DL販売と店舗販売

一週間ほど前に、

対価としてのパッケージ購入の限界値とiTunesへの進出 - さぼり記
http://d.hatena.ne.jp/azuki-glg/20080327/1206612424

こういうエントリを書いた。
例によって長いので、要約すると、
「対価を支払う、または受け取って貰う決済手段として、CDパッケージを作るよりは、iTunes Music Store(以下、iTMS)あたりに楽曲登録するノウハウを普及させてDL販売を広めるほうが、楽曲作者のリスクも小さく、購入者(支払いたい側)の決済も楽でいいんじゃね?」
とまあそういうこと。


で、なぜiTMSがいいのかという理由を延々と書こうとするとスゴイことになるので、とりあえずその辺は割愛したのだが、要点を見出しのみ挙げるとこう*1

iTunes Storeでボカロ音楽を売ろう


A.総論
【総論:CD販売は在庫リスクがあるので、DL販売を優先すべき】


B.アップルiTunes Storeを選ぶ理由
(1)アップル文化は「少数の熱狂」に寛容である
(2)在庫リスクがない
(3)幅広く、音楽に寛容で前向きな利用者が多い
(4)決済方法(料金回収方法)が確立している
(5)映像・動画の販売も視野に入れられる
(6)JASRACに委託していない曲も扱っている
(7)iTunesに委託するための窓口は必要になるかも
(8)有償の事務代行と、事務代行せずにノウハウを無償公開する、ふたつの選択肢


C.メリットとデメリット


(1)メリット
1.在庫リスクを負わずに済む
2.販売小売店への営業を簡素化できる
3.購入者の負担が小さい
4.小資本/少ない人員で始められる
5.ノウハウが確立されれば、後続が続きやすい


(2)デメリット*2
1.手元にモノが残るCDのほうがいいのでは
2.CDを主試聴メディアとしている層はまだまだ多いのではないか。中高年とか
3.DL販売は若年層や中高年にとって、ハードルが高いのではないか
(a)ヒマはあるけど金はない=若年層にはタダで配る
(b)手間を惜しむが金はある=購買力のある層には販売する
4.求められない音楽を提供しても売れないのは、CDもDLも同じでは?


D.課題
(1)試験的にPodcastでの定期的配信を行うことは可能かどうか
(2)iTunes Producerの機能評価が必要
(3)iTunes Producerの日本語版パッチ
(4)iTunes Producerを実際に使って楽曲登録した事例の調査
(5)iTunes Producerを使ったノウハウの蓄積
(6)誰が楽曲提供するのか
(7)ノウハウをマニュアル化する


僕はWindowsユーザーであり、iPodについては文句をたらたら言いながらも、結局のべ4台も買っちゃってる人間なのだが、決してApple信者じゃないよ、ということを一応断っておきたいw
その上で、「ボカロ音楽は、CDよりDLで買いたい、金を払わせてください」という切実な訴えwをしているわけなのだが。




で、ここからが本題。毎度、長い前振りですみません。
こんな記事を見つけた。

iTunesストア、1月の全米小売店売上調査でウォルマートを超えて首位に - Technobahn
http://www.technobahn.com/news/2008/200804031810.html

子細はリンク先を見て貰うとして、要するに「全米音楽小売店の売上(市場占有率)で、とうとうAppleiTMSウォルマートを抜いて一位になったよ」ということらしい。
確か、2005〜6年あたりの市場占有率は5位くらいだったはずだが、今年1月の時点でとうとう首位に立ったらしい。
しかも、1位のiTMS市場占有率19%で、2位のウォルマートは15%。4ポイント差。
さらに、iTMSは「DL専売で19%」で、ウォルマートは「DL販売+店舗店頭でのCDパッケージ小売りを合わせて15%」だ。


