価値観外交の内外の評価

安倍総理のインド演説(二つの海の交わり)は、国内外で様々な評価をされている中で、日本国内での評価については朝日新聞がこれを社説で酷評している。
日本国内で醸成されている安倍内閣への不信感は拭いがたい段階にあるので、これに同調する向きも多いかもしれない。

asahi.com朝日新聞社
http://www.asahi.com/paper/editorial20070824.html

ここでは要旨をかいつまんで書くと、

  • 中国抜きでインドと接近するのはよくない
  • 中国のほうがインドより重要
  • インドの核について、例外(不問とまでは言わないまでも)にする動きが米印、欧印の中に進みつつあるが、日本は明確にインドの核を否定すべきではないか。被爆国として

と、だいたいこんなところ。
BRICsに準えられるように、中国と並んでインドの成長は著しい。このインド市場への日本の参入は韓国などに比べて遅れていて、数学に強い(つまり将来的にも、そして現在も、IT/重工業分野での進展が見込まれる)インドと日本は、連携していったほうが互恵的関係を築けるというのは言うまでもなく正論であるわけなのだが、ここで「インドなんかより中国のほうが」という論調に流れてしまう朝日新聞社説の主張は、いささか中国よりに過ぎる。


と思っていたら、中国の新聞はもっと過激な主張をしていて、

  • 民主主義国家同士の同盟は、平和に寄与しない*1
  • 中国を包囲敵視する外交方針は日本に益をもたらさない

とまで言っている。その他の詳細部分は朝日新聞社説とほぼ同じ(というより、朝日新聞社説が中国の方針に忠実なのであって、このあたりは毎日新聞日経新聞ともの概ね同じ)なのでここでは割愛。


日本は中東からの石油資源輸入・アジア/中東/アフリカ/欧州各地への製品輸出のために、この西太平洋〜インド洋のシーレーン確保が欠かせない。これは以前にも述べた通り。


そのための方法は幾つかあるのだが、小さな選択肢を省略するとだいたい次の三つに集約される。

  1. アメリカとの同盟を堅持、アメリカの庇護の元でシーレーンを確保する(現状)
  2. アメリカとの同盟を破棄或いは縮小し、アメリカの代わりに中国と同盟を組み、中国の庇護下でシーレーンを確保する。この場合、靖国神社参拝から慰安婦問題、南京事件問題などの一連の歴史認識問題から、東シナ海ガス油田問題、尖閣諸島問題など、日本と中国が抱えるあらゆる係争について、箸の上げ下げに至るまで中国のあらゆる「指導」に従わなければならなくなる。というのはこれは極論ではないわけで、現在チベットがそうであるように中国への服従を強いられる国は中国共産党のあらゆる指導に従う従順さを要求される。
  3. アメリカ/中国の双方の庇護を受けず、独自にシーレーンを確保する。第一段階としてはインド、インドネシアなど、海上輸送路の途中にある国々との関係を強化する。第二段階(もしくはより強硬な考え)としては、アメリカや中国のように「庇護する側」に立てるほどの勢力*2を、日本が独自に獲得維持する、という意味も含まれる。

(1)(2)は守って貰う。(1)は民主主義のアメリカに、(2)は共産主義の中国に。(3)は自力。ただし今までアメリカに依存してきたあらゆる安全保障上有効な軍事的努力を、日本が身銭を切って独自に担当するということになるわけで、日本の領海以外の場所に海自の艦艇を「警察力」或いは「警戒戦力」としてパトロールさせる費用と負担を強いられることになる。


「中国の旗の下に付く」ということの意味を考えずに、単純な反米意識から「アメリカはいやだ」と言ってしまうのも拙速。独立独歩の路線について言えば、かつて日本は一度それに挑戦している。いわゆる大東亜共栄圏がそれに当たる。もちろん、単純なきれい事ではないにせよ、日本が他国の庇護(当時の庇護はイコール隷従だったけど)を受けずに、自力で海洋権益を守り、アジアの主導的地位を獲得しようとしたものだったが、結果については知っての通り。
アメリカに付くか、中国に付くか、日本がその両国に並ぶ威勢を獲得するか、この選択は敗戦の記憶が「よくないこと」として刻まれている限りは苦しいものになる。


ちなみに、日本が日米戦争に踏み切った理由は「世界征服を企む悪の東條英機が、軍部を牛耳って善良な日本人を騙していたから」というようなファンタジーな理由ではなく、直接的には原油・資源の輸入ルートを遮断されたから。*3
つまり、70年前も今も西太平洋からインド洋、アラビア海に抜ける「航路」は日本の生命線であるわけで、それを守りきれなければ日本は技術貿易立国として、経済大国の地位も失うことになる。不景気といった一時的なものではなく、国勢そのものの大幅な衰えが始まることに繋がる。


というようなところまで手を伸ばして考えていくと、日印、日本中東が戦略的互恵関係を強固にしていくことは、中国を刺激して怒らせるという子供じみた嫌がらせではなく、長期的に「日本に冷たく中国と仲のよい、民主党アメリカ」及び「アメリカが萎縮した後釜を虎視眈々と狙う中国」の双方に対する、日本独自の保険ということになっていくのは間違いない。


でも、それやっても国内の短期的な年金問題や内閣不信への改善、有権者の獲得には繋がらない。外交、特に安全保障というのは目に見える結果が出にくく、結果が出るときにはほとんどが「致命的な負けが明確になった」というときだけで、うまくいっているときはその成果が目には見えないものであったりもする。(歯磨きというのはしているときは無意味に見えるが、虫歯になってみて初めてその価値がわかるw)


もともと安倍内閣(というより、安倍晋三という政治家)は、対北朝鮮の外交・安全保障問題で期待を受けた、外交系の政権と言える。しかし、外交というのは相手があるものでもあるわけで、政権の点数稼ぎのために都合よく相手が攻めてきてくれるものでもないし、こちらから攻め立てるものでもない。しかし、一朝時が起こる前にあれこれと手を打っていかなければならないものでもあり、またそれは評価を受けにくいわけで、安倍内閣が長期的には有権者の利益を目に見える形で形に残すのは難しいだろうとは思われる。
昨年10月からこちらの安倍内閣の成果は、実はエネルギー外交を始めとする安全保障上のものが案外多いのだが、そうしたものはあまり報道されない上に、長く興味を引かない、意義についての解説があまり行われず、理解もされないものなので、点数に結びついていない。


誰が政権に付くにせよ、「シーレーンの確保」「西太平洋〜インド洋の平和」については避けることができない。というより、これについて念頭に置かない政治家の外交は、あてにしないほうがいいかもしれない。
太平洋戦争を愚であると思うなら、シーレーンを遮断されない外交・安全保障行動を採ることを、肯定していかないとイカン気がする。

*1:えーっ!?(^^;) と言いたくなるところなのだが……

*2:ここには軍事力はもちろん含まれる

*3:ABCD=アメリカ・イギリス・中国・オランダによる包囲網は、日本の資源輸送路を完全に遮断、日本を兵糧攻めに追い込んだ。これが戦争を避けられなくなった大きな原因。