公開練習は違法です

音楽の垣根が上がり続ける昨今。
ちょっと前に書いたエントリーからの派生で。


初音ミクはサンプリングされた音声を、指示に従って自動演奏する楽器に過ぎないわけで、そのへんはギターとかピアノと特に変わるところはない。
ギターやピアノは演奏技術は演奏者のフィジカルな技能の修練によって上達するもので、うまく弾けるようになるために何度も繰り返し練習をする。
初音ミク(=Vocaloid)のようなプログラムでは、演奏そのものは自動的に行われるものの、うまく演奏できるように指示を与えるデータ入力次第では、演奏はうまくも下手にもなりうる。アタック、ディレイ、サスティーンなどのタイミングを一音一音に割り当てることで、平坦なロボ声にもなれば情感豊かで人間と何ら変わらない自然な発声にもなるわけで、この調整力=演奏(させる)技術の上達と言える。*1


ギターやピアノの一般楽器は個人練習こそ一人でするものの、自分がどの程度うまく弾けるようになったかについては、自分以外の人にその腕前を披露する必要がある。演奏会で、ライブハウスで、ストリートで、友達の前で、先生に見て貰ってなどなど。
そこで自分の上達具合の出来を確かめ、直すべき指摘を受けたりすることで、再び修練を繰り返していく。
誰にも見せず、誰にも聞かせず、いきなり上達した状態で世に出るなんてことはありえない。

そのとき練習曲になるのは、誰もが(つまり聞かせたい相手が)知っている曲でなければならない。楽器を始めたばかりの人間が、いきなりオリジナルを作れるはずはなく、また楽器演奏がどれほど原曲を忠実に再現できているかどうかを判定するには、正しい状態の原曲を、聴衆が知っていなければならないためだ。オリジナル曲を聴かせるのはもっと後の話。

当然ながら、楽器を始めたばかりの人が最初に演奏するのは自分の曲ではなくて「他の誰かが作ったよく知られている曲」ということになる。
そういった他人の曲を演奏することで、原曲通りに音を奏でることを訓練し、楽譜を理解し、曲への理解をも深め、それを自分以外の人間にできるだけ多く聞いて貰うことで、自分自身の熟達を確認する。これが、練習行為。

初音ミクを巡る音楽にも、そうした練習行為はある。
名曲カバー系はこれに当たる。練習曲は多岐に渡り、流行りのポップスから昔流行った過去のヒット曲、もっと遡ってクラシックの名曲、オペラなんかを初音ミクに演奏させてみている人もいる。
これらのカバー曲の演奏は、権利者の権利を侵害するフリーライド*2行為であるとされている。演奏を入力する、自分で楽しむ、誰にも聞かせないのであれば、それは違法行為にはならない。(たぶん)だが、誰かに成果を確認して貰うと、それは違法行為になる。人前で歌うなということだ。


初音ミクにおけるカバー曲は、幾つかの目的で行われているように思う。

  1. 初音ミク初心者オペレータの練習のため、既存曲を演奏させて演奏力の評価を問う
  2. 流行りのよく知られた曲を初音ミクに演奏させることで、どこまで人間の歌唱に近づけることができるのかという技術的検証を行う
  3. 多くの人がほとんど知らないマイナー曲、絶版となっている古い曲などを発掘し、再評価を問うために演奏させる

ざっと考えて思いついたのがこのあたり。
(1)はユーザー自身の訓練、(2)はソフトの技術検証、(3)は対象歌曲の再評価といったところ。
(1)は公開さえしなければ許されるのだろうけど、こういうのは公開しないと熟達度合いを自分では推し量れないので、練習の成果を披露せざるをえない。披露したら違法。
(2)は「どこまで人間に近づけられるのか」という技術検証が目的なのだが、これも肉薄度合いを自分以外の検査者に評してもらわなければならないわけで、披露したら違法。
(3)は商業的な展開が終わっている(楽曲の配布・配信に掛ける初期コストの投下時期を過ぎている)曲を発掘して、再評価させるため……という名目で、その曲や原曲作者のファンが行う行為となる。ガンガン宣伝されて広められた曲と違って、ほとんど誰にも知られずに朽ちていってしまう曲なんていうのは数知れないほどある。ニコニコ動画にも「なんでこの名曲(オリジナル)に誰も気付かないんだ!」なんてのはザラで、そういった曲は誰かが歌ってみたり、自作PVを付けたりすることで結果的に再注目を集めて、突然、メジャー曲に這い上がってくることがしばしばあった。「White Letter(作詞作曲編曲:GonGoss http://www.nicovideo.jp/tag/WhiteLetter )」などはその典型例だったと思うし、みくみくにしてあげる♪なんかもそういう、副産物による支援は受けている。

