ボランティアの限界〜うらなかさんとの対話

せんだって、こんなエントリを書いた。
新体制案に賛同する
http://d.hatena.ne.jp/azuki-glg/20080215/1203041252
これの元は「うらなか.net」さんというところなのだけど、そこのうらなかさんとmixiでご縁ができて、ちょっとそれっぽい話が出た。ちょろっと書いたつもりが結構な量になってしまったので、こちらにもコピペしておきたい。


要旨から言ってしまうと、僕はうらなか.netさんが言う「新体制」(ボカロ作者とクリプトンと、それらの楽曲に興味を持つ外部の企業各社との橋渡しをする「何か」)は、まだ具体的な形を伴わないものの、やはり考える必要はあるのではないか、という意味で賛同している。
ただ、まだ具体案がさっぱりなので、今のままじゃ議論は盛り上がらないでしょう、という辺りから始まる。


以下はうらなかさんの日記に僕が書いたレスを転載しているもの。
転載しつつ、言葉が足りないなと思ったところは補足を加えている。




最終的な、ではありませんが、ひとつの「事例*1」は既に皆様も目の当たりにされているのではないかと思いますが……。
SNSハツネギの「崩壊」を見てもわかるように、数十人の同人サークルならいざ知らず、数千人の思惑が違う人が集まるコミュニティを、有志の篤志に任せることには限界があります。


同人サークルが巨大化することで、ボランティアの限界を超えて崩壊するのは、数十年前から「よくあること」なんです。僕が知る限りで言えば、80年来初頭から当たり前のように頻発していましたよ。
一方で、巨大化したコミュニティを崩壊させないように努力して、巨大化を押しとどめないまま維持されているものもあります。例えば、コミックマーケット。これは、もちろん内容に関するクオリティは個々の出展者によりますけれども*2コミケの運営をそれまで個人の有志が篤志で行ってきたものを、途中で「有限会社コミケット準備会」という会社形式に替えたんですね。*3


コミケット準備会が会社組織になったときは、参加サークルの多くからそれはもう大きな反論や抵抗があったんです。「自由なコミケを食い物にするのか」とか「他人の作った同人誌で金儲けか」とか。
ですが、コミケ内部でその当時既に「一日に数千万の金が動く」と言われていて*4、巨大化するコミケは消防防災保険その他、大きな利益と義務を負うようになりはじめていたわけで、そうなると後は「やめてしまって小さな即売会が群雄割拠する状態に戻す」か、「運営を事業化する」かしかなかったわけですね。
実際、今でも当日前日まで含めてタダ働きwのボランティアスタッフがいると言われていますが、事務作業が膨大過ぎてソレ専任になっている人はいますし、そういう人の人件費を事業として捻出できなければ、片手間では絶対に維持が不可能な状態になっています。
実際、コミケが運営を事業化することに成功したことで、その後の「コミックマーケット」以外の即売会も事業化され、類似競合イベントが林立した=定期的な市場が拡大したことで、今日の同人市場が形成された、というのが実情です。


Vocaloidを巡る世界も、今その選択を迫られているんだと思いますよ。

  • 分散して、小さなコミュニティになって、そこだけでなんとかしていくのか
  • 楽曲を扱うシステムとして既に完成しているJASRACに乗っかるのか
  • JASRAC以外の音楽著作権管理団体と専属契約するのか
  • Vocaloid専門の音楽著作権団体を自前で起こすか
  • 音楽著作権管理団体でなく、プロモーション会社まで含めて起こすのか


などなど。
一番楽なのは、

  • 面倒事を避けて、全部止めてしまうこと
  • プライドを捨ててJASRACに丸投げ


ですが、それはどちらも選べないでしょうw*5


ただ、「純真で純粋なアマチュア」「自己犠牲で献身的なボランティア」で回していける規模は、既に越えているということです。




それと、Vocaloidに関わっている人が、全て同じ思惑であるとは考えないほうがよいと思います。
例えば楽曲作者をひとつ取ってみても、

  1. 評価無関係で、単に作りたい聞いて欲しい人
  2. 叶うならば、高い評価と名声を得たい人
  3. 叶うならば、それでお小遣いがもらえたら嬉しい人
  4. 叶うならば、それで一山当てて儲けに繋げたい人
  5. 既に仕事として音楽をやっているが、名声と知名度を得たい人


大きく分けて、「儲けたい人」と「儲からないことによって傷つきたくない人」に分けられると思います。
儲からないことによって傷つきたくない人が、「儲けるなんて不純だ!」と声を荒げてしまうと、叶うならば儲かると嬉しいな、という人は声を上げられなくなってしまうわけですね。