で、これはなんか数字を言われてもピンと来ないと思うので、このTechnobahnの報じているNPDのデータを、視覚化してみた。



●=DL販売のみ/▲=DL販売+店舗販売の合計/◆=店舗販売のみ


この円グラフでは右上の緑がiTMSで、左回りに2位以下に続く。
19%。音楽小売市場全体の2割って、けっこうデカイ。
ウォルマートよりも多いっていうのは、これは結構スゴイことなんだけど、日本の事情に置き換えてみると、
「ニコ動での楽曲DL販売が、ついにジャスコを抜いて1位に!」
ピアプロでの楽曲DL販売が、ついにTSUTAYAを抜いて1位に!」
にゃっぽんでの楽曲DL販売が、ついにタワーレコードを(ry」
とまあ、こんな感じ。ウォルマートは音楽関係専売小売店ではないんだけど、全米最大の総合小売店ということで、日本だとジャスコに例えるのが近いのかもしれない。


さらに、店舗販売(CD)とDL販売の市場占有率の差は、グラフにするとこんな感じ。

さすがに店頭販売(CD)は市場全体の7割を占めている。まだまだCDが多いわけなのだが、このCDの市場占有率というのはここ数年ズッと下がり続けていて、一度も右上がりになったことはない。
現時点で3割を占めるDL販売は、この先増えることはあっても減ることはなさそうだ。
DL販売は、市場占有率全体で言うと29.1%なんだそうだ。
そしてiTMSはDL専売なので、19/29.1%ということで、DL販売の65%近くをiTMSが占めていることになる。


DL販売形式というのはいろいろメリットがあって、詳しくは先に見出しだけ挙げたものの中で論じているんだけど、少し引っ張り出して見る。


まず、店頭でCDを売る場合、売れても売れなくても店頭に現物がなければならない。もちろん、通販の場合は別だけど、それでも通販サイトはどこかに「CDの現物を保管しておく倉庫=ロジスティックセンター」を持たなければならない。
が、DL販売の場合はサーバ上にデータがあればいいわけで、「CD枚数分の現物在庫を保管する場所」というのは理論上必要ない。サーバセンターのHDDが必要じゃないか、という意見はごもっともなのだが、サーバセンターのブレードと同じ容積に保存できるCDの枚数は、多く見積もっても20〜30枚が限度。同じ容積のブレード上にどのくらいの曲数が記録できるのかは、あんまり考えないでもわかりそうな気がするので、具体的な数字は出さない。
つまり、DL販売は小売店側(ここではiTMS)に在庫リスクの危険がない。


また、在庫リスクがないが故に、「人気の作品を大量に発注されても品切れがない」と同時に、「不良在庫リスクがないため、ほとんど発注されない不人気作品を大量に保管できる」と言える。
実はコレは通販専業のAmazonロングテール商品で売上を伸ばしているのと似たような理屈が適用できるんじゃないかと思う。
通常の書店というのは、(それが新宿紀伊國屋でもw)売り場面積には限りがある。売れ筋の人気作を大量に入れれば、棚塞ぎになっていつまでも売れていかないカルトな旧作を置くスペースは減る。そうした旧作をいつでも常備していることが大規模店の売りでもあるけど、大規模店=売り場面積の維持費用を考えれば、滅多に売れない棚塞ぎをたくさん持っているということは、決して小売店にとってプラスとは言えない。
理想は「仕入れた商品が次々に売れる」ことであるわけで、「いつ売れるかわからない商品を店頭に並べる維持コスト」はバカにならない。だから小さい書店は回転のいい雑誌や、新刊コミックなんかに商品が偏向していき、分厚い文芸書や哲学書なんかは店主の意地以外では置かれなくなっていくわけなのだが、これはさておき。
通常の書店は現物を直接売る商売であるが故に、駅前や駐車場があって人の出入りが多い場所など、人口過密地に店を構える*3。だが、Amazonの場合、回りはほとんど見渡す限り畑しかないような辺鄙な土地に、レイダースのラストシーンに出てくるような巨大なロジスティックセンターを持ち、呆れるほどデカくて維持コストの安い(ほとんどは土地代)倉庫に、いつまででもずーっと商品をキープしている。


