民主党の政策

参院選民主党圧勝から一週間。
臨時国会に向けて、民主党の「政権奪取のための戦術」がいろいろ浮かび上がってきた。


民主党は「とにかく政権交替」が党是になっていて、政権交替して何をやるかではなく、「政権交替のために何をするか」が行動指針になっている。
自民党と同じこと(自民党案に賛成)すると、選択肢として先鋭化できないので、徹底的に自民党(=政府与党)を攻撃し、やることなすことに反対し*1、結果、すべて逆の対案を出すのが戦術になる。

政権政党として「テロ対策特別措置法」に向き合え(日経)
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/column/tahara/070809_23th/index2.html

当たり前の話なのだが、100の施策のすべてが良い政策とは限らないが、100の施策の全てが悪い政策であることもあり得ない。100の施策のうち重要度が高い(共感する有権者が多い)ものほど上位にくることになるのだが、政策優先度の上位下位に拘わらず「とにかく与党の全てを絶対悪に規定し、その全て反対する」というのが小沢民主の基本戦略となっている。


で、先の参院選で据えた6年続くお灸の効果が早速現れている。
小泉内閣時代に有権者の2/3が支持して決まり、今年の10月から施行されることになっている郵政民営化を凍結するための法案を、民主党が提出することを決めたらしい。
http://www3.nhk.or.jp/news/2007/08/08/k20070808000141.html


郵政民営化というのは単に郵便局を民間会社にするというだけの話ではない。

  • 自衛隊員の3倍近い人数がいる巨大な公務員集団をすべて民間人にすることで、公務員を減らす(公務員の給与は税金から出るので、税金の出費(人件費)を少しでも減らすために公務員を減らすのが公務員改革で、郵便局の民営化はその一環)
  • 現状の郵便局は私企業ではなく公営事業なので、事業によって黒字収益を上げていても私企業で言う法人税に相当する税金を国に納めていない。類似事業をしている私企業が黒字化できているのだから、郵便局も民営企業として黒字化は可能(実際、今黒字)であり、民営企業化して税金を納める団体に変われば、政府の税収が増えて国民個々人の税負担は軽くなる
  • 郵政民営化に当たって、手紙荷物の集配事業、年金保険、郵便貯金などの金融事業は分割しなければ、既存企業を圧迫しかねない上に、郵貯などのまとまった大きな資金は、「安易に国債を購入する資金」になりやすい。*2国債=国の赤字を支えやすい構造を維持してきたのが郵便局の扱う金融事業(の資金源)で、借金に頼りがちな財務体質を改善するには、借金を許しやすい金融事業を持つ郵便局を分割して余裕を殺ぐ必要がある。


カネを無尽蔵に貸してくれる金貸しがいたら、本当はカネがないのにいくらでもカネを使える気分になって、天文学的な借金をしても「まだ借りられる」と思ってしまい、無駄遣いをやめなくなる。
この場合の、「無尽蔵に金を貸してくれる金貸し=郵貯」、「いくらでも使える借金=国債」、「借りた金の無駄遣いバラマキの常態化=社会保険庁の不採算事業や横領、公務員の増大(人件費負担)」、「不採算事業や公務員の人件費負担の増大を、労使双方が合意して放置していたのが、社保庁自治労の癒着問題」……というところに繋がっていくわけで、

  • 赤字国債の削減と国の借金の返済
  • 無駄遣いを減らす公務員改革
  • 税収増


これを一気にまとめて解消するのが、小泉前総理の訴え続けてきた改革の本丸であるところの郵政民営化という妙策だったわけだ。
ところで、民主党国民新党*3と手を組んでこの郵政民営化を凍結しようというのはどういうことかというと、上に挙げた「赤字国債と国の借金の増大を容認する」「無駄遣いの多い公務員を改革しない」「税源を減らす」ということを推進しよう、という意味合いとなる。


