仕事が楽しいと罪悪感を感じる

仕事というのは、辛いものだったりするのが世間一般の評であろうと思う。
まあ、楽な仕事というのもあるのかもしれないけど、「楽」と「楽しい」は字面は同じでも中身が違う。
「楽しい」は、愉快痛快の意もあるけど、同時に充実感・満足感というのとも通じるように思う。


もう何年も前になるんだけど、日本人の仕事っぷりについて書かれた本の類を、取り憑かれたように読んでたことがあった。「春は鉄までが匂った」(小関智弘晩声社,1979)、「メタルカラーの時代」(山根一眞小学館,1997)、「計算機屋かく戦えり」(遠藤諭,アスキー,1996)、「日本のロケット」(野本陽代,NHKブックス,1993)などの類。
町工場の職人さんや草創期のエンジニアの底力、苦労話、奮戦記などから、誤差0.1mm以下しか許さない精密土木の話から、マイクロマシンを作る工作機械の話から、CPUの検査装置のためのスプリングの話に至るまで、プロジェクトXも真っ青(というか、後に始まったプロジェクトXの底本だったのではないかとさらに後に思った)のエピソードがみっちり詰まっていて、大変好きだった。
プロだから仕事をするのではなくて、仕事を徹底するからプロなのだなあ、ということを、およそ分野違いの人々の背中に教えられて、それは今も心の中の大切なところに画鋲で留めて飾ってある。


で、そうした苦労人達はいずれも、楽な仕事はしていない。上司と衝突、予算がねえ、時代が早すぎ、失敗につぐ失敗、そういうような苦労と闘い続けていて、お世辞にも楽しいとは言えない現場だったに違いないことが、行間から読み取れる。彼等の日常はぼやいてばかり、怒鳴ってばかりであったとも溢す。
でも楽しかったに違いないことは、彼等の表情からわかる。
楽しかったと言えるのは、それが曲がりなりにも形になり、製品として技術として成功し、世に広く用いられるようになったという成功体験があるからこそ言えることなのだろうとは思うけど、プロジェクトXで若い頃の思い出話を語る引退したおとーさんたちだけでなく、まだまだ現役で今まさにそれをやってます的な現場のエンジニアの顔を見ても、やっぱり楽しそうだよな、と思う。
自分の専門分野について語るとき、仕事にのめり込んでる人ほど、目をランランと輝かせ、箱の中の宝物を自慢するかのように嬉しそうに言う。
「今夜も徹夜ですわ!」
「明日までなんとかします!」
景気のいいことを言って、あの人たちは今日もどこかで無理をしてるんだろうと思うけど、同時にそれに没頭することが本当に楽しくてしょうがないのだということも、見えてくる。それ以外のことを考えるのが面倒になってくるぐらい、それが好きなのだと思う。
仕事というのはしんどいものであるわけで、好きでなきゃ続かない。
見習うべきだよなあと常々思う。


一方で、仕事が楽しいということに罪悪感を感じることがある。
僕は、プライベートでは怖い話は正直苦手であるわけで、これは今も変わらない。仕事でなかったらできるだけ読みたくないので、類書の類もほとんど見ないんですすみません不勉強です。
なのだけど、仕事として見たときに(題材は恐怖を扱ってるけど)、本を作るという仕事はこの上なく楽しい。
苦労が面白い。
入り組んだパズルのように絡んだ、あるいは不定形の泥の塊のような状況に、少しずつ形を作っていくという作業が楽しい。
こんなに楽しくていいのかしらんと思ったりする。
申し訳なく感じることすらある。


昔、「好きなことを仕事にしている人は幸せ」ということを言われて、実はちょっとショックを受けたことがあった。
もちろん、本造りは好きだけど怪談は好きなわけじゃあw
というか、そのときは「好きなことを仕事にしたら続かないんじゃないかな」と思った。好きなことというのは、妥協ができない。好きだからこそ譲れないこともある。仕事だから譲らないといけないけど、好きだから譲れないみたいな。青臭い話だけど、その気持ちはわかる。どこで線を引くかというのが決まっていないうちは、特に悩むと思う。
故に、好きなもんを仕事になんかするもんじゃないな、と思う。
悩みたくないなら「好きなモノを仕事にする」のはオススメしない。
逆に、「仕事にのめり込んで好きになる」は別腹w 似てるけど別。


趣味というのは犯罪に走らない限りフリーダムで、迷惑が掛からなければ何をやってもよい。続けなくてもいい。途中で放り出しても誰も怒らない。
仕事というのは逆で、制限だらけ。してはいけないこと、されては困ります、してもらわなければ困ります、その双方がある。途中で放り出すこともままならないことがあるし、かと言えば成果が出ていても自分の手柄にならない場合もある。制限が多すぎて自由にできない。
けれど、その自由にならないところで、できる範囲を見つけていくという楽しみがある。自分の権限だとどこまでできるかな? ここまでやったらダメかな? やってたけど、何か言われるかな? 言われない、よしラッキー! そんな風に、押したり引いたり撫でたりしながら、限界を広げていくのが面白かったりもするし、「何日徹夜できるかな?」と体力の限界に挑戦してみたりとか(もう無理ですw)。


「好きなことを仕事にしてる」のではなくて「仕事を楽しんでる」のだと思いたい。多分、これがまったく別の仕事に就いていたとしても、僕の性格を考えれば「その範囲内でできること」「もうちょっと出来ることを増やすには」ということを模索し続けるということはやっていたかもしれないと思う。
考え続けなければ死んでしまうタチなので、悩み続け動き続けるというのが性に合ってるんだろう。たぶん。


そういうわけで、今罪悪感を感じるほどに仕事が楽しい。
楽しくてごめんなさい。
何もかもが自由になってるわけでもなければ、制限事項はいろいろあるのだろうと思うけれど、それすらも楽しめればいいと思う。


「ボクはまだ現役ですから!」と胸張って笑えるエンジニアに憧れる。一生涯がどこまで続くのかはわからないけど、生涯現役でいこう。


春は鉄までが匂った (ちくま文庫)

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新装版 計算機屋かく戦えり

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メタルカラーの時代〈1〉 (小学館文庫)

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日本のロケット (NHKブックス)

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