誤報の是非と北朝鮮の意図

昨日の誤報の是非について。
マスコミ&野党は「政府の怠慢」の大合唱で、これは想定の範囲内なので生暖かくスルー。
「だから麻生政権はダメなんだ」「誤報だなんて恥ずかしい」という反応は多かろうけど、それはいつもの日本人の潔癖主義・完全主義と、判断に必要な情報を多く持っていない人の早のみこみからくるものだろうかと思うので、後日の自分の記憶を補完するためのものとして覚え書き。


個人的結論としては、誤報はあってはならないが、今回のケースで言えば「正確性と速報性のうち、速報性を優先した結果の誤報であり、許容範囲内」かなあ、とも思える。実際にはヒューマンエラーであったようなので、誤報誤報なのだが、北朝鮮のように比較的近距離からのミサイル攻撃は、発射を確認するのが発射の数分後、国内への弾着があるとしたら発射から十数分後というように、結論を出すまでの時間がほとんどない。
「もしそれが本当だったら?」
「確認していては間に合わなかったら?」
裁判なら疑わしきは罰せず、推定無罪という判断を取りたいところだろうけれども、こうした安全保障上の判断では「不明であれば最悪に備える」のが正しい判断であったと思う。
先に述べたようにミサイル防衛は「正確性と速報性」の双方が重要だけど、これは排他性が高いというか、早く報じようと思えば不正確になり、正確に報じようとすれば手遅れになる。


例えると、2−3でピッチャーが投げたボールが、ストライクかボールかギリギリで分からない、というようなとき、見極めてストライクを確認してからでは三振になってしまう。
ストライクだという前提で振っておく、それがファウルになっても三振よりはマシ。
今回はヒューマンエラーも重なってファウルになったが、三振したわけじゃないので、誉められたことではないけれども「最悪に備えた最大限の迅速性を優先した結果のファウル」ということで、世紀の大誤報、政権交替に値するなどと合唱するほどのことでもないと思う。
だいたい、事態はまだ続いていて、昨日と毛ほども状況は変わってないわけで。
ここにきて担当者を処分するようなことがあれば、後任の担当者は前任者の轍を踏まないようにするため、慎重性、正確性を優先することになる。確実に弾着するのを見極めて「落ちました」と報じたら、それは「正しいけど遅すぎる」で、またしてもToo lateと批判される。

正しいけど手遅れ」と「不正確だけど迅速」。
先制攻撃で抑止できない以上、日本のミサイル防衛宮本武蔵よろしく後の先を見極めて防御姿勢を取ることを強いられる。
先にやらせて、後からの行動でそれを上回ろうっていうのは、日本人の精神性をくすぐる意味では良いのだろうけど、それに生命財産を掛けさせてしまうのは問題がある。
日本が取れる迅速な対応は福島瑞穂が言うような「先制攻撃」ではなく、「いち早く防御態勢を取る」ということでしかない。今回は、相手がパンチを繰り出してくるのを見越してガードを造ったが、相手は打ってはこなかった。では、ガードは無駄になるかと言えば、それがすぐに無駄になることも負けを確定させることもない。
まだ試合は続行中で、相手が改めてパンチを売ってくる可能性は継続しているからだ。


発射される前に物理的に排除する*1選択肢もあるのだろうが、日本に憲法九条がある限り、それは技術的に可能でも法令的に不可能。自縄自縛の中で後の先を究めるしかないわけで、ここは法令変更しない限りどの政党が政権を担おうと変わらない。
小泉政権の後、2/3の衆院過半数を担ったまま政権を得た安倍政権の最大の目標は、こうした「自縄自縛的専守防衛」のままでは対応しきれなくなっている現代の安全保障努力の限界をもう少し上げるため、憲法改正などを目指すところにあった。あの参院選で自民が過半数、2/3を取れていれば、或いは憲法改正や今次のような事態への対応ももっと早い手を打てるような状況整備もできていたかもしれない。
が、その参院選有権者は安倍政権にNOを出してしまった。争点は別のところにあったのだろうけど、恐らくあれが唯一の機会だっただろうに、これでまた暫くは自縄自縛の後の先を強いられ続ける。


