太平洋東西分割管理

中国、太平洋の東西分割提案か 米軍は拒否
http://www.sankei.co.jp/kokusai/usa/070820/usa070820001.htm

記事のルートは、
(米国防当局者のリーク?)→米ワシントン・タイムズ*1共同通信産経新聞

出典記事:http://washingtontimes.com/article/20070817/NATION04/108170082/1008

記事の要旨は、以下の通り。

  • 中国が米太平洋軍司令官(軍人)に対して提案した。
  • 「太平洋を東西で二分割し、東側をアメリカ、西側を中国が管理してはどうか」
  • 米軍司令官は断った。
  • 米太平洋空軍司令官も「太平洋を譲る気はない」と明言。
  • 米政府内親中派は前向きに受け止める向きもあった。
  • 米国防当局は、「中国の覇権を許しかねない」「日本などの同盟国との関係を損なう」「シーレーンが脅かされる」*2と反対。


この記事がトバシではない場合、中国は近代化中の人民解放軍(海軍)により、マラッカ海峡以東ハワイあたりまでの西太平洋海域を、中国軍の支配下(制海権下)に置きたい意向がある、ということになる。
貿易立国でもある日本にとって、中東から原油を輸入し、欧州中東アジア各地に製品輸出をするにあたって、インド洋、アラビア海、西太平洋の航行ルート(シーレーン)は生命線とも言える重要海域。
現状ではアメリカ太平洋艦隊が実質的制海権を持っており、陸軍国である中国人民解放軍の太平洋進出はさほど大きな規模を伴ってこなかった。
が、先の演習中の米空母に中国人民解放軍の原潜が魚雷発射圏内まで接近してみせた事件、沖縄を超えて日本の領海内に中国軍原潜が侵入した事件、近年の経済成長を背景に中国が航空母艦を新規建造している件などの背景を俯瞰すると、人民解放軍の太平洋進出はあながち空想とは言えない。


仮に中国がアメリカと太平洋の管理権を分割し、西太平洋を手に入れた場合に起こりうることは以下の通り。

  • 日本の輸出入のための航行ルート(シーレーン)の安全確保のために、中国海軍が同海域に乗り出してくる、という名目ができる。
  • 日本のシーレーンは中国によって押さえられてしまうことになる。(これまでは米海軍制海権下にあったため、アメリカと同盟を組むのが有利有益だった)
  • 日本はアメリカの力に寄らず、中国に生命線を握られずにシーレーンを確保するためには、海上自衛隊の規模を拡大して独自路線を歩むか、日米安保条約とは別に(あるいは日米安保条約を破棄して)、中国と日中安保条約に相当するものを締結し、中国の同盟国になる必要が生まれる。
  • その場合の日中安保条約は、中国は日米安保条約に準じる形=中国の認識としては「日本が中国に隷従する形」のものが要求される。
  • 日本は、日米安保条約による日米同盟と日中安保条約による日中同盟を、同時に選択することはできない(国防上、対立・競合する二つの勢力の双方と同盟を均等対等に結ぶことは不可能)。
  • 日本は西太平洋のシーレーンを確保するために、日中同盟を重視せざるを得なくなり、日米安保は解消され、実質的に中国の従属する勢力の一角となる。


現在の中国はアフリカ諸国への投資・援助*3を活発に行っており、欧米と対立項がありながら未開発の資源を多く持つアフリカ大陸を中国の勢力圏に納める「アジア・アフリカ中華圏化構想」のような国際戦略を採っている。
もし、太平洋分割・西太平洋が中国の制海権下に置かれることになると、そこまで展開する可能性が膨らんでくる。


相互破壊のための直接的な物理的戦争を行うことだけが「戦争」ではないわけで、「いつでも相手を破壊できる」という可能性を可能な限り高め、相手に「抵抗は無意味」と認識させて屈服させるのも、間接的な意味での戦争と言える。「直接的な戦争はしないけれども、抜かずの宝刀をいつでも抜けるように整備しておく」という意味での、「威圧のための軍備」の重要性はこういうところにある。冷戦下での米ソの核配備、外国に攻めていかない日本の防衛費が世界第四位であることなどの理由はここにある。
ちなみに日本の防衛費が高いのは、

  • 徴兵制ではなく志願制を取っているため、人員確保維持のための人件費が高い。*4
  • 兵器*5調達費用が高い。これは、兵器・武器を輸出しない政策を採っているため、兵器の開発に掛かる費用を、輸出によって回収することができないため。また、自衛隊の兵器は原則として「使用されない=消費されない」ことになっているため、新規補充や老朽品の交替が進まず、国内で兵器以外に転用のできない装備を開発納入維持できる企業が少ない。
  • 少ない専門職職業軍人によって高い防衛効果を得るために、安いが低機能な兵器ではなく、高機能だが高い兵器を装備運用している。*6このため、調達費用が高くなる。


