ブット元首相暗殺

昨日から、ブット元首相暗殺を巡って狂乱状態。いや、僕が。情報収集のために。趣味の*1
情報が錯綜しているので、現時点でのまとめはまだちと無理。
僕が記憶している話だけをとりあえず覚え書きとして列挙しておくと、こんな感じ。

パキスタンは総選挙を控えて国中が選挙運動期間中
・ブット元首相は、パキスタンの有力野党候補
・ブット元首相は汚職問責で有罪/解任された後、収監を拒否して国外逃亡していた
ムシャラフ現大統領は、汚職政治家を淘汰するクーデターで政権を取り、先頃改選
ムシャラフ政権は親米政権だが、軍掌握が強力なので核兵器の散逸を防止できている
・ブット元首相は収賄で私腹を肥やした経歴がある(タイのタクシン首相と軍の関係に似ている。タイでは政権が腐敗すると軍がクーデターを起こすという慣例がある)
・軍を掌握できていないブット元首相が仮に政権を取った場合、パキスタンの核が「売買」される恐れがあった
・ブット元首相の躍進(ムシャラフ大統領の失脚)は、無法地帯と化しているアフガニスタン辺境部の安定化を大きく後退させる(パワープレゼンスとなる米軍との協調行動ができなくなるから)
ムシャラフ大統領(+アメリカ)にとっての政敵であったことから、ムシャラフ/アメリカが暗殺に関与という論調が出てくる可能性があるが、ブット元首相一派が勢力拡大するとアルカイダによる勢力版図が広がることになるため、対テロ戦略的には非常によろしくなかったのも事実

現状、ブット元首相が暗殺されたことで誰が得をするかというと、一見するとムシャラフアメリカのようにも見えるが、これを理由にムシャラフが人気+影響力を失えば混乱状態に陥ったパキスタンはアフガン辺境部に続いてアルカイダなどのテロリストが潜伏しやすい(つまり、治安が保たれず安定していない)状態になってしまうわけで、民主化+治安安定(アフガンも含めて)を考える上で非常にマズイ。
パキスタンの不安定化=パキスタン所有の核兵器の喪失などが起きた場合、融和方向に進みつつあったパキスタン+インドの関係が再び悪化する恐れがある。
また、パキスタン所有の核兵器・核技術がテロリストの手に落ちる可能性とともに、「核テロ」が現実のものになる恐れが濃厚になる。

核テロについては、「核兵器を爆発させる」というもの意外にダーティーボムなど「放射能汚染物質を拡散させる」というものもあるわけで、パキスタンの不安定化はテロの手口を悪化させるという意味でも、非常にマズイ。

この地域の不安定化が進むと、中東からタンカーで積み出している日本向けの原油輸出ルートが大きな危険に晒されることになり、産油価格(原油価格)の高騰と、タンカーの通行数減少による石油価格上昇、あらゆる製造業へのコスト上乗せなどから、日本国内は慢性的な価格引き上げが進む。
日常生活への影響もさることながら、日本国内で製造輸出される輸出品(機械類に限らない。あらゆる加工生産品)がコスト高になっていくため、輸出黒字の縮小(同じ製品なら安い製品が売れる。だから製造業では中国製品が日本製品を淘汰した)にもなる。


生活コストが上昇すると、贅沢品や娯楽品の消費が冷え込むことになるわけで、そうなったら「別になくたってかまわないもの」はどんどん売れなくなっていく。
あ、でも「景気が悪くなると怪談は売れる」の法則というのもあるので、それはそれで(ry


ともあれ、風が吹けば桶屋が儲かる的な連想ではあるのだが、現実問題として原油価格の上昇はカップラーメンから文庫の値段に至るあらゆるものの値段を上昇させているのは間違いない。
パキスタンの国内不安定化(=核テロの可能性)が高まることは、現状の日常生活がさらに悪化する可能性を明確に示唆しているわけで、これは非常にまずいんじゃないだろかと思われる。


