「あいつを血祭りに上げろ!」

日本郵政の西川社長を、何が何でも首にする、という方針を鳩山代表が表明。
日本郵政は「民間企業」なので、取締役会が選出した代表取締役を政府が勝手に首にすることはできないはずなんだけどなあ。国営企業じゃないんだし。


自分がイジメのターゲットにならない最良の方法は、「次はあいつを血祭りに上げろ!」と、絶えず唱え続けること。
自民党を血祭りに上げろ!」
の次は、
「官僚を血祭りに上げろ!」
のはずだったのだが、今それをやると凍結させた補正予算の組み替えや、卓袱台ひっくり返した来年度予算の概算請求など、素人議員100人を送り込んでもどうにもならない、つまりは専門家の手を借りないと一ミリも進まない問題が全て止まって責任を問われる立場になってしまう。
首班指名前、政権成立前から噴出する様々な問題について回答や責任を問われる立場=受け身になってしまうと、自分がイジメのターゲットにされかねない。
それを回避するには、次の「血祭りに上げるターゲット」をいち早く指定してしまい、そこに怒りで目が真っ赤になった王蟲民衆を扇動してつれていくことにある。
官僚を血祭りに上げるのをひとまず後回しにする為に引き合いに出されたのが日本郵政の西川社長ということになる。


郵政民営化についてはこれまでも何度か触れてきた記憶があるので割愛。*1
西川社長を「政府」が更迭するとどうなるのか。


そもそも日本郵政=元の郵便局のサービスが放漫だったので、利便性をよくし利用者にとってよいサービスが行われ、企業として健全化されるようにするために、民間から社長を連れてきた。西川社長は民間銀行出身で、火中の栗を拾うような誰もやりたがらない日本郵政の社長へと、拝み倒して「なってもらった」人物。
欧米の企業に比べて日本の「代表取締役」というのは決して高給高待遇ではなく、銀行マンでいたほうがむしろ待遇は良かったくらいだし、しかも名誉職でもない。


ところが、「日本郵政が気に入らないから社長を替えろ」と言ってきたのが鳩山兄弟で、弟は更迭されたが兄は308議席をバックに(そして連立与党の国民新党への信義のために)西山社長を更迭する気満々。


で、この西山社長が更迭されちゃうとどうなるのかというと、「頼まれたから来たのに、勝手に首にされるんだったら危なっかしいし馬鹿馬鹿しくてやってらんない」から、今後は民間から日本郵政の社長になるなり手は出なくなる。誰だって火中の栗を勇んで拾いたくなどない。
ではどうなるのかというと、空いたポストには「郵政に明るい誰か」「政府与党(国民新党)の推す誰か」が座ることになる。
手っ取り早く言えば、旧郵政官僚の天下りの可能性が高まる。
民間になり手がいない、金融に関する専門知識と郵政事情に明るく、政府与党が認める……といったら、結果的に旧郵政官僚が天下るのが手っ取り早い。郵便局長会もニコニコ。
民主党天下り禁止、独法廃止とは逆行するが、連立与党との約束だから反故には出来ない。


