麻生総理がびっくりしてる件を深読み
麻生首相と小泉元首相(時事通信社)(時事通信) - Yahoo!ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081224-00000032-jijp-pol.view-000
イラク復興支援派遣輸送航空隊の隊旗返還式に出席し、小泉純一郎元首相(右端)の姿に驚いた表情を見せる麻生太郎首相(24日午後、愛知県小牧市の航空自衛隊小牧基地)
さて。
一枚の写真からいろいろな意味を読み取るのが新聞記者の仕事らしいが、そこにある少ない情報をいろいろ繋ぎあわせて背景を読み取る訓練というのは、日常的に欠かさずにやっておかないと、恣意的な解釈に翻弄されて「怒らされてしまう」「意味なく憤慨する片棒を担がされてしまう」ことがままある。
この写真は、「空自の式典に参列した麻生総理が、来賓の列の中に小泉元総理を見つけて仰天している」というもの。
まず、ぶっちゃけて驚いてる理由の正解から行くと、
麻生総理は本会議に1時過ぎまで出席して、それが終わってから羽田に直行、自衛隊機*1に乗って、考えられる限り最速の手段で愛知にきた。
ところが、同じ本会議に出席していたはずの小泉元総理が、同じ式典に参列してるもんだから、「おおっ? いつのまに?」と驚いてる。
というのが、概ねの正解らしい。
公務で空自機を使った麻生総理より小泉元総理が早く到着できたカラクリは、麻生総理の乗機が出発前にトラブルがあって、予備機に乗り換えるのに25分の遅れが生じたから、ということらしく、決して小泉元総理が瞬間移動したとかではないらしいが、そのへん「実は麻生総理の乗機のパイロットが小泉元総理*2」とか「超時空宰相だからテレポートくらい当然」とか、楽しい推論が飛びかってるのは、まあ余興ということでw
恐らく、この写真だけを見て、ここまでの「背景」が語られなかったら、どういうキャプションや見出しが付けられたかと言えば、
小泉改革と逆行する政策を推し進める麻生総理が、一番会いたくない小泉総理とばったり顔を合わせて、びっくり仰天!
まあ、こんなところだろうし、そう言われればそうかも、と思ってしまうかもしれない。
世の中の報道では、麻生総理を指弾するに当たって「小泉構造改革との逆行」と引き合いに出すことが多い。
これは、小泉総理は「規制緩和と構造改革で赤字国債の発行を引き下げ、政府による財政出動を抑制し、民間の自由な経済活動を励起し、財政を健全化する」という政策を推し進め、後任の安倍元総理・福田前総理もこれに倣ったのに対して、麻生総理は「景気対策として、その財源に赤字国債を発行してでも財政出動をする」という政策を行っているためだが、ちょっと前までマスコミ報道の多くは「小泉構造改革の批判」を繰り返していたはずだったのだが、今度は景気対策を主柱に据える麻生内閣を批判するために、小泉内閣の方針を引き合いに出すということをやっている。*3
要するに、「批判するためだったら、主語に相当する部分はいくらでもすげ替える」ということをしているわけで、誰がそれを言っているのか、というのを見誤らないようにしないと、批判のための批判にいいように巻き込まれてしまう、という事例といっていい。
ひとつの判断や方策について、常に全員一致の正解というのはないわけで、例えば「ボーナスを10万円出します」という判断に対して、いつも100万もらってる人は「少なすぎる!」というだろうし、自分はそれをもらえない人は「多すぎる!」とそれぞれの立場から批判する。
情緒に訴えるような批判が行われている場合は、それが「どんな立場から、どういう目的で行われ、どういう結論を導きだそうとしているか」をよーく考えないと、思考停止して熱病に浮かされたようにつりこまれてしまう。
さて。
この「自衛隊機のトラブルのため」という部分をクローズアップすると、今度は、
自衛隊は機器のメンテナンスを怠っている。
ここ一番というときにまともに働いていない。
であったり、
無理をしてでもスケジュールを間に合わせるべきだった。
式典に間に合わなければ前代未聞の醜態。
であったり、
本会議の直後、ギリギリの日程で空自式典を設定したのは、田母神元空将を巡る問題についての、空自側による麻生総理への鞘当て。
元々本会議と式典の日程がギリギリ過ぎることは事前にわかっていたはず。調整を行えないなど、麻生総理の指導力が問われる。
であったり、
田母神元空将の一件もあり、麻生総理に批判的な一派が嫌がらせを行っている。空自のそうした体質は問題であり、軍靴の足音が聞こえる。
といったような方向からの批判を展開しようという報道もあるかもしれない。まあ、テレビの門外漢のコメンテーターあたりに喋って貰うコメントを書いている放送作家には、そういうわかりやすさが求められるかもしれないけど。