ムシャラフ大統領への信任が揺らいでいる理由のひとつに対テロ戦争への参加への批判というのがあって、どうしてもキリスト教国がイスラム教徒を弾圧する、という図式(米英がアフガン、イラクに軍事力を行使)になってしまうため、親米政権でありつつ軍を掌握しているムシャラフイスラムの裏切り者、という図式に追いやられて失脚してしまうのは、本当にヤバイ。日本の海上給油活動は「米軍にタダで石油を配ってる」という報道が多いのだが、実はこの給油活動の恩恵を大きく受けているのはパキスタン海軍で、「キリスト教国ではない日本」の対テロ戦への参加は、キリスト教vsイスラム教の図式を薄めることにも繋がったため、国民感情の反発は押さえられていたらしい。
そこから日本が撤退してしまったことで、ムシャラフは国内的にも厳しい立場に立たされ、そこへもってきて対抗勢力のブット元首相暗殺、の嫌疑をムシャラフが掛けられて……というのが、現在のパキスタン国内の野党主導による暴動に結びついているようだ。
暴動を放置すればパキスタン全土が不安定化するし、野党党首暗殺の嫌疑を掛けられたムシャラフ政権が暴動を起こしている野党を制圧しようとすれば、それはそれで圧政に見える(日本ではクーデターで政権を取り、ブッシュと共闘するムシャラフを悪役として解説したがる報道が多いため、ますますそういった演出がなされやすい)。


こと、核テロの可能性の防止と日本の物価上昇の防止を考えると、ムシャラフに踏ん張って貰うしかないわけなのだが、現状の日本は外交的にはムシャラフを窮地に追い込むようなことしかやってないので、これについて発言権はないも等しい。


ああ、心配だ心配だ。


他国の情勢について日本人である僕がどうこういう権利はもちろんないのだが、外交は自国の利益のみ考えて判断するのが正しい、という観点に立つならば、軍を掌握しているムシャラフが、核兵器の流出を抑えてパキスタンを掌握するのが、日本人にとっては望ましい、ということになるかと思う。その意味で、ブット元首相暗殺がムシャラフの権力安定に繋がるなら、実はそれほど悪い話でもない。(もちろんこれは暗殺を肯定するということではない。無差別テロも要人暗殺テロも、暴力を行使してそれに対する恐怖によって政治的萎縮を起こさせるものであるわけで、民主主義的にはいいわきゃないのである)
アルカイダにとってはブット元首相が政権についたほうが利がある反面、ブット元首相が死んでしまうことで起こる混乱に乗じることもできるわけだから、ブット元首相は生きていても死んでいても価値があった、ということになるのではないかと思う。つまり、国外に逃亡していたブット元首相がパキスタンに帰国した(実は、パキスタン国内にブット元首相を帰還させないよう妨害をしていたのはムシャラフで、ムシャラフパキスタン国内で死なれちゃ迷惑、という思惑はあったかもしれない。これ妄想)、帰国を許したという時点で、アルカイダのほうにリーチがあったのかなー、とも思う。
こういう話は単純に善悪に二分化してしまうと、「巡り巡って自分にはどういう影響が出るか」という話が理解できにくくなってしまうので、「ムシャラフ=悪、ブット=善」とか、「アメリカ=悪、親米政権のムシャラフ=悪」というような、単純な図式に当てはめて理解したつもりになってしまうというのはよくないのかも。
国際政治は三者以上の複数の権益が蠢くものでもあって、善悪の純朴な二択だけで判断しようとすると、ドツボにはまりやすい。


でもそういう、外交において腹黒い駆け引き(いい意味で)ができる政治家っていうのは、つまんないスキャンダルで失脚させられたり、マスコミの恣意的な集中攻撃で沈黙させられたり。先の肝炎訴訟の件もそうだけど、いつからマスコミは司法判断より偉くなったんだ、とか思う。

ベトナム戦争アメリカが負けたのは、国内の反戦気運に抗えなかったからだと言う説がある。その意味でアメリカに限らず高度にマスコミが発達しすぎた国というのは、国内に合法的な第五列を抱え、なおかつ痛みに弱い国と言えるかもしれない。
中国は未だ共産主義国なんだけど、中国や北朝鮮などのような「国民の痛みを考慮しなくていい国」が、アメリカや日本のように「国民が痛がりな国」に対して第五列を仕込んできたりすると、ベトナム戦争時のアメリカ(の、フラワームーブメントとか)のように、抗わずして――ってなことになるのかもしれない。
例えばいつかの未来、専守防衛を遵守すると日本の国土に攻め込まれてからでなければ応戦できない日本に、他国の軍隊がなだれ込んできたとき、「抵抗しなければ殺されはしない、今すぐ降伏しましょう」なんてことを、民放がしたり顔でBGM付きでこぞって報道するなんて図を想像すると、こえーなあと思ってしまうのは、SFの読み過ぎでしょうか(^^;)

*1:国際政治ウォッチはお金がかからない趣味。