結果、郵政民営化は後退どころか、実質廃止に近いことになる。
郵政民営化にはいろいろな効能があったが、提唱者である小泉元総理が郵政民営化に求めた最大の効能は、「政府発行の国債の最大の引き受け元である郵便貯金に、これ以上国債を買わせないようにする」であった。*2
郵便貯金というのは、以前はその資金運用先が極めて制限されていたらしい。貯金であるからには預金残高に対して「利息」が支払われるが、預けておいたカネに対してなぜ「利息」が払えるのかといえば、預かった銀行(この場合、郵貯)がその預金を投資運用して、その運用益(利鞘)を稼ぎ、稼いだ利鞘を「利息」として預金の持ち主に利益返還している、というような感じになっている。
が、郵便貯金というのは民間銀行と違ってリスクの大きな金融商品に投資することはできなかった。しかし、巨大な貯蓄をただ漫然と持っていても利息は払えないので、「確実で安全な運用先」として国債を買った。
国債は数年或いは十年くらい買って持っておくと、相応の安定した利息が付いた金額が国から支払われる。安全なので郵便局は郵貯で貯め込まれた預金をそれで運用する。
郵貯がナンボでも国債を引き受けてくれるので、政府は安心して赤字国債を発行する。
そんで国の借金(国債は借金)は増える。
が、この国債、国にカネを貸しているのは郵貯や銀行などで、さらに言えばその胴元は預金者である国民。
しかし、その国債償還のための利払いは国の税金から支払われることになるわけで、結局のところカネの出所は国民。
自分が郵貯(や銀行)に貸した金を政府が借り、自分に払われる利息のために、自分が税金を国に払う……というサイクルができているわけだ。
郵貯がいくらでも引き受けてくれるから、という甘えがあるから、無駄に赤字国債が発行され、無駄に独法に注ぎ込まれ、無駄に天下りが発生する。だったら、そうした無駄の原資になっている国債を、郵貯が引き受けないようにすればいい」
水道で言えば、蛇口の元栓を止めちゃえ――というのが、小泉元総理の訴える財政改革=郵政民営化の根源にある。改革の本丸と言われたのはこれのせいで、郵貯国債を引き受けなくなったら、無駄遣いの原資もなくなってしまうので、その他の改革も【せざるを得なくなる】というからくり。
だから、国債によってあらゆる事業や利権の配分を行ってきた族議員、ほとんど全ての議員は小泉改革郵政民営化に反対し、あの郵政選挙が起きた。


今回はあの郵政選挙の「逆」が起きたわけだが、当然ネジは巻き戻されることになるわけで、此度の西川社長更迭方針というのはその象徴とも言えるものになる。


民主党が本気で消費税を上げないで、あれだけの恒久支出を実現させようと思うなら、どこかで財源を考えなければ行き詰まるのは間違いない。30兆円の赤字国債をこれまで通り郵貯が引き受けてくれるのであれば、有権者が直接自覚することになる消費税を上げずに済ますことができる。*3


そういうわけで、西川社長更迭→郵政民営化の廃止→消費税を上げないための国債発行……という感じで、民主党政権下では小泉以前の古い自民党への回帰が進むのではないだろうか。
古い自民党は高度成長やバブルの恩恵をもたらした。あの時代へ回帰すべき」
とばかりに、成功体験の記憶に向けてバブルへGO!な感覚が無意識下にあった人はかなりいたのではないだろか。*4
正気で民主に入れた人が結構いた――というのがもし本当なら、目指すところはそんなところで、民主は実際にそこに向けて舵を切った。


でも、高度成長期を支えた冷戦構造(東西緊張)は今はなく、バブルを支えた地価暴騰もない。ふくらみ続ける空手形は、最近サブプライムがはじけたばかり。
ナニを根拠に「次のバブル」が来ると夢を見られるのか、民主に賭けたい人の気持ちが、今ひとつわからない。

*1:さぼり記に書いてなかったとすれば、たぶん外のどこかに書き散らしたのでしょうw

*2:ソースは「コイズム」。本の発行は2001年、小泉ブームの直前だが、実際に執筆連載されていたのは1995〜1997年と、かなり古い本だけど郵政民営化に関する基本的な理屈がまとめられている。これは小泉元総理勇退までの間、その基本理念は驚くほどブレずに貫かれていることがわかる。

*3:赤字国債が発行され、国の借金が増えた……と言われても、我々があまりピンと来なかったのは、結局郵貯や銀行がそれを預金者に断りなくw引き受けてきたからで、前述のようにその借金を金を貸した当人が税金から払うというのは、やっぱりなんか如何ともしがたい気がする

*4:高度成長期とバブルを「良い思い出」と認識できるのは、今の50代前後から60代くらいだと思う。おかげさまで僕はぎりぎり恩恵にあずかってませんが。