政府専用機や閣僚・議員が搭乗する自衛隊機というのは、もちろん空自が管理運用している。空自と言えば田母神元空将。空自に何らかの不備や手落ちがあると、それを田母神元空将に結びつけて、「田母神元空将に擁護的な勢力が、元空将を罷免した麻生内閣に怨みを持っているに違いない、そうであるはずだ、現場組の暴走だ」という方向に話を持っていき、「すわ、空自によるクーデターの前触れか」というところまで示唆してエスカレートさせ、「そんな考えの空自は組織改編すべき」「空自の力を削ぐため、次期FXは凍結すべき」「空自の予算は減らすべき」とまあ、そういう方向に話を持っていこうとする論客もいるんじゃないかなあ、と思う。まあ、いるでしょうなw
今回の「空自機のトラブル」については、こんな記事があった。
首相搭乗の自衛隊機トラブル、小牧基地到着遅れる : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20081225-OYT1T00102.htm
麻生首相が24日、羽田空港から愛知県小牧市の航空自衛隊小牧基地に向かうために搭乗した空自のU4多用途支援機に故障が見つかった。首相は予備のU4機に乗り換え、到着が予定より25分遅れた。機体外にある、速度を測る装置を温めるヒーターが故障したという。
(2008年12月25日01時24分 読売新聞)
記事の丸コピペはよくないなと思うんだけど、テレビと新聞社はニュースソースの長期保存をまったくしていないので、3年後、5年後どころか数週間後にはこの記事を読むことができないので、致し方なく。
ベタ記事すぎて、たぶん記録に残らないだろうから。
さて、ここにはU4多用途支援機のトラブル内容について1行だけの短い解説がある。これは実は結構重要な話。
機体外にある、速度を測る装置を温めるヒーターが故障
と、さらりと書かれているが、この「機体外にある速度を測る装置」というのは、おそらくピトー管のことだろうな、と思う。ピトー管については「ピトー管 墜落」でぐぐれカス、機外に曝露した管で、空気の流入量を物理的に計測して、飛行機が空中でどのくらいの速さで飛んでいるかを測る、ごく小さな装置のこと。
車輪の付いている自動車やバイクは、タイヤの回転数を元にその時点での速度をメーター表示するが、飛行機の場合はピトー管に入ってくる空気の量と圧力差を測ることで、接地する地面がない空中での速度を測る。
この装置は戦闘機や旅客機からちょこんと出っ張った小さな棒みたいなものだが、三倍速い赤いヤツの隊長機のツノみたいなものとして、認識されているかもしれない。これは要するに小さな穴が空いた管であるため、凍結したり過度の水分が詰まることが起こる。
これが詰まると空中での速度が測れなくなる。
現在から過去に至るまで、航空機はこのピトー管で計測した速度をパイロットに伝えているわけなのだが、現在の航空機の多くはピトー管からの情報をパイロットに伝えるのと同時に、エンジン出力の自動制御もこれに基づいて行ったりする。
ピトー管が詰まることで、「速度が速すぎる*4」もしくは「遅すぎる*5」という誤った情報がパイロットや航法コンピュータに送られると、飛行に必要な速度を得られるだけのエンジン出力が勝手に下げられたり、逆に上げられたりしてしまうことになる。
そして、それは「離陸直後の墜落事故」を誘発する。
ピトー管の詰まりによる墜落事故というのは実は結構たくさん起きている。1982年のボーイング737の離陸直後のポトマック川墜落事故だとか、2008年初頭のB2爆撃機の離陸直後の墜落事故は、いずれもピトー管が事故原因とされている。前者B737の場合はピトー管の凍結を防ぐ装置が動作していなかったため、離陸速度が得られずに失速。後者B2の場合はピトー管の過湿により、制御コンピュータが「機首をもっと上げろ」と指示し、それに従った結果失速して墜落。
他に、ピトー管に虫が詰まって墜落、というケースもあるらしい。
ナショジオやヒストリーチャンネルやディスカバリーあたりの航空機墜落事故検証番組なんかでは、ピトー管起因の事故ドキュメンタリーがしばしば放送されている。ピトー管のトラブルというのは、航空機事故の原因として、決して珍しいものではない。
つまり、もし空自がトラブルに気づかなかったり、スケジュールを優先して無理な運行を行っていたら、麻生総理乗機は離陸直後に墜落、安否不明、総理絶望――というような惨事に陥っていた可能性があったのだった。
もし、そういう事故が現実に起きてしまっていた場合、今度はどういう報道がなされたかというのをまた無駄に予想してみたりすると、
麻生総理墜落死! 支持率急減が現実のものに!