詳しくない人のために改めて言うと、ロングテール商品というのは、「爆発的には売れないけど、毎日・毎月、少しずつ売れ続ける」という性質の商品のこと。
例えば、ゲームで言うとファイナルファンタジーの新作のように、発売初週は爆発的にバカ売れして、品薄になり、店頭でも客が並んで大回転……というような商品は、ロングテール商品とは言わない。FFの場合、発売から2〜4週間も経つと店頭でいつでも買える(中古屋でも安売りされるorz)。
店舗売りの小売店が欲しいのは、在庫にならずよく回転するFFのような商品なのだが、例えば「あまり知られていないけど、毎月少しずつ売れ続ける」ような商品というのは、店頭にあってもなかなか捌けていかないけれど、ロングテール(=尻尾が長い恐竜に例えられる)であるが故に、旬が過ぎても、というより「旬に関係なく」いつまでもほそぼそと売れ続ける。
そういう商品は、デッドストックである期間が長すぎるので、店頭には置いておけない。
だから、デッドストックであることが負担にならないAmazonなどでは取り扱える。
新刊なら近所の本屋に行くけど、旧刊や絶版に近い本、近所の本屋にはなさそうな本ならAmazonで買う、という消費行動を取っている人は少なくない。その結果、「新刊以外の細々した買い物」の蓄積が、大きな売上になっている、というのが「ロングテールでウハウハ」の図。*4


で。
話を戻すと、iTMSのようなDL販売だと「ほとんど売れないような楽曲」であっても、サーバ上に蓄積しておいてくれるわけで、世界中で一日に1回、ヘタしたら月に1回くらいしかDLされないような曲であっても、「iTMSに行けば手に入る」という利便性によって担保されることになる。
この「いつでも手に入る」「いつまでも置いて貰える」というのはデカイ。
iTMSの売上の多くはもちろん新刊……じゃなかった、新作楽曲へのアクセスなんだろうけど、「ちょっと小耳に挟んだ。アルバムはいらないけど、これ一曲だけ欲しいな」っていうようなときに、1曲150円から買えるというのは確かに便利だ。
音楽というのは食と同じくらい「好み」がはっきり出る分野でもあるので、そうした「自分だけが大好きな」というような超ニッチにどのくらい対応できるのか、というのがひとつの信頼性に繋がる。
確か、iTMSはすでに500万曲以上を網羅しているそうなので、実際そういうニッチなロングテール楽曲が(DLを毎日されなくても)そこにある、ということだけでiTMSの意義はあるのだろうと思う。


で、そういうiTMSは、
「ブレイクしてもしなくても楽曲をストックしておける」(小売店リスクがない)
「欲しいとき=買い時にいつでも対応」(商機喪失が少ない)
「欲しい曲が見つかりやすい」(大量ストックとロングテール
という条件が揃っているわけで、音楽を聴くユーザーが常に自宅のレコードプレーヤーの前にしがみついているのではなく、むしろ日常生活のために絶えず動き回っており、その動き回る行く先々について回るポータブルプレーヤーは、既にCDプレーヤーからシリコンプレーヤーに移り変わりつつあり――。
というようなことを鑑みれば、iTMSがその首位にいることは何ら不思議がないのだなあ、とか思う。


そんなわけで、ボカロ楽曲を作っているPの皆様におかれましては、iTMSにばんばか登録し、量産された楽曲を片っ端からiTMSに投げ込み、「ボカロ」というカテゴリを成立させるところまで行くのがいいんじゃないかなとか思う次第です。
曲分野というだけでなく、「ボカロ」という分野そのものが成立するくらい大量に登録されたらいいのにな、とか本気で思います。ええ。

*1:見出し以外の本文や解説はそのうち。

*2:それへの解決案は提案ずみなのだけど入らないのでいずれ

*3:郊外店は別だが、郊外店は店舗維持コストは安くても、集客リスクは高い。

*4:実際、Amazonの売上って紀伊國屋をすでに超えてるらしいっていう話を、某業界筋から昨年頃聞いた。すげー話だ。