恐怖箱 老鴉瓜

からすうり、って入力しようとすると、普通は「烏瓜」と変換される。これが日本語表記で、冒頭に老が付いて「老鴉瓜」となるのは漢名(中国名)らしい。
老鴉瓜に夏に花が咲くけれども、その花は一夜にして散ってしまう。その実はやがて真っ赤に熟れて、秋の深まりに併せて赤い玉のようになる。実が真っ赤なのに、その種は烏のように黒いから老鴉瓜、という説もあるらしい。
いろいろ名前の由来に謎が多い実でもあって、中国原産らしいこの実が日本で「老鴉瓜」という語として初めて登場したのは、新井白石の「東雅」で、本草学の草分けである牧野富太郎博士はこの説に倣って「老鴉瓜(カラスウリ)」ではないか? としたらしい。
しかし、老鴉は頭が白く不吉なものの代名詞であるらしく、烏瓜の実の色にも結実した色にも種の色にもそぐわず、老鴉瓜≠カラスウリという説も根強いらしい。
老鴉瓜は真っ赤に熟す実ばかりが知られているが、一夜でひっそりと咲き、いつの間にか散ってしまうその花は、白く可憐な花弁を持つ。その花弁をして、白くなった老いた鴉の頭毛と見た、というのはどうだろう。白くか弱い花弁でいる期間はほんの僅か。不吉な老鴉の毛が散ったと思って安心していたら、いつのまにやら鮮血を満たしたかのような禍々しい真っ赤な実を付けている。それが不吉に見えたのかもしれない。
その他、鴉が食べ残したから鴉瓜、逆に鴉が好んで食べたから鴉瓜、朱色の果実が唐の朱墨に似ているから「唐朱瓜」、漢名のカ楼/苦樓などの発音が「かろう、くろう」で鴉の鳴き声に似ているから烏瓜……いろいろあるけれども、結局は「これが正解」という決定的な説はないらしい。
怪談の正体を見破ろうと、あれこれ仮説を立ててみたものの、結局のところどれも確定的な裏付けを得るには至らず、読者の理解に結を委ねる実話怪談と、その身上が似ているようにも思える。
8月の今は、一夜にして咲いた花が完熟を前に青々とした実を付けている季節でもある。故に、本書【恐怖箱 老鴉瓜】の実はまだなお青い。


そんなわけで、恐怖箱 老鴉瓜。あと十日ほどで発売です。

恐怖箱 老鴉瓜 (竹書房文庫)

恐怖箱 老鴉瓜 (竹書房文庫)