テポドンの経過と中間的考察

テポドン発射から26時間以上経過したところでの中間的考察と今後について。


まず、発射自体は成功だったかどうかについて。
二段式とも三段式とも言われる今回のテポドン*1が、どういった目的のものだったかによって評価は分かれると思う。

確認されている前提

  • 発射されたテポドンは二段以上の多段式推進
  • 一段目は燃焼終了後、秋田沖200kmの日本海に落下
  • 二段目は燃焼終了後、日本から1000km東の太平洋上に落下
  • 海自は二段目落下までを確認、三段目(ペイロード)の行方に関しては探知せず
  • 米軍(NORAD及びUSNORTHCOM)は、三段目(ペイロード)とされる弾体は、二段目から分離せず、二段目ごと太平洋上に落下を確認

仮定1−通信衛星

北朝鮮の主張する「通信衛星打ち上げロケット」という建前が、建前だけでなく真実であった、と仮定する場合。
北朝鮮が言う「通信衛星として軌道に乗り、現在将軍様の歌声を発信中」という発表については、「周波数が公開されていない」「NORADが軌道確認していない」などの点から検証ができない。現状ではいつもの北朝鮮の嘘発表と見てよいと思われる。
米軍による追跡結果では、「二段目とペイロードは分離せず、ペイロード=何らかの弾頭は太平洋に落下した」ため、米軍はこれが北朝鮮の主張する人工衛星打ち上げだというのなら、衛星打ち上げそのものは「失敗した」と言える、と判断。
これは、「ペイロードの軌道投入ができていないから」ということから。

仮定2−長距離ミサイル

通信衛星打ち上げ」が目的なら、ペイロードを切り離せなかった時点で失敗のはずだが、北朝鮮は今回の実験を「成功」と位置づけている。この後の動向を注視する必要はあるとは思うのだが、これが本当に「失敗」だったら、北朝鮮核兵器開発部門の責任者は何らかの懲罰・更迭を受けるはず。*2
今回の実験の裏目的というか本当の目的は、軌道投入そのものではなく「ノドンの飛距離を伸ばす」「ノドンよりさらに長距離、北朝鮮からならアメリカ本土を、同じ性能のものをイランに提供したら、イランから欧州を直接攻撃できる」という、長距離ミサイル運用技術の獲得が目的であると考えるのが妥当。
軌道投入できなかったことについて誰も責めを負わず、さらに「成功」としているなら、そう考えるほうが合点がいく。
実際、北朝鮮が想定していた二段目の落下予定地点は日本の東海上2000kmの場所とされていたが、実際にはそこまでは届かず1000km近く西よりだったことから、期待されていた以上に十分な性能が発揮できたとは言えない。*3
この点をさらに改良するため、遠からず「次のテポドン発射」はあり得る。北朝鮮は100万の地上軍*4より、一発のミサイルのほうに、外交カードとしてのウェイトを大きく老いているわけで、テポドンの到達距離の延伸はさらに続くだろうと思われる。北朝鮮から北米大陸東岸のワシントンを狙えるまでになったら大事なんだけど、「軌道上に到達できる」ということは、「軌道上から再突入できる」ようになるという次のフェーズの可能性の真実みを増すことにもなるわけで、それを心配する想像力の有無によって、今次の北朝鮮の実験に対して異なる意味を見出すことになるのではないか。


また、「運搬手段の獲得」と対にしなければならないのが「小型化された核弾頭が、実際に起爆するかどうか、テポドンで運搬した後に起爆するかどうか」の実証実験で、今回の二段式テポドンの発射は「弾体の軌道投入」は今はどうでもよくて、長距離への弾体と搬送技術の獲得そのものが目的だとすれば、核弾頭の起爆実験は避けられない。
今回のペイロードは通常、ミサイルの弾頭に使われるような円錐形*5ではなかったらしい、という報道があるのだが、それを信じるとすると今回の弾頭は小型化されたとされている核弾頭と「同じ形状、同じ重さの模型」と考えるべきかも。
今回の弾頭として搭載されたものは「球形だった」とされるソースを、いろいろなニュースなどで見かけた記憶がある。

北朝鮮が打ち上げるのは弾頭でなく人工衛星の可能性高い=米高官(トムソンロイター) - goo ニュース
http://news.goo.ne.jp/article/reuters/world/JAPAN-372676.html?C=S

あった。
「弾頭が球形(球根型)なら人工衛星の可能性が高い」というのがこの記事中に登場する匿名の「米空軍所属の国家航空宇宙情報センターの高官」の発言ということなのだけど、僕はそれとは逆のことを考えてた。
もし「円錐形ではなく球形だった」のだとすると、まさかとは思うんだけど、プルトニウムを利用したインプロージョン方式*6による起爆装置の小型化模型だったのでは……とか。いや、まさかなあ……。
どちらにしても、「衛星と偽装して打ち上げる」のだから、打ち上げ前には「衛星っぽく見える偽装」はなされていて当然。
打ち上げ直前に「最後のチェックとして再びカバーが掛けられた」というベタ記事があった気がするけど、まあそんな直前(しかも起立させた後)に交換はできないだろうし。


どちらにせよ、「日本を飛び越えてミサイルを撃っても、日本に落ちない限りは日本は反撃してこない」という確証を北朝鮮は得た。これは米軍が日本の代わりに「代理先制攻撃」をしてくることもない、という傍証でもある。
だから、次の発射実験も必ずあるし、それまでの間に、「今度は核弾頭を乗せて発射実験をするぞ」という脅しカードを存分に活用するだろうし、それは単なる脅しでは終わらず「必ず実験は行う。それが早いか遅いかの問題」ということにはなるのでは。




