核保有
北朝鮮の核実験に関連して、日本も核保有すべきかどうかという議論が今後頭をもたげてくるかもしれない。
この議論には幾つかの切り口があって、どこから手を付けるかが難しい。
まず、「日本は世界唯一の被爆国(実戦で核兵器を使用され、民間人が被害を受けた国)であるから、日本が核保有すべきではない」という意見。これは広く肯定されていて、核保有反対を訴えるグループのスローガンにもしばしばなっている。
「被害者は恐ろしさを知っているのだから、それを自分が持つなんて」
というのが日本の核アレルギーの特徴なのだが、これは世界的には不思議な反応なのだそうだ。
もしアメリカなどの欧米各国が核兵器を自国に使用され、その兵器の威力・恐ろしさを身に染みて感じたら、「同じ事をされないように(防衛として)自分たちも同じ威力の兵器を持つことで均衡を保とう」とするのが普通。
それが、米ソの核軍拡(冷戦)の発端の暴走の理由でもあったし、印パの核保有の根拠でもあるし、現在の北朝鮮が核保有を目指そうとする理由でもある。この点では、北朝鮮が主張している核保有の正当性「核攻撃に対する自衛のための正当な権利」は、冷戦時代を通じて現在の核保有国が主張してきた原理でもある。
北朝鮮についてのみ核保有が問題なのは、それ以外の国が民主主義による交替可能な政権、または多人数の指導層による統治体制*1を持っているのに対して、北朝鮮は独裁者による交替がない政治体制を敷いており、核兵器を個人判断で使用できる可能性がある国だ、ということ。この点がネックにもなっている。
話を戻すと、「核攻撃を経験したから核の脅威・恐怖を知った」のはともかく、「それを理由に自分が再度の核攻撃を受けないためにはどうしたらいいか?」という問いに対して、日本は
「相手が持たなければいい」「すでに持っている国には逆らわなければいい」
という、核保有国への隷従という立場を被爆を理由に肯定している、というのがマイケル・グリーン氏(知日家の米政府元高官)の見た、「自分は理解しているけど、世界的には理解されがたい日本の核に対する姿勢」なのだそう。
で、この数日取りざたされている「日本も核保有すべきかどうか?」という命題については、それでも「核保有すべきではない」という意見が今のところは大勢を占め、政府も非核三原則の維持を発表している。
その一方で「核保有すべきかどうかについて、議論はしたほうがいい」という発言(中川(酒)自民党政調会長)も出ている。
テレビ・新聞などでは「議論すらすべきではない」という批判が出る一方で、「そうだ、日本も持つべきだ」という世論も、なくはない。
ただ、そのどちらもが「なぜ持つべきではないか」「なぜ持つべきか」について、つまりリスクとメリットの双方について、十分に知識を持たず、また「未来永劫持つべきではない」とすべきか、「未来はともかく今は持たない」と含みを持たすべきかについても、十分に理解しないまま、威勢の良い意見と激しいアレルギーがそれぞれ暴走しているようにも思える。
ちなみに、民主党現代表の小沢一郎はかつて中国高官に対してこう言っている。
「日本は核兵器を作る能力と材料は常に持っている。しかし、核兵器を持つ意志を持たないだけの潜在的核保有国(準核保有国)である。あまり日本に対して中国の核兵器の優位性をちらつかせるようなことを続けると、日本はそれに反発して核保有をしようという意志を持ってしまうかもしれない。日本には十分にその能力はあるわけで、中国はあまり日本を刺激しないほうがいい」
これは確か自由党時代の発言で、ほんの一瞬物議を醸した。
中川政調会長の「核保有について議論はすべきだ」や、安倍総理の「現時点では非核三原則を堅持するが、将来の政府の判断は拘束しない」というのは、実はこの小沢発言と基本的には同じだと見ていい。
「今は持たない。そちらが問題を起こさないなら持たない。自分は持たない」
しかしこれは、
「今後はわからない。そちらが問題を起こすなら持つかもしれない。自分は持たないが、自分が持たないと言っているうちに問題を解決しないならば、自分の判断に不満を持った有権者の支持を受けた、自分以後のもっと強硬な政権が持とうとするかもしれないし、それをその頃には過去の存在になるだろう自分の政権が拘束することはできない」
という逆説的な警告を仄めかしているものでもあるわけだ。
つい先頃、ブッシュ政権が「北朝鮮に武力行使を行う意志はない。北朝鮮が安保理の決定を受け入れるならば」という声明を出している。これも、前段は「武力行使はない」と言っているけれども、後段には「約束が守られるなら」という条件が付いていて、「約束を守らないなら武力行使する」という逆説的な警告をはらんだものになっている。
