あと一週間

このエントリは、編集者、または設計者の視点からのものとなる。


長い長いと思っていた遺伝記も、あと一週間。
超-1のシステムを踏襲してのこの催しの目的は、「怪物を一人拾えればいい」「全会期を通じて、成長する人が一人でもいればいい」「モチベーションの高め方&維持の仕方を会得する人が一人でも出ればめっけもの」「広い間口になればいい」などなどであるわけなのだが、ここに上げなかった「隠れ目的」も幾許かある。「タフになってほしい」とか。
何しろ、ライバルの多い世界でもあり、また、プライドの高いライバルがべらぼうに多い世界でもある。人と自分を比べて自分の立ち位置を量ることに慣れている人もいれば、自分の立ち位置を見失っている人もいる。悲喜こもごも。
主催者は「これ」という基準や指針を示さない。その都度、指針や基準といったものは変わる。
正体不明の読者、競い合っているライバルの胸先三寸で基準が変わる。
これは、極力実戦に近付けた結果でもある。
もし商業作家になったら、自分の本を買う人の大多数を、作家自身は把握できない。何千、何万という読者のほとんどは「どこの誰ともわからない馬の骨」であり、自分と必ず価値観が合致しているとは限らない。
そういう名もない人々に買われ、読まれ、感想を書かれる。そしてそのひとつひとつに、反論の機会は与えられない。
それが、「商売としての作家稼業」の現実であるわけで、そうした「プライドを踏みにじられても一言も言い返せない」という状況に、耐えうるタフさというのが、おそらく商業作家にとって文才以上に重要な才覚ではないか、と思わなくもない。
昨日のエントリでも書いた、プロとハイアマチュアの差を示す要素のひとつがそれであるかもしれない。
そして、その精神的なタフさというのは、教えられないし育てられない。機会を提供し、その提供した機会の中で自己修得することでしか身につかない。第三者ができるのは、「機会の設置」まで。そうして身についたタフさについては、「ワシが教えた」などというのはおこがましいわけでw、それこそまさに個々が自己修得できるか否かに掛かっているのだと思う。
実話怪談と小説の違いはいろいろあるけれども、「読者の感想に耐える」という一点においては、求められる資質は同一であるかもしれない。これまでにプロ以上にうまい話を書けるハイアマチュアはいくらいでもいる、というのが明らかになってきているわけで、後は門戸がどの程度、どれほどの期間開かれているか、ということに終始するのかもしれない、というような説もなくもない。


「十分に進化した科学は、魔法と区別が付かない」
これは、アーサー・C・クラークの有名な指摘なのだけど、十分に習熟したハイアマチュアは、プロと区別が付かない、なんて言い変えは簡単にできる。では、それらプロとハイアマチュアは、どこにボーダーを設定されているのか? 権威による認定か? 実績か? 平均的品質維持か? 納品厳守か? 少なくとも今日において「品質」は、プロとハイアマチュアを分けないのではないか? という意見については、複数の編集者から同意を得られたw
遺伝記は、こうしたハイアマチュアが降って湧いた「機会」にどう対応するのかを見るためのテストであるという点もある。プロとハイアマチュアのボーダーを知るための実験でもある。
もちろん、ビギナーをハイアマチュアに化けさせるための、トレーニングルームでもあるだろう。その効能は、既に超-1で実証されているのではないかとも思わなくもない。が、それは超-1や遺伝記のシステムが凄い、というような手前味噌な話ではなくて、「そういう意欲のあるハイアマチュアが、どの程度散在していて、彼等は意欲があるのかどうか?」を見極めるための賭けである、と言えるのかも知れない。
この場合の賭けは、賭けた対象の全てが期待通りでなくても、期待に添う者が一人以上いれば、賭は成立し、払い戻しはあると考えていい。
今回について言えば、データが取れる程度の応募と、応募第一作と最終作の間に僅かでも成長している著者、成長を自覚した著者がいれば、成果はあったと考えてよいものと思う。
編集者によるマンツーマンの細やかな指導がなければ、人は育たない。
これは、かつての「モノカキを育成するたったひとつの方法」であった。過去数世紀に渡って、それ以外の方法はないとされてきた。
が、編集者(この場合は主催者)が、細やかな指示、指導を与えない状況下、なおかつ著者が完全に孤立した状態での自己改革ではない方法で、僅かなりとも書き手の成長が見込めたとしたら、「特別な指導力のある指導者(編集者)」が不在であっても人材は育つ、という装置は作ることができるという証明になるかもしれない。


作っているのは装置であり、探しているのは装置のルールに則って自己改革のできる著者である。
その成果物、その成長の度合い、そうした実験結果が明らかとなるまであと一週間。
楽しみである。