曲傾向

発売以来快調にP*1が増えている初音ミクなのだが、曲傾向をちょっと俯瞰してみた。
初音ミクオリジナル系ではスーパーヒットに入る、「みくみくにしてあげる♪」「あなたの歌姫」「恋するVoc@loid」この先駆的な曲には共通点があって、「初音ミクというシンガーが、P(ユーザー)の元にやってきた」というのがテーマとなっている。この傾向はその後に続いて発表されたオリジナル系楽曲(の、特に評価の高い曲全般)にも言えることで、このあたりに連なる系譜の曲は、だいたい似た歌詞の曲が多い。また、そういう曲ほどよくできている。「タイムリミット」「Packaged」「電脳スキル」「えれくとりっく・えんじぇぅ」などなど、概ねこの系譜に連なる。デジポップ系アイドルソングが多いのは確かだが、よく調教/調律もされているし曲もいい。ある意味、愛に溢れてるw


これは二匹目の泥鰌という単純な話、というだけではないように思う。
初音ミクというDTMソフトウェアは、パッケージイラスト+設定が用意されていて、そこには曖昧ながら人格や存在意義のようなものに対する意味づけが行われている。それそのものはソフトウェアの性能とは直接関係ないのだが、ユーザーがソフトウェアに向き合う、さらにのめり込むための重要なキーになっていることは確かだ。
「これからデビューするシンガーを、ユーザーがプロデューサーとして受け入れる」
というのは、全ての初音ミクユーザーが最初に経験することであるわけで、「自分だけのシンガー」を如何にして育てていくかというのが、ソフトウェアにとっての重要なテーマでもある*2
つまりは、初音ミクとユーザーが向き合った最初の出会い、そして初音ミクの自己紹介を、ユーザーが手伝って歌わせるというのが、初音ミクというソフトウェアへの関わり方の第一歩というか、通過儀礼なのかもしれない。
いずれも、愛に溢れ、または「愛を注いでほしい」という訴えに溢れている。*3


今はつまり、あちこちで「はじめまして」「あ、ども初めまして」「よろしくお願いします」「いえいえこちらこそ」というやりとりが幾重にも繰り返されている状況なのだと思われる。それであるが故に「自己紹介ソング」に名作傑作が集中しているのだろう。


この自己紹介ソングは新しいユーザーが新たに向き合う度に一度は作られるだろうから、今後もジャンルとして一定の群を為すものであり続けそうな気はする。
この自己紹介の段階を過ぎたユーザーが初音ミクに何を歌わせるのか、初音ミクの中に何を見、何を求めるのかというのが、次の段階になる。
少しずつ自己紹介ソングの次を歌い出した初音ミク+ユーザーが出始めているが、その傾向のひとつとして「不安を歌う(欝系ソング)」というものがぽつぽつある。不安だけで終わるもの、不安からの脱却を目指そうとするもの、後悔に苛まされるものなどなど。「Celluloid」「404 Not Found Mの歌」「LALAWAY〜僕らの長い帰り道」あたりがそうか。
特に「Celluloid」は初音ミクのために作られた楽曲なのだが、「歌ってみた」系の人間シンガーによってカバーされたりもし始めている。初音ミク系オリジナル曲の中では、初音ミク以外の人間にいちばん「歌われて」いるのはこの曲かもしれない。


自己紹介が済んで、悩み始める、または悩みからの脱却を反映させつつある人もいれば、80年代w的なコーラスライン+歌詞の、妙に懐かしい曲が出てきたりもする。カバーではなりオリジナル曲なのに、なんだかやたら懐かしいw
これは、曲を作っているコンポーザが30台後半から40台後半の間くらいなのではないかと思われる。僕と同世代(^^;)
70〜80年代のアイドルの曲調の新曲が出てきたり、かと思えば90年代風の曲が出てきたりと、このあたりは曲の作り手の趣味或いは長く親しんできた音楽の影響がモロに出ているのかもしれない。そういう曲傾向から、ユーザーの年齢層が類推できて、それはそれで面白いw


気になるところとしては、Aメロの繰り返しで曲の起伏がやや単調な曲が少なからずある……というか、多いということ。
これはDTM初心者*4が多いこと、小手調べ的な練習として曲を書いていることとも繋がりはあるだろう。数小節のフレーズを作って、それを繰り返して積み重ねていけば、とりあえず曲の体は成す。膨らましていくのは、慣れていってからでもいい。

その次に気になるのは、「どのくらいの人がネタ、テンション、衝動を保ち続けられるか」という点。
小説の世界には、「処女作は誰でも(自分の人生や溜め込み続けてきた衝動があるから)傑作が書ける。二作目は処女作の焼き直し。三作目からが勝負」というようなニュアンスの訓戒がある。空っぽなように見えても、誰にでも訴えたいメッセージというのは、少なくともひとつはある。それを吐き出した後に、もう言うことがなくなってしまうと、いきなり書けなくなる。歌もそのへんは同じだろう。ユーザー=コンポーザが、どのような「訴え」または「代弁させたいこと」を持続できるかどうかが、三作目から先が続いていけるかどうかを左右する。

