ひゅうが

asahi.com:最大級の「ヘリ空母進水式 名は「ひゅうが」 - 社会
http://www.asahi.com/national/update/0823/TKY200708230304.html

時事ドットコム:空母型?新護衛艦が進水=1万トン超、ヘリ3機同時発着
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2007082300619

16DDHひゅうがが、さる8/23に進水したとのこと。
16DDHひゅうがは、全通甲板*1を持つヘリ搭載型護衛艦で、同じくヘリ搭載を念頭に置いたおおすみ輸送艦同様の災害派遣と、ヘリ運用による対潜水艦哨戒を念頭に置いている。
甲板が全通で平らなのは、大型ヘリ4機を同時に離発着させるためで、突起物があると事故の原因になるため。最大11機を搭載できることから、「ヘリ空母」という解説をしている記事もあるが、空母は「攻撃型航空機の運用母艦」であって、ひゅうがはハードウェアのスペック的にこれに当たらない。
また、全通甲板があるからといってすぐに「ヘリ以外の飛行機の離発着もできるはず、これは空母だ!」というあわてんぼさんが出てくるかもしれないのだが、ひゅうがには蒸気/リニアいずれの機構によるカタパルトもない。現代航空機で垂直離陸するのではない航空機を離着艦させようと思ったら、最低でもカタパルトとワイヤーは必要なのだが、それらは「事後改修」で取り付けられるほど簡単なシステムではない。*2


「イギリスのハリアーや、アメリカのF-35のように垂直離着陸のできる戦闘機を載せれば、すぐにでも空母に!」
という声も上がるかもしれないが、ハリアーは相当古い機体であり、今から新規採用される可能性は絶望的に低い。その上、ハリアーは操縦修得が難しく、回転翼(ヘリ)と固定翼(通常の飛行機)の双方の操縦経験が豊富でないと、まともに姿勢制御できないのだそう。ハリアーの操縦の難しさは筋金入りで、ベテランパイロットですら何人も墜死しており、事故に慎重な日本での導入はまず無理。F-35はどうかというと、日本は「とにかくF-22売って頂戴よ」路線で、まったく調達計画に入っていない。


では、「いつの間にかこっそり調達することになったら」とか、「F-22の代わりに売りつけられたら」という心配性な方もいるかもしれないのだが、回転翼機(ヘリ)以外の固定翼の垂直離着陸機というのは、機体を垂直に離陸着陸させるために、その膨大なエンジン出力を真下に向ける。ヘリの離着陸によって甲板に掛かるのは風圧だけだが、固定翼の垂直離着陸機が甲板に吹き付けるのは、膨大な温度の熱風であるわけで、ひゅうがの甲板はそういうものに耐えるように設計されていない。
一連の心配は、二次大戦中の空母にハリアーを下ろしたらどうなるか、というのと同じくらいナンセンスだと言っていい。*3


そんなわけで、これからひゅうがについて「ヘリ空母」「将来的には戦闘機を搭載可能」「アメリカの戦争に加担するために航空母艦保有」という記事があちこちから出てくるんじゃないかと思われるのだが、その記事を書いている人は多分、ミリヲタじゃない(笑)


「対潜哨戒ヘリを四機同時に離発艦」という運用について言えば、ひゅうががターゲットにしている防衛対象というのは、中国の原潜+通常型潜水艦群、韓国の潜水艦群、北朝鮮の工作用潜水艦群ではないか、と思う。一義的な名目は北朝鮮のそれだけど、15000t規模の艦艇は運用するのにもそれなりのコストが掛かる。海自はその法制上海上警察としては動けない(それは海上保安庁の仕事)ことを考えると、対北朝鮮の工作用潜水艦のための対潜哨戒に使われる可能性は低い。
これは、以前にもあった中国原潜による沖縄を超えた領海侵犯と、演習中の米空母キティホークのケツに狙いを定められた事件を念頭に置いた、対中国原潜哨戒が主任務じゃないのかなあ、とかなんとか。
もっとも、16DDHの名にあるように予算が下りたのは平成16年とキティホークの一件より遥かに前だし、基本設計が行われたのも領海侵犯事件より前だから、直接的には関係ないと言えなくもない。(そもそも退役するはるな級護衛艦の代替補充艦だし)


んでも、「最大11機のヘリで対地攻撃」をしようというのは、あまりにもリスキー*4というか、まああり得ない。ヘリは固定翼機に比べて格段に速度が遅いので、迎撃戦闘機とやり合ったらまず勝てないわけで、それだけでも「海外派兵して戦闘に参加するための空母」としては論外であることがわかる。


というわけで、以下、キーワード。
「ひゅうがは空母」
「ぐんくつの音が聞こえる」
アジア諸国*5が警戒している」
こういう論調があったら、「ああ、この記事を書いた人は軍事に疎いのだな」と話半分に聞いたほうがいいかもしれない、というお話。

*1:艦首から艦尾まで艦橋以外に突起物がない平らな甲板のこと。

*2:蒸気型カタパルトには巨大なボイラーシステムが必要だし、リニアカタパルトはまだ米軍ですら実装していない。フォードとかの次世代空母には乗るらしいけど、大電力が必要なリニアカタパルトは原子力空母でないと運用が難しいのでは?

*3:二次大戦中の空母の多くは飛行甲板は木製。ハリアーを下ろしたら甲板が炎上する。もちろん、おおすみやひゅうがの甲板は木製ではないけれども、ジェットエンジンの噴射を直接吹き付けることを念頭に置いた作りにはなっていない。鉄板の裏側にある画室諸装備が熱に耐えられない。

*4:対戦車攻撃の要としての対地攻撃型ヘリというのはもちろん存在するが、艦艇に乗せて海から運用するシロモノではない。海からヘリを飛ばす最大の意味は、やはり対潜哨戒任務にあると考えるのが普通。

*5:アジアといっても、東北アジア、東南アジア、中央アジア……とアジアは実に広い。警戒するアジア諸国というのは、この場合中国と韓国と北朝鮮の三国のみ。インドはすでに空母を保有していて、なおかつインド洋上のシーレーンに中国が進出してくることを警戒している。マレーシア、フィリピン、インドネシアなどは、マラッカ海峡周辺の海賊に手を焼いているのだが、この海賊の背景には上海当たりから下ってくる中国海軍がいる(と言われている)こともあってか、中国海軍のマレーシア、フィリピン、インドネシア海域への進出を警戒している。つまり、警戒されているのは日本の艦艇ではなく中国の艦艇のほうで、これは1970年代に南方へ展開した中国海軍が、島伝いに無人島や小島を占拠していって、ベトナムの所有する領島をぶんどってしまった経緯があるため。島の所在地が排他的経済海域を決める昨今、誰も住んでいない島の価値も非常に高い。(韓国が竹島にこだわる理由や、日本が沖ノ鳥島にこだわる理由もこれ)その中にあって、中国海軍の太平洋・東シナ海進出は、ASEAN諸国にとっては大きな脅威であるわけで、アジアにはその中国を牽制できる規模の大国というとインドと日本しかない。このため、日本の海事能力の進展は、中国を牽制する上で「中国、韓国、北朝鮮」を除いたアジアの洋上国家には歓迎されている、というのがその実態。