今回の参院選民主党から当選した議員のうち、得票数トップ5位までの議員はほぼ全て公務員系労組出身議員で、基本的に「公務員を解雇して民間私企業社員にすることに反対」「公務員の仕事(就業時間)が増えるのは反対」「税金を支払うよりは、税金を給与として受け取る安定した身分(=既得権益)を望む」という主張の労組を【代表】して、民主党議員になった人々であるわけで、その意見を汲んだ「郵政民営化凍結」を民主党が提出するのは、筋から言っても(彼らにとっては)支持母体の主張に従うという意味で正しいのだろうと思う。



自民党にお灸を据えるために、有権者の多数は

  • 郵便局が国に税金を納めることに反対
  • 公務員を減らして税金(の中の人件費負担額)支出を削減することに賛成
  • 郵貯資金で赤字国債を買い支える(つまり、国は無駄遣いのためにいくらでも借金が続けられる)ことに賛成

という、小泉政権の主張の真逆を行う民主党の政策に許可を与えたことになるわけだ。


まずは郵政民営化の凍結から始まり、民主党の次の手は

  • テロ特措法延長の反対
  • 憲法審査会(改憲手続きのために、個々の条文について議論する委員会)の設置反対

と続く。
憲法審査会はこの9月から設置が決められていたもの(以前、民主党がごねて委員会審議を出席拒否、審議日数が足りなくなったので仕方なく審議出席者だけで採決を取ろうとしたら、民主党議員が委員長を羽交い締めにしてそれを阻止しようとした*4ものの結果的に採決された*5ことを不満に思って、「一度決めた決まりだけど、今はこっちが多数派になったのだから改めて反対する」という、法治国家がやってはいけないことにまで手を伸ばそうとしている。


法治国家がやってはいけないことというのは、一言で言うとソクラテスの言う「悪法もまた法なり」という奴で、

  • 民主主義では多数派の主張が優先される。少数派はそれに異論があっても従わなければならない。

ということ。自民党多数派のときに決まった法だけれど、今は民主党が多数派(参院のみです)なのだから自民党民主党に従うべきではないか、というと一見すると正論に見えるのだが、

というのがあって、「新しい法律は、それが制定される以前にあった出来事や法、事件に、遡って適用することはできない」ということ。
例えば現在の法律では殺人は違法だが、現在の法律を遡って戦国大名に適用、断罪することはできない、といえば通じがいいだろうか。
法治国家というのは、「定められた法には必ず従う」「新しい法が、それ以前に遡って適用されることはない」というのを守ることが前庭になっているわけで、「多数派になったから前に決めた法律は全部なかったことにする」では、法律はまるで意味を成さないことになる。10年100年前の法律が現状に則さなくなったから改正するのと、直前に決まったばかりの法律をいきなり変えるのとでは、意味が違う。


民主党が「すでに一度多数意見に基づいて確定した【郵政民営化法案】や【憲法審査会の設置】を、立場逆転を理由にひっくり返そうとするというのは、それが正しいからと思っているというよりは、「自民党のやることにはなんでも反対」という政権奪取のための戦術と見るべきかもしれない。或いは、先の参院で多数派を取るために協力してくれた支持団体への見返りというか。


そうでなければ、なぜそれをするのが正しいということなのかについて、まるで説明が成り立たない気がする。



とりあえず、有権者の多数意見が民主党のこういった行動にお墨付きを与えており、有権者は「理由など関係なく、借金が増え、公務員が無駄遣いする体制」を維持することを望んだ、と額面通りに受け入れるのがよいのだろうかと悩んでみたり。

*1:これはかつて55年体制下で社会党がやってた

*2:元々郵貯というのは戦前に戦費捻出のための戦時国債を、「いつか増やして返す」という名目で個人から徴収したものに端を発するそうな。

*3:国民新党の渡貫代表の一族は運送業を営んでいて、郵便関係の荷物運輸をほぼ寡占している。民営化されると大打撃を受けるのは渡貫代表個人。

*4:その民主党議員は暴力で議事進行を妨げた由で懲罰されました。

*5:民主党は暴力で止めようとしたけど押し切られたので、与党の強行採決、ということになった。