初音ミクが曖昧ながらも人格や設定を持つという点が、これの回避に寄与するのではないかとも思う。
もし、そうした要素を完全に廃した「単なるソフトウェア」「単なる道具」だったら、ユーザーはたいへん孤独に陥ってしまう。それが実在しなくとも、何らかの人格を持った存在を定義したことで、孤独ではなく対話する相手としてソフトウェア=初音ミクが機能することになるのではないか。本来存在しないものに心や人格や何らかの感情の発生を期待したり、またはそうであるという前提で扱う……というのは、言ってしまえば「萌え」の芽生えなんだけど、無機物に対して人格の存在を前提として接するというのは、日本の昔からの伝統的な心理行動なのではないか、という気がしないでもない。
そのへんに触れていくと風呂敷が広がりすぎてしまうので、また機会を改めて。


まあ、衝動を受け止めてくれるという意味では、初音ミクに期待されることはフィギュア・ドールと変わらないかもしれない。ただ、違いは、実体がないということと、歌うという点だろうか。発売元のクリプトンは「バーチャルアイドル」という一見するとベタなキャッチコピーをかぶせているが、実体を持たない(初音ミクが萌え系キャラとされるのは、箱絵のみ。ソフトウェアそのものは、鍵盤とスコアとが走るだけの無機的なものだ)にも関わらず、想いを体現できるというあたり、確かにバーチャルでアイドル(偶像)なのだなあ、と感心する。



ここからちょっと昔話。
昔、まだシンセサイザーがアナログだった時代wがある。
今でこそシンセサイザーは同時に出せる和音が64音だの128音だの256音だの、スタパさんではないけど両手両足を使っても足りないくらい豊かなシーケンスを持つようになったが、アナログシンセサイザーの時代は、鍵盤をひとつ押して、次の鍵盤を押すと前の音が途切れてしまったりした。そういうのを当時は確か「モノフォニック・シンセサイザー」と言ってた気がする。
そのうち、ポリフォニック・シンセサイザーというのが出てきた。
これは、音源がひとつしかないモノフォニック・シンセサイザーに、複数の音源を載せたもので、4音、6音などがあった。
少なくとも4音あれば、和音を出すことができたわけで、これは大きな進化だった。
また、それ以前のシンセサイザーはオルガン系のものが多く、値段もべらぼうに高かった。
それがオルガンタイプの鍵盤ではなく、ピアノタッチの鍵盤となんとか手が届く値段に降りてきた初期のポリフォニック・デジタル・シンセサイザーが、YAMAHA DX-7だった。僕はその頃、KORGRolandシンセサイザー(当時としては最新のオルガン系シンセ)を使っていたのだが、性能、その音の多彩さ、先進性ではDX-7が大きく先を行っていたと思う。実際、DX-7はその後も広くプロ・アマに渡って愛され、長くシンセサイザーの歴史の第一線で活躍した。ホワイトノイズ・ピンクノイズを表現できるシンセサイザーはまだまだ珍しかった上に、ピアノタッチの重い鍵盤を持ったシンセサイザーは、普及機では恐らくDX-7が初めてだったんじゃないかと思う。
シンセサイザー=キーボードを持つ鍵盤楽器の奏者は、オルガン系かピアノ系になるのだが、実際にはオルガン奏者よりもピアノ奏者のほうが人口は多かったのだと思う。DX-7が出る前のシンセサイザー=オルガン系が大多数だったのだが、オルガン系ということはどういうことかというと、キーボードから指を離すと、音がぷっつりと途切れた。もちろん、それはADSRを調整することで表情を付けることはできたのだけど、ピアノ奏者にその頃のキーボードシンセサイザーを弾かせると、やたらとスタッカットが掛かってしまう人が多かった。あれは鍵盤を叩いてるせいなんだということを、随分後になってから気付いた。
オルガン奏者はキーボードを押す/押さえる。オルガンにとっての鍵盤は「スイッチ」だからだ。
しかしピアノ奏者はキーボードを叩く。ピアノが打楽器wまたは弦楽器である由縁であるように思う。ピアノ鍵盤は「打鍵」であるわけなのだなあ。

僕もDX-7を使いたかったんだけど、僕はピアノ奏者ではなくてオルガン奏者だったので、DX-7のあのやたら重いピアノっぽい鍵盤にはとうとう馴染むことが出来なかった。


なんでDX-7の話なのかというと、初音ミクのイメージカラーリングである黒と碧(青と緑の中間)はそのYAMAHAの名機DX-7のカラーリングそのものであり、まさにDX-7へのオマージュであるから、という話で、そのへんを思い出したのだった。



そんなわけで、頭痛直らないのでやっぱ寝る。
以下は今日拾った曲でお気に入り。リズム、メロディラインともに個人的には大変好みだが、頭痛にはよくない(^^;)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1289559
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1284033

*1:プロデューサーのこと。アイマスに倣って、初音ミクもユーザー/コンポーザをPと称する習慣が定着しつつあるっぽい

*2:実際、音階と歌詞を入れるだけでは真っ当な歌にはならないことは、ここまでに発表された幾多の曲からも伺える。初音ミクは相当なじゃじゃ馬であるわけで、「歌い手」にできるかどうかは、やはりユーザーの腕に左右される。

*3:若干、ご主人様風味のものや、おにいちゃん風味のものが多いのは、まあそういうことだ(^^;)

*4:初音ミクからDTMを始めた、それどころか初音ミクを買ってから作曲を始めた、というようなユーザーすらいる。これはかなり驚くべきことのように思う。そこまでの初心者にも曲が作れるということだ。