今回の誤報がヒューマンエラーだった件について。
日本のミサイル防衛体制は、まずその発射の事実を確認するところから始まるのだけど、米軍の早期警戒衛星*2と、自衛隊が配備している何種類かのレーダー、日米双方が展開する早期警戒航空機、日本海に展開しているイージス艦のレーダーなど、複数の経路で発射を探知している。
これらのレーダーは、探知できる範囲、高度、探知方法など得意分野がそれぞれ違うため、何種類もの探知方法を組み合わせてより正確な情報をより迅速に手に入れて、判断するということになる。
この中で、今回の誤探知では千葉のFPS-5という開口レーダーが唯一、「日本海に未確認の飛翔体の航跡を確認」した。手続きとしては、いずれかのレーダーが情報を探知した場合、早期警戒衛星やその他のレーダーの情報と照らし合わせて確認した上で、発射探知を官邸に通知する、というプロセスになっている。
官邸が防衛省の情報を得たらそれを独自に裏取りするとか、それをEm-Net*3から情報を得たマスコミが独自に裏取りする、というようなことはせず*4防衛省判断を信頼して即、ミサイル発射探知を発令する。この探知情報は同時に迎撃を担当するイージス艦PAC3部隊にも発令される。MDは時間との勝負なので。


防衛省の担当者は、この情報探知の折、FPS-5レーダーの情報がその他の衛星やレーダーの情報と照らし合わせ済み、と思って「探知」の報を出してしまった、ということらしい。*5
が、実際に発射されていたのが正しく、情報受信できていたのがFPS-5のみだったとしたら、ここでの判断の遅れが「手遅れ」に繋がっていた可能性もあるわけで、勇み足ではあるけれども致命的なミスとはむしろ言えない。


FPS-5レーダーというのは、日本国内に配備されているレーダーのプロトタイプとして作られた開発用=試験用のレーダーで、本来は開発=実証試験終了後に解体される予定であったらしい。実戦を念頭に置いていないシステムだったのが、北朝鮮からのミサイル防衛の必要が生じたことから、解体を延期して実戦に組み込まれることになった、という経緯があるのだそうな。
他にも「もっと凄い秘密兵器」の類が幾つか開発中ではあるものの、いずれも実戦にいきなり投入できる段階ではないわけで、そうした「開発を完了していない潜在的秘密兵器」の類は幾つもある。MD防衛用には、艦上発射のSM3や地上発射のPAC3ミサイルに加えて、航空機から発射する対ミサイルレーザー兵器というのもあり、地上照射実験はすでに完了している。将来的にはこのバリエーションが民間航空機などにも搭載されて、テロリストによるRPG攻撃に対抗したりもできるようになるらしい。ただ、現状ではまだ航空機からの飛翔体への照射は実験も間に合っていない段階。
今回は「実戦」であるわけで、本来なら実戦には確実に信頼性のある機器のみを使用するのが理想的ではある。しかし、「信頼性は不確かだが、あるのだから使うべき」という理屈で、開発機も投入して全力で備えているというのが現状であるわけだ。
今回はその「開発機の勇み足に基づいて誤判断してしまった」ということなのだけど、これに基づいてPAC3やSM3が即座に発射されたかというと、発射管制をする部隊は部隊で実際にターゲットを認識できなければ発射のしようがない。福島瑞穂が言うようにw「北朝鮮方向に向かって迎撃ミサイルをめくら撃ち」するわけではないので。
その意味で、「誤情報に基づいて先制攻撃になってしまう」というようなことは起こり得ない。


その他の野党(民主党共産党)は「麻生政権の怠慢」という、これまた見当外れな政局的批判を浴びせかけているが、これも彼等が「どういう手順、どういう理屈でミサイル探知情報が発令されており、それらの判断がどのような難しさを孕んでいるか」について、まったく知識がないことの証左でもある。知っていて、わかったいた上で「麻生政権の怠慢」などというところに話題を持ち込もうとしているのだとしたら、それをやって誰が一番喜ぶのかを考えるべきだ。


