大したことでも〜上京物語

大好きなフナコシPの新曲「大したことでも」がリリースされている。
フナコシPの曲には多くの根強いリピーターが付いていることもあって、これは埋没曲などではなくメジャーリリース系になると思う。
期待に違わず、とてもいい曲。

オリジナル曲を初音ミクに『大したことでも』
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2652428

春というのは別れの季節であると同時に、新生活の季節でもある。桜とともにやってくる、日本の風物詩的風景。
「大したことでも」は、そんな都会で始まる新生活の不安や期待を描いた、キャラクターソングではない*1歌である。
新生活を始める人……よりも、きっとたぶん、ン年前、ン十年に田舎から一人で東京にやってきた人が聞くといいと思う。
曲調は違うんだけど、そのメッセージの中に槇原敬之の東京DAYSに込められたエッセンスを感じた。*2




この曲を聴いて、ふとン十年前、自分が上京してきたばかりの頃のことを思い出した。


その年の東京は記録的な大雪が降った直後だったのだそうで、中野に借りたアパートの外には雪があった。道路の日陰に積み上げられた根雪は4月の後半くらいまで残っていた。
静岡県でも御殿場の山間部や富士山は毎年雪が降るけど、僕の生まれ育った沼津は温暖で、元旦でも玄関のドアを開けっ放しにしていられるほど暖かく、数年に一度みぞれが降ると「雪だ雪だ」と大騒ぎをするような所だったから、「東京って、なんて寒いところなんだ!」というのが最初の東京の感想だった気がする。


そうして、身の回りのものを親が借りたトラックに積んでアパートに引っ越してきた。同居する予定の友人*3の到着は僕よりも後で、僕は東京で最初の夜をテレビも何もない部屋で一人で過ごした。
お気に入りの曲を編集したカセットテープを何本か持ってきていたけれど、それを再生するラジカセは僕と弟には高級品。ラジカセは弟のために残してきたので東京には持って来れなかった。嵩張るし、壁の薄いアパートでは音出しもできないしということで、楽器の類も田舎に置いてきたから、シンセもアコギ*4も何もなし。

暗闇が怖かったとか、無音で怖かったとか、そういうことはなかったけれど、家族の声も友だちの笑い声もなく、家電話もなく、もちろん携帯もなく、近くに知り合いがいるわけでもなく……ただ、無闇に寂しかった。


それで、寂しさに耐えかねた僕が東京で初めて買ったものはラジカセだった。生まれて初めて秋葉原まで出かけていって、今思えば凄く安っぽい、でも当時は新品のWラジカセ*5を買った。確か、9000円もした。それこそ、当面の生活費を切り詰めて、なけなしのお金をはたいて買った。
田舎にいた頃、厭になるほど聞き古したテープを、一人のアパートの部屋で何度も何度も繰り返し聞いて、それから初めて聞く東京のラジオ番組に耳を傾けて、田舎でも聞いたことのある曲をラジオで聴いて、それでちょっと寂しさが紛れた。


僕にとっての音楽は、闇を照らす希望であり、「なんかいいことありそう」の前奏曲であったのかもしれない。
「大したことでも」は、そんな今の自分の「東京での最初の晩、東京での最初の買い物」を思い出させてくれた。ただれたガジェッターとしての第一歩、音楽に縋る人間としての第一歩が、そんなところにあったんだな、と懐かしく思う。


あれからン十年。
共著も含めて何十冊目になるのかわかんないけど、また怪談本が出ました。そこには被害者への救いはなく、廃墟を荒らす物好きが酷い目に遭うのをざまあみろとほくそ笑む暗い爽快感もなく、ただただ鬱屈とした不愉快が漂う。そんな怪談本になりました。

「極」怖い話 (竹書房文庫 HO 49)

「極」怖い話 (竹書房文庫 HO 49)



あの頃の自分にひとつだけ伝えられるなら、伝えてやりたい。
「……今からン十年後、おまえは怪談本で生計を立ててるんだぜ」
なんてね。


きっと腰を抜かして驚くと思う。

*1:初音ミクの内面を描いたのではない、という意味で

*2:東京DAYSを知らない人のために。 http://jp.youtube.com/watch?v=_BODylBkwPo

*3:この友人は数年前に亡くなった。アパートで、一人で。心筋梗塞だった。

*4:しかもアコギは弟のだったw

*5:テレコが2台付いていてテープのダビング編集ができるステレオラジカセ