だとか、
空自機のメンテナンスミスによる人為的事故!
空自内部の田母神元空将に擁護的な筋による、報復テロか!
だとか、
だとか、まあんこんなあたりの見出しが乱舞したんであろうなあ、とIFを想像してみた。
現役閣僚の飛行機事故死というのは日本ではあまり聞かないけれども、外国ではしばしば起きている。米軍が運行する機体に乗ったアメリカの重要閣僚が墜落死した事故だってあった。その多くは「撃墜」などではなく、メンテナンスミスによる人為的事故や天候不全その他の不可避な事態による事故であるらしく、政府の偉い人であるかどうかは事故回避の理由には成り得ない。
どれだけメンテナンスしても人間が作った機械である以上、100%を維持するのは難しく、機器の故障というのは避けられない。
が、空自が機体運行のためのメンテナンス(離陸前チェック)を怠らなかったことと、原理原則の手続きに基づいて故障機の運行を強行しなかったことは、空自という組織が正常健全に機能している証左であるわけで、その点は評価していいんじゃないかと思う。
ベタ記事は、記者の願望や誤解に基づく解釈が入る余地のないほど小さな記事で、概ね「事実関係を書いたところで紙数が尽きる」という類のものが多いようだ。
記者の願望や誤解釈がない記事から、いろいろなことを読み解くことができるというのはおもろいよな、と思う。
新聞もテレビのニュースも、すべてがベタ記事のように余計な願望や作文や誤解釈・誤誘導がないものばかりだったら、役にも立つのになあ。
「〜という批判が集まりそうだ」とかいう結びの記事が多いけど、「〜という批判をしやすいように、叩きネタを提供して煽っている」ようにしか見えんものなあ。
というわけで、ここに書かれてる内容だって本当に正しいかどうかなんてわからないのだから、「毎日新聞や古舘伊知郎やみのもんたが言ってるのと違うよ!」とか思ったらw、納得いくまで調べてみるのがよろしかろうと思う。
*1:空自のU4多用途支援機。空自のU4多用途支援機というのは、「ガルフストリーム IV」というビジネスジェット機と同型で、海上保安庁なども特別救難隊の現地派遣用に類似機を持っている。
*2:これには補足が必要でw、「ムダヅモ無き改革(大和田秀樹)」で、テポドンを阻止するために小泉総理がF-15を操縦して体当たりする、というシーンがあるため。
*3:この「構造改革の小泉」vs「景気対策の麻生」という図式にも、僕としては異論がある気がする。小泉内閣は規制緩和と構造改革で不良債権処理を進め景気を実際に回復させた。赤字国債を減らして財政健全化を進め、郵貯を民営化することで赤字国債の引き受け先を潰す、というのが郵政民営化の主目的であったわけで、この施策は正しかったと思う。反面、麻生内閣の組閣直後に大恐慌が起きているわけで、市中市場に資金ショートを起こさせないようにするためには、減税・融資・給付金その他の、「市場への直接的資金提供/景気対策」は確かに不可避であると思う。小泉内閣の背景には「世界は景気がいい」というものがあり、麻生内閣の背景には「世界は超不景気」というのがあるわけで、双方の内閣の施策の前提条件は全く異なっている。それを念頭に置かずに「構造改革に対する景気対策の是非」を云々するのはおかしい。「前提」と「決着すべき目的地」の双方を理解した上で、その間を繋ぐ施策を考えるのが「政策」ってもんであるわけで。
*4:ピトー管が「速すぎる」という情報を出してる場合、パイロットは適正な速度にすべくエンジン出力を下げる。もし、ピトー管の情報が正しくなければ、エンジン出力が足りなくて失速する。
*5:ピトー管が「遅すぎる」という情報を出している場合、パイロットは揚力を得るために機首を上げる。ところが十分以上なエンジン出力がある状態で機首を挙げると、必要以上に急角度で上昇することになる。機首が上を向きすぎると翼の揚力が失われるため、臨界を越えたところで急激に失速する。どちらの場合も、離陸時にこれが起こると、「失速=墜落」である。