僕はそれによってお金が稼げること=商業化することというのを、別に蔑視はしていません。
ある一定規模のコミュニティが、その巨体を維持していくにはコストが必要であり、そのコストを稼ぐ手段を拒絶していたら、コミュニティは維持できません。必ず誰かがどこかで「効率のいい換金方法」を考えつくでしょうし、そこにいずれ皆が雪崩を打って流れ込むと思いますよw


企業は収益を上げることを目的に存在していますが、収益を上げるための事業は、「需要があるもの」でなければなりません。需要がある=多くの人が必要としているからこそ、それを専門的に代行して事業にする企業が、収益を上げられるわけですし。


Vocaloidという世界を維持することに需要があるのかどうかを見極めた上で、*6それを維持することを恒久的に(少なくとも十年単位で)続けていけるという仕組みを考えないと、いずれVocaloidで作られたものは、その受益者の思惑には関係なくJASRACなどの既存のシステムに吸収されていくのではないでしょうか。


それと、うらなかさんは、この手の議論が活発にならないとお嘆きですが、
http://pc11.2ch.net/streaming/
http://pc11.2ch.net/test/read.cgi/streaming/1203319098/
このあたりに行くと、それはもう活発に議論されていますよ。
結論が出ないのと、議論ばかりで話が先へ進まないだけで。

ぎろかくマーチ
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2202326
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2259203 (キオ式3D)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2277665 (4コマ)


ただ、こうした議論に結論が出ないのは、具体的なプランが提示されないから。*7具体的なプランが提示されないのは、収益性の検証も含めて「本気」が文書化されないからです。
「具体的にこうしたい」「これをするためには」という形の叩き台がない以上、哲学論のスパイラルに落ち込んでしまうのは、避けられないところです。




団体立ち上げ、事業化などについてですが、ハコだけ立ち上げても誰も付いてこないと思いますよ。


こういうものをやるときは、

  1. 事業化に関する損得を具体的に説明し、事業化/団体に関わることが得(=利益になる)と説明する
  2. それまでの日常、本業などを圧迫しないものであることを説明する
  3. この事業化/団体に関わらないことで起きてくる恐怖(=障害やデメリット)を説明する
  4. 以上を踏まえて、(1)〜(3)を説明し、趣旨に賛同した看板になる大物を連れてくる


という手順を踏む必要があります。
なぜ、有名芸能人が独立して事務所を構えるかというと、これは税金対策なんですがw、だいたい自分か自分達を看板タレントにしますよね。それによって、当初は自分達の利益が保護され、それを看板として「あの人達はうまくやってるから自分も」と後輩タレントは「うまくいった事例」を保障/保険として、そこに移籍したり入社したりするわけです。


少なくとも、「具体的な説明」と「それに賛同した知名度のある大物」がいないと難しいですし、知名度のある大物も当初は叩かれるでしょうから、スルー耐性があるか精神的に強い人でないと難しいでしょう。
ただ、クリエイターは精神的に繊細な方が多いので、これはハードル高いです。ワンカップPデッドボールPのように精神的に強い人というのはかなり稀有な存在で、多くの「突然祭り上げられた」楽曲作者は驚くような称賛と交互にやってくる経験したことのないようなバッシングに圧倒されて、精神的に参ってしまうのではないかと思います。 *8
少なくとも、こうした案を進めるに当たって、その草創期に看板を引き受けていただく方にも大きなリスクがあるわけですから、それに耐えられる利益があるか、それに耐えられる精神力があるかという方でなければお願いするのすら難しいでしょう。


彼ら*9は少なくとも現状では「金*10に絡むのは面倒だ」ということを理解しているように見えつつ、わPのように相手がきちんとした企業からのオファーであれば、抵抗なく受けていますよね。絵本とかテクニクビートとか。
あれは彼らがいい意味で「社会経験もそれなりに積んでいるいい大人*11」だからだと思いますが。
ここでの「いい大人」の定義は「損得勘定ができて、日常を犠牲にしない範囲で楽しめる、人の話を話半分で聞き流せる*12」ということなんですが、そういう方を見つけるのは簡単ではありません。

Vocaloidに関わるPの少なからぬ人々が金儲けに積極的ではない(ように見える)としたら、それは 、

  • 既に本業を持っているから、そちらを侵されたくない
  • 音楽を趣味にしているのは、それ専業で食えるとは思っていないから
  • 趣味にプレッシャーを感じたくない(責任を負いたくない)
  • 恨まれたくない
  • 手続きとか面倒