これらが原因。
防衛力を低下させずに防衛費削減を考える場合、

  • 同盟国の軍事力に依存し、同盟国に領海領空内での軍事行動の有利を与えることで、防衛協力(という名の防衛依頼)を行う。
  • 核戦力のみを配備し、威嚇防衛を行う(北朝鮮が実行中)


が考えられる。*7


アメリカ、中国、ロシアなどの軍事大国に限らず、フランス、イギリスなどを合わせたP5は、いずれも兵器開発・輸出大国でもある。(特に露中仏)
兵器輸出をせず、自国内消費のみ、なおかつ自国内でも消費はほとんどされないとなると、自然、防衛費用は高コストになってくる。
現在、イージス艦、浮上式上陸艇などの海自艦艇や、MD関連のミサイル/レーダー群、次期調達予定のものも含めた空自の航空機群は、アメリカからの直接購入、ライセンス生産、技術供与などを抜きには考えられないが、本項にあった「日中安保条約締結、日米同盟解消」が現実になると、アメリカからの継続的な技術・兵器供与は受けられなくなる公算が大きい。(アメリカは中国への情報流出をことのほか嫌がる)
そうなると、日本は独自の兵器開発(輸出も視野に入れた法改正込み)を行って独自防衛力を高めるか、中国への技術供与と中国からの武器調達をセットにした条約締結を迫られるか、中国による防衛に依拠して独自防衛を放棄断念するかといった愉快ではない選択肢からの判断を迫られる可能性もあり得る。


アメリカがアフガンとイラクで苦慮しているように、戦争は始めるよりも落としどころを見付けて収束させ、兵を引くほうが難しい。ただし、兵を引かない戦争の決着の付け方というのもあって、それは「敗戦国に常時進駐し、その国の内政を完全な支配下に置く」ということ。二次大戦後のアメリカの日本に対する進駐(サンフランシスコ条約までの10年は特に)は、これに当たる。一応その後再独立したものの、ソ連(中国)に対する安保条約によって同盟関係を作ることに成功したのが日米関係。


アメリカにとっての敵に対して、日本は共同歩調を取ってきた。古くは「共産化との戦い」である冷戦、小沢民主代表が自民党幹事長だった頃に協力した「湾岸戦争」、「テロとの戦い」、「対イラク戦争」への同調などがそうで、アメリカにとっての日本の価値はアメリカに同調する同盟国である点にある。
裏を返せば、中国の勢力圏に取り込まれ「アメリカに共同歩調を取らない日本」というのはアメリカ側からすれば重要度が落ちることになるが、だからといって経済力世界第二位、軍事費世界第四位の日本を、アメリカ側から中国側に安易に譲り渡すことを、伝統的に地政学に基づいて行動するアメリカ共和党は良しとはしない。


ただ、アメリカ国内の内政を優先し、伝統的に外交では譲歩と失敗の多いアメリカ民主党が政権を取った場合(現状で言えばヒラリーかオバマが次期大統領になった場合)、防衛予算削減と中国との共存(アジアの主導権は中国と日本が争っているのが現状だが、80年代のジャパンバッシングを主導した米民主党には、日本より中国にアジアの主導権を認めようという動きが常にある)を主張する米民主党大統領が誕生すれば、本エントリーにある「太平洋の分割管理」は一気に現実味を帯びてくるのが怖いところ。

*1:ワシントン・タイムズは、容共リベラル系のワシントン・ポスト、同じくリベラル系のニューヨーク・タイムズと混同されがちだが、一応保守系共和党よりの論調の新聞。ただし、創設者は統一教会文鮮明で、現在も韓国の世界日報の姉妹紙である。Wikipedia: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%82%BA

*2:シーレーンへの脅威」については、出典記事には触れられているけれど、共同通信配信記事からは削られている。日本にとっての脅威は実はこの削られた「シーレーンへの脅威」の部分。

*3:日本から中国へのODAを、中国からアフリカへのODAに振り替えてみたり。

*4:いろいろ誤解もあるが、現代兵器は専門知識を教育された職業軍人でなければ、十分に扱うことができないため、素人を期間拘束するだけの二次大戦以前のような徴兵制はまったく意味をなさない。特に日本にとって防衛範囲がもっとも広い海自の最新艦艇の運用は、専門知識と長期の訓練が欠かせないため徴兵制ではまかなえない。

*5:日本では「装備」「施設」であって兵器・武器とは呼ばない。

*6:戦闘機、艦艇、戦闘車両他

*7:「こちらが武器を持たなければ、相手は何もしないに違いない」という非武装平和主義の人に限って「武器を持っていない民間人を、日本軍は大量殺害した」と訴えたりしていて、「非武装であれば同じようにやられる」という疑いを微塵も持たないのは、生存本能が弱いのではないかというほど不安。