民主党政権というのはどちらかといえば(というかかなり露骨にw)、中道左派・リベラル的な政党で、安全保障に関してはハト派
中朝などに対しては融和的で、「金*6で解決」という考え方をしている。こと北朝鮮に関しては、交渉とか金で解決というのは、結局、絞り取られて事態がなにひとつ進展しないというのがここ十数年の状況で、今更金を払ったくらいで勘弁して貰える相手ではない。相談する警察がいない状況で、強請りたかりをされ続けるようなものだ。
自民党はどちらかといえば中道右派だが、安全保障に関して現在の麻生政権はそれなりにタカ派
この状況下で、民主党の言い分をそのまま実現した場合*7北朝鮮は日本による対抗=軍事的脅威が下がる。左派的な人は「軍事的脅威が下がるから、彼等も無闇にミサイル開発に力を入れる必要もなくなり、テポドン発射もされなくなるだろう」とポジティブに考えるようなのだが、北朝鮮側から見れば実験の障害がなくなり、より実験をしやすくなる
北朝鮮のミサイル開発目的は、対日防衛ではなくて、ミサイルと核弾頭を保有していることを既成事実化してアメリカに認めさせること&北朝鮮のミサイルの顧客*8に対する技術的デモンストレーションであるわけで、「アメリカが認めざるを得ないミサイル技術」を北朝鮮保有している、北朝鮮はそれを他国に売る意志がある、そうさせたくなかったら言うことを聞け、という方向のカードにするのが目的になっている。
「無目的にぶっ放して後先考えない」というような行動を取った場合、北朝鮮は以後の存続ができないわけで、必ず国の存続を念頭に置いて「以後の交渉」が有利になるように進めるだろう。
その意味において、東京に核弾頭が「意図的に発射される」可能性は少ないが、「日本列島を飛び越えた太平洋上に起爆可能な核弾頭を運んで爆発させる実験」が行われる可能性、及びそれについて「北朝鮮による制御が不完全で、日本に落ちる可能性」は依然として残る。
それは万に一つの考えすぎかもしれないけど、「まさかやらないだろう」ということが実際に実現されてきた。
「まさかパイロットが自爆攻撃を仕掛けてくるなんてあり得ないだろう」と米軍は考えていたが、日本は特攻を現実のものとし、これは中東の自爆テロや、911の「民間航空機を乗っ取って自爆テロ」という最悪の展開にまで発展した。誰かが「心理的なハードル」を一度越えてしまえば、それは誰にでもできることの証明になってしまうわけで、追従者は次々に出る。
北朝鮮本土からのミサイル発射+洋上での核弾頭の核爆発実験というようなものも、「技術的に無理だろう」「可能でもやらないだろう」という暗黙の了解の元に我々はいるけれども、(ミサイルではないけど)アメリカはかつて戦時中に広島、長崎に、そして戦後はビキニ環礁に対して水爆を延べ2度、その他に核爆雷の実験なども行っている。
北朝鮮は「アメリカがやったことは自分達もやっていい」と考えている。だからこそ、他の全てを犠牲にしてミサイルと核弾頭に特化した大量破壊兵器獲得を目指しているとも言える。
核兵器を唯一使用された国である日本から見れば狂気の沙汰に見えるかもしれないが、核兵器を唯一使用した国であるアメリカの側に立てば、「核兵器使用は致し方ないこと」という考え方が今も罷り通っている。*9
北朝鮮も或いはそういう「正義を気取るアメリカが、正義として行ったことを、自分達も正義として行う」と信じ込むことで、核兵器獲得を目指しているのだろう、ということは理解はできる。


理解はできるが認めることはできない。


隣接する国同士がもし仲よくできるのであれば、それは合邦してひとつの国になってしまう。イギリスが「北部アイルランド及びグレートブリテン連合王国」であるように、アメリカが「合衆国(ユナイテッド・ステイツ)」であるように、かつての日本と韓国/朝鮮が、天皇を統一の君主と認める「大日本帝国日韓併合)」であったように。
だが、それではうまくいかない、目的が違う、一緒になりたくないという心理が強く働くから、分離運動が起こる。
チェコスロバキアが分離したように、キプロスが独立したように、インドとパキスタンバングラデシュが分離したように、中国からチベットが独立しようとしているように、かつての日本の敗戦が決まった直後、韓国/朝鮮が*10日本から分離したように。


