であった。
「自信を持て」をキーワードとする安倍総裁*3が支持されたことから、今後は「自信回復」の方向に進んでいくんじゃないかな、と思われる。

政治でも経済でもエンターテインメントでも、その空気を読んだ人が勝つんじゃないのかなー、とも。
でも、「自信を持つ」ことと「高慢」というのは境界が非常に曖昧なものでもあるわけで、高慢にならずに自信を持つというのは本当に難しい。バブル崩壊の落胆を覚えている人が、慎重さと自信の双方を兼ね備えたら、ちょっとスゲエかもなあ、といろいろ思う。

*1:イギリスや北欧諸国、中東の一部、タイ、日本などで、その他の多くの国は民主化の過程で王族を追放したり根絶やしにしてしまった。

*2:戦争、争いごとを起こすという意味ではなく、売られた喧嘩を捌ける、という意味で。

*3:実は麻生氏のキーワードも同様だった