という辺りに起因していると言えます。
そうした事情はよく理解できます。理解した上で、

  • 本業を侵さず、
  • 兼業でお小遣いがちょっともらえ、
  • プレッシャーを感じずに済み、
  • 面倒(手続き)を軽減する


という方法論を、収益性のあるものとして設計でき、説明ができればいいということになります。


その辺りの具体性を伴わなければ、それは「戦争は厭だから9条堅持と唱えていれば戦争がなくなる」と信じる宗教と同程度の理想主義で終わってしまいます。


人が思い動かないときに、動かない人に対して苛立ちを露わにすることは何の価値も利もありません。その意味で、単に苛立って理念を訴えるだけでは何の変化も起きないように思います。
人は利に聡く、利で動くものです。また、人の動きを止めるのは恐怖・痛みでもあります。刑法に罰があるのは「それをさせないため」ですし、事業で収益が上がるのは「それをしたくなるため」です。*13
この2点を踏まえて、具体的にどうすれば利が上がるのか、何が起こると痛くて損なのかを説明し、その仕組みを叩き台として提示でき、最小単位で実働できればいいのではないでしょうか。


ただ、設計図ばかりで実働のないものには、結局「猫の首に誰が鈴を付ける?」というところに収束していってしまいます。
実現可能、収益性がある、そして独占事業ではなく誰でも真似をして、同様の収益が上げられる(競合他社が参入できる)というラインを考えてみてはいかがでしょう?




と、ここまでいろいろ。
うらなかさんも意見を欲しているそうなので、何かご意見をお持ちの方はそちらへもどうぞ。こちらでもどうぞ。


うらなか.net
[特集]クリプトンとユーザー、他企業の間に入る「新体制」の必要性

http://uranaka.net/article/84082449.html

*1:数千人規模のコミュニティをボランティアで回すのには限界がある、ということの事例。つまり、今まさに混沌の縁にあるSNSハツネギは、一人の決断で全てをひっくり返せる赤いボタンに、たった一人が指をかけていますが、不安定な個人から実権を移譲できなかったのはそれが「有志の篤志」に依拠した仕組みだから、と言えてしまいそうな気がします。これが、「事業」だったら大きな赤を出したとかでない限り、個人が勝手に止めることはできません。そういう経営者は解任されます。もちろん、収益が出せなかったらやっぱり解任されますw

*2:ニコ動という場に出されるVocaloid製楽曲の品質を、個々の動画作者が維持するのと同じですね

*3:亡くなった米澤さんが

*4:今は数億動いてるらしいですねw

*5:ただ、これ以上ぐだぐだがひろがっていけば、「全部やめる」という人はじわじわ増えていくでしょう。それを上回るペースで「今から始める」という人が増えれば、均衡は取れますけど。

*6:この見極めは簡単にはできないでしょうけれども、需要があるのがVocaloidなのか、それともそれを使って作られた「楽曲」「楽曲作者」にあるのか、どちらに設定するかによって結論は変わってくると思います。少なくとも前者が飽きられることはあっても、後者についての需要はなくならないだろうと思います。より重要なのは、「既存の仕組みに属さない楽曲作者の音楽に触れる機会と、還元」であって、Vocaloidというツールは、あくまでそこに介在するミドルウェア/触媒に過ぎない、という考え方をしてるんですが、それはいろいろ異論もあるところでしょうから、ここでは結論しません。

*7:別の視点から言えば、議長役がいないことと、決を採るタイムリミットがないことと、結論に最後まで異論を唱える人が、結論に従う義務がないことも、議論がループすることの原因だと思いますw その意味で、結論を求めない議論は、議論じゃなくてブレスト。でもブレストにはブレストで重要な意義はあるわけで、そこから「自分はどう考えるか?」のヒントが得られれば十分に価値はあるんじゃないかなと思ったりします。

*8:これまでにミリオンを達成した曲の作者の方々の何割かは激しいバッシング(主に嫉妬)も浴びていて、曲作りを休止していたり、欝になってしまったり、異常なほどに慎重になってしまったりしています。ikaさん然り、Ryoさん然り……とか書いてたら、久々の新曲「恋は戦争」http://www.nicovideo.jp/watch/sm2397344 がリリースされてました。

*9:わPやデP

*10:プロ

*11:良い大人、とは限らないw

*12:全部真正面から受け止める人は、早晩に倒れます。

*13:ここでは、損得による利と、罰による痛みのみを取り上げていますが、人を動かす方法としては他に「けしかけて怒らせる」「おだてて調子に乗せる」「成功例を見せて【俺も】と逸らせる」「焦らせて慌てさせる」というのもあるそうです。逸らせるというのは損得で言う得のバリエーション。こういうのは古代中国によって培われた政治手法が得意とするところで、孫子とか見てるといくらでも出てきますねー。自分が踊らされていないかどうかを確かめるためにも、知っておいていいかもです。