(3)について言えば、歌は歌われなければ忘れ去られるというアレで、誰も歌わなければ権利は侵害されないけど、誰にも歌われない歌はそのまま朽ちて枯れていく。そういった、死んでしまった歌を初音ミクに歌わせることで、歌の存在そのものをもう一度知らしめよう、というのが(3)に当たる。一種の「ファンの愛情」という奴だろうか。「そんなことしてもらわなくても売れている」という曲にとっては迷惑だろうけど、「いい曲だけど、知られていない。もっと知ってほしい」という曲にとっては援護射撃にもなる。
(3)は「披露しなければ目的が果たせない」のだが、披露したらもちろん違法になる。
合法的に歌を死なせておくことは誰も痛みを感じずに済む。
そうした死んでいる歌を蘇らせることは、これまでのところ黙認看過されてきたけれど、これからは違法になる。すでに死んでいる歌が蘇って原曲が再評価されることになったら、むしろ利益を受けるのは原曲作者なんじゃないかとも思うんだけど、目先の問題として合法的に死なせてある歌を蘇らせるのは違法ということになる。


初音ミク系オリジナル曲は、カバーではない。
もちろん、オリジナル曲を作った匿名の原曲権利者は存在するけれど、彼らが「勝手に歌われる」「勝手にPVを作られる」「勝手にアレンジされる」「勝手に複製され、勝手にiPodに入れられ、勝手に毎朝の通勤時に聞かれる」ということに合意した上で公開しているものについては、演奏権・編集権・上映権を原曲作者が独占しないという前提になっている。
このため、今のところはJASRAC未登録の初音ミク系オリジナル曲に限れば、第三者がカバーすることが可能ということになる。


昨日の「みくみく葬送曲」の例で言えば、ニコニコ動画内のヒット曲をカラオケ、着メロなどで配信し、そこから受ける利益を原曲作者に再配分しようと思ったら、現状ではJASRACに登録せざるをえず、登録した時点からJASRACの主張する権利に基づく制限を受ける。原曲作者自身すらも例外ではなく、権利管理をJASRACに信託した時点で、原曲作者が自身の判断で個別に「例外」を認めることもできない。
JASRACに委ねた時点で、初音ミクオリジナル曲もまた合法的な死について、違法に生き返らせてはいけない曲の仲間入りを果たす可能性を持つことになる。


ちょっとテーマが脱線してきた。
初音ミクは、DTM初心者及び復帰組にとって、練習をしないと使いこなせない特殊な形態の楽器である、と僕はそう思っている。楽器だから練習し、人前で披露しないとうまくならないんだけど、人前で披露することは違法なのでできない。
オリジナル曲なら披露していいよということになるんだけど、満足に練習できず、練習の成果を見て貰うこともなく、いきなりオリジナル曲を拾うとして評価が得られるかと言ったら、たぶんフルボッコにされて弱音ハクのが落ちかと思う。

弱音ハク】(弱音の人 http://www.nicovideo.jp/mylist/854047/2568614#pt_d
ぼっこぼこにされてるよ http://www.nicovideo.jp/watch/sm1609005
弱音ハクが絶望 http://www.nicovideo.jp/watch/sm1640374
voyakiloid http://www.nicovideo.jp/watch/sm1698079


※別作者による弱音ハクの応援歌
弱音ハクの卒業 http://www.nicovideo.jp/watch/sm1675946


一連の「演奏権の剥奪」「演奏結果を披露する」という制限が法制化されれば、「一般的に知られた曲を使って演奏練習をする」というのは事実上違法になる。違法を覚悟でやらかして逮捕か検挙をされるリスクを負ってまで歌おうとは誰だって思わない。
匿名でリスクを避け、名前でなく技術や能力だけが評価されたのが、匿名の才能の披露の場としてのニコニコ動画であるわけなのだが、リスクを避けられないとなればそうした才能はまた地に潜っていくのかもしれない。
なんともつまらないことだ。

そしてまた、歌われずに死んでいく歌だけが残る
歌うことを原曲作者が許した曲だけは細々と命脈を保つことになるか、逆にそういう許された曲は繰り返し歌われ、広まり、残っていくことになるのかもしれない。


なんというパラドックス

*1:このあたりは、いずれ「なんで音痴な初音ミクが存在しえるのか?」というテーマで詳しく。

*2:ただ乗り