隣接する国同士がWin-Winの関係を目指しつつ、「同じではない」ことを受け入れ、常に緊張感を失わないのがよいのだろうと思う。
北朝鮮は優しいいい国、親切な国、信頼ができる国だというなら、それこそ北朝鮮と改めて合邦してしまえばいいのだろうけど、優しいいい国でもなければ親切な国でもなければ信頼できる国でもなく、彼等も合邦など望んではいない。
この現実を前にしたら、やはり国際的安全保障というのは常に性悪説、常に最悪を想定した過敏な防御姿勢を緩めない、というのは必要なんじゃないのかなあ、と僕などは考える。
パンツ一丁で背中を見せていいのは、自分のことをまったく憎んでいないと確信できる相手が、武器を持っていないときだけで、自分のことをまったく憎んでいないと確信できる相手であってもその手にとんがったアイスピックを握っていたら、少なくとも背中は向けてはいけないんではないかと思う。
自分を憎んでいる相手が鉈を握ってファイティングポーズを取っているのが現状であるわけで、こういう状況下では「過敏すぎる防御」は、さほど大きな失点ではないのではないかなと思うのだった。





PS.
敢えてこんな状況下で良かった探しをw
「政府情報については、裏取りをしてないでとにかく最速で速報を流せ」というのがEm-Netの趣旨で、今回の誤報は実際のところ「ちゃんとそれが機能しているかどうか」を確認するための事前の抜き打ちテストにはなっている。
キー局wではテレ東だけがナイスショットの瞬間を放映していたがw、それ以外の各局は概ね速報に対応できていたようだ。これは日頃の地震速報、津波速報などの訓練から、各局内に対応体制ができていることの証左で、この点についてはテレビ局各局の体制構築を素直に誉めるべきだろうと思う。
地震速報の5分後には津波の危険性の有無まで放映できてしまう、真夜中でもNHKは確実に対応する、番組を打ち切らずにテロップを流す、状況が甚大なら番組打ち切ってでもすぐに特番に切り替えるなど、日本のテレビ局のこうした「災害対応」の初動の迅速性は評価すべきだ。
ネタがなくなってきたとき、同じ情報を繰り返し流すNHKはまだしも、どんどん現場の迷惑になるような報道に転じていってしまうあたりはダメダメなんだけど(^^;)
以前、韓国南部で規模の大きな地震が起きたとき、地震情報や津波情報はNHKのものに頼ったりしていたらしく、韓国国内にそうした速報体制が確立されていなかったことは、かの国の人にとって酷くショックだったらしい。
韓国に限らず、ここまでの地震災害速報体制が整備されている国は多くはないわけで、その点に関しては日本人は素直に日本のテレビ局の体制構築を誇っていいのではないかと思う。


問題はいつも、初動の後なんだよなあ(^^;)

*1:政治的強制力ではなく、軍事的オプションの意味で。

*2:日本は前々回のテポドン発射の直後、独自の情報収集衛星偵察衛星を打ち上げたが、独自の早期警戒衛星は持っていないので、米軍の衛星を間借りしている。

*3:本来、災害情報のリレーシステムらしいけど、今回はミサイル情報のリレーに使われていて、全国の地方自治体&報道に情報が流れる

*4:していたら間に合わないから

*5:実際には他の機器では探知していなかった

*6:交渉

*7:融和派の民主党への政権交替

*8:スカッドミサイルやアグニなどノドンのバリエーションを保有する国々

*9:これに関しては退役軍人は言わずもがな、8/15の戦勝記念日に向けたアメリカからの戦記番組などを観ると、いずれも「原爆投下は必要であり正義だった」という視点で語られており、今も多くのアメリカ人は「原爆は正義」と捉えている向きが多い。これに僕は賛同しかねるけれども、「自分達は正しいと信じていなければ、原爆を投下した事実に精神的に耐えられない」という意味において、彼等が原爆投下を正当化せざるを得ない心情も理解はできる。悪を悪と自覚して遂行し、行為後も悪であったことを受け入れることはなかなかできるものではないし、正義に基づいた戦勝国であるアメリカが、悪の行為で勝利した、ということを受け入れるわけにいかないという背景も理解はできる。それをアメリカが負い目と考えたかどうかはわからないけど、敗戦国日本への賠償や日米安保条約という日本にとって非常に有利(日本は米軍を守る義務がなく、米軍は日本を守る義務がある)な片務的条約締結も、原爆投下の代償だったのかなと思わなくもない。

*10:合邦を解消して敗戦の責任から逃れ、戦勝国側に回って失地回復と権益獲得を目指しために。その前に先に北朝鮮が樹立しちゃって事情がどんどん変わっていった話はまたいつか別の機会に。