同じ言い回しの例は小泉政権にもあって、日朝国交正常化を巡っては「平壌宣言が守られる(拉致問題解決と核開発中止)ならば、日朝国交かは1年以内にだってあり得る」という小泉前総理の発言があった。これは言葉通りに受け取って「小泉総理は1年以内の日朝国交正常化を急いでいる」「日朝国交正常化を自分の手柄にしようとしている」という批判の根源になったりしていたのだけれど、これもよく読むと(というか、新聞などではあまり報道されなかったその発言の続きを読むと)条件が設定された警告になっていて、「平壌宣言が守られないならば、2年経っても3年経っても国交正常化は難しい」と続く。さらに「自分の後の政権は自分より強硬になるかもしれず(なったし(^^;))、自分の政権の間に解決した方が身のためだ」という警告までしていた(笑)
という文脈で見ると、中川政調会長などによる「日本も核保有すべきかどうかの議論をしたほうがいい」というネタ振りというのは、国内向けの核保有に対するコンセンサスの醸成というよりは、外交上の「北朝鮮、中露に対する圧迫」のための発言だということが読み取れる。
日本がもし核保有をした場合に、もっとも困るのはどこの国かというと、これは非常にわかりやすい。日本と対立している、または日本に敵対的な態度を取っている国、または日本から敵視されている国、ということになる。
日本は終戦以来、「全方位宥和」が外交指針となっていて、事を荒立てないために外交機関が存在している。故に、「日本を敵視する国」はあっても「日本が公的に敵と認めて敵視している国」というのは、ほとんどない。
それに該当するのは、「拉致問題」を抱える北朝鮮、未解決の領土問題を共有するロシア(北方領土)、中国(尖閣諸島)、韓国(竹島)、の他に、日本側は敵視していないものの日本側【を】敵視している反日が盛んな中国、韓国、北朝鮮、中国の支援を受けるまたは影響圏下にある都合上中国と足並みを揃えないとならない宿命を持つシンガポールなどの小国、または途上国など。
特に日本に対する優位性を失う中国、日本をライバル視する韓国は強く反対する。
そこで、日本核保有論のさざなみは、
「日本にそうされたくなかったら、中国・韓国は北朝鮮の核問題に積極的に介入しろ」
という中韓に対する警告として作用することになるわけだ。
そんなわけで、
「中韓が核問題解決に積極的に動かないと、日本も核武装しようっていう世論が高まっちゃうよー。日本は北朝鮮と違って核兵器を何百発も作れるプルトニウムをすでに持ってる上に、技術力やその裏打ちも日本製品を見ればわかるでしょう? そうなったら困るのはアンタたちだよー。日本が腰を上げないうちに、アンタたちも協力しないと、アンタたちの優位性は雲散霧消するよー。それでもいいの?」(麻生太郎外相の声で読んでください)
というブラフ(^^;)であろう、というのが核武装論の議論喚起に対する、目下の解釈。
ただし、中韓が積極的に動かないんだったら「じゃあやったれや」という意見が、日本からまったく出ないかというと、ないとは言い難い。
コストと開発期間の問題があるので独自開発はともかくとしても、例えば「非核三原則の見直し・緩和」をするだけで、米軍の戦術核兵器をレンタルすることは可能になる。
それにより、中国は対日圧迫外交を「やりにくく」なるのは明らかであるわけで。
アメリカ国内(共和党系保守)には「今のままでは日本が核武装を考えるようになっても、仕方ないかもしれない」という容認論もあったりする*2わけで、「アメリカの了解があるなら」ということで一気にそちらに流れる可能性だってゼロとは言えない。
国際政治というのは見ていてなかなかにおもしろい駆け引きをするんだなあ、と思う。
でも、誰に向けたどういう駆け引きなのかについては、情報を集めていなければ気付かないわけで、新聞だけテレビだけじゃ全然足りねえなあ、とほんとに思う。
おっと。
大根買いに行かなければ。
PS.
2006/10/19の産経新聞社説。
http://www.sankei.co.jp/news/061019/col000.htm
10/16にこの稿を書いた後、10/18のライス米国務長官の「アメリカは日本に核の傘を提供し続けるから(核武装は思いとどまって欲しい)」というコメント。これも日本国内向けというよりは、中国に対して「アメリカは日本を思いとどまらせるから、おまえらもなんとかしろよ!」という圧迫に繋がっている。
中川(酒)発言を、麻生外相がさらに念押し、それをカウンターパートであるライス国務長官が増幅……まさにバタフライ効果の典型例を見た。
それに本業の新聞が追いついてくるのが10/19、朝日、毎日はなお追いついてこない。最大野党はさらになお後方。
どうしたもんだか。