個人的には今回の実験を北朝鮮の真意と照らし合わせて考えた場合、仮定1「人工衛星の失敗」、仮定2「長距離ミサイルの成功」のどちらの可能性が高いかと言われれば、後者じゃないかなあ、と思う。


国連安保理への提訴は、恐らく日米英仏あたりで可能であろうと思う反面、やっぱりというか案の定というか、中露は難色を示している様子。
ロシアのウラジオストックはすでにノドンの到達圏内、今回の実験結果により北京もテポドンの到達圏内に入ったわけで他人事じゃないはずなんだけど、北朝鮮の誕生に関わったロシアと、後見人の中国はそれぞれ国境も接しているわけで、「いざとなったらすぐにでもいてこます」という圧力下で、あくまで日米欧とのパワーバランスを保とう、というハラなのかなー。

北朝鮮の後継者問題とからめた考察

北朝鮮の後継者問題はいろいろ複雑というか、情報が少ない上に出てくるたびに前提がコロコロ変わっているので、そのへんが非常に読みにくいのだけど、テポドンなどのデモンストレーションとそれなりに密接な関係にあるんじゃないかなとは思う。
テポドンなどの北朝鮮の核/ミサイル開発は、北朝鮮の軍部からは切り離された独立部門によって進められている。
これは核開発について軍部がますます大きな影響力を持つようになることを嫌って、という説があるらしい。金正日は国防委員長の肩書きと北朝鮮軍最高司令官のポストを持っており、軍部掌握をその権力の背景にしているけれども、これ以上、軍部が強大すぎる力を持つことを望んでいないが故に、核開発を別部門にしているのでは、とも考えられる。
金正日の後継者については、長男の金正男*7、次男の金正哲、三男の金正雲がいて、軍部が後継者に推しているのが次男の金正哲であるらしい。
軍部以外では、金正日の入院中などに金正日の義弟*8張成沢が実質権力を掌握していて、その張成沢は当初は金正男、現在は金正雲を推挙しているらしい、というような情報があるのだが、これもなんだか怪しくてそのへんよくわからない。
で、今回のテポドンが失敗したのだとするなら、核開発部門の発言力・影響力は後退するので、軍部の影響力が回復してきて、危機にあって正哲を推す声が復活してくるんじゃないかなという気がする。
テポドンが失敗ではないのだとするなら、正哲を推す声は大きくはならず、正雲あたりを推す声が復帰してくるのかもしれんが、今のところどちらの声も聞かれない。
打ち上げ直前にFNNが金正男のインタビューに成功した、という記事を配信していて、

FNNニュース: 金正日総書記の長男・金正男氏、金総書記の激やせの理由について「激務のせい」
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00152165.html

金正男は「自分にはこれについて情報がない」と延べている。これを額面通りに受け取るのは危険で、「知っているけど黙っている」可能性は考慮する必要はある。「知っていて、べらべら喋る」ということになれば、それは「北の核開発についてのキーパーソンとして、内外から狙われる」可能性を意味するし、「本当に知らない」のだとしたら、核開発からは完全に遠ざけられている、と見ることもできる。
ただ、「この打ち上げ期間中は北朝鮮には帰らない」としていて、これは「打ち上げ失敗の場合に起こる政争から遠ざかるため」とも見える。ただ、関わっているなら国外にいるというのは無理があるので、恐らく金正男は本当に関わっていないのだろう、と見ていいのかなあ、とも思う。
そうすると、「正雲を推すグループ*9」と「正哲を推す軍部*10」の対立がどう動くのかが気になるところ。
張成沢の肝煎りで、正雲が正式な後継者に、というニュースはテポドン発射実験前の2009年1月くらいに韓国の新聞から流れたらしい*11のだが、今回のテポドン後に同様のニュースが継続して流れるようなことがあれば、「テポドンは失敗ではなかった」と判断する補助材料になるかもしれない。


うーん、陰謀論陰謀論



今回の北朝鮮によるテポドン発射実験に関する、自民・民主両党の声明は以下の通り。

北朝鮮ミサイル発射に対する与党声明
http://www.jimin.jp/jimin/hatsugen/hatsugen-225.html


民主党北朝鮮による「飛翔体」発射に強く抗議する(談話)
http://www.dpj.or.jp/news/?num=15650

自民党(政府与党)は、これに加えて日本としての独自制裁の延長、国連安保理への提訴などに動いている。
民主党(野党)は、「なぜ事前に外交努力で回避できなかったのか」という批判と、情報伝達体制の不備への非難など。民主党が挙げている事後策については、政府与党は既に行動済み、と付記しておく。

*1:オバマ大統領は声明で「テポドン2号」としていたようなのだが、1998年を1号とすると、2006年に失敗したのが2号で、今回は3号に当たるのでは?

*2:現在、核兵器開発局は通常の北朝鮮軍から分離され、金正日直轄の部局になっているらしい。つまり、北朝鮮内部で大きな勢力を持つ軍部と、核兵器開発局は、それぞれ独立して勢力を争う派閥だということ。

*3:一段目の落下地点も予定地点からはずれているらしい

*4:ミグ23などの一般航空兵力も含めて

*5:空気抵抗を考えたフェアリング

*6:数日前のエントリーで「ガンバレル方式なら起爆簡単」と書いたけど、あれはよく考えたらウラン弾頭でしか使えないじゃんよ、というか。北朝鮮がウランの分離に成功しているかどうかは曖昧な情報しかないので「不明」、できたとしても弾頭を作るには足りない量だとするなら、プルトニウムでできるインプロージョン方式での起爆装置を如何に小型化できたかというところに掛かってくるわけで、「弾頭は円錐形じゃなかった」と「弾頭は球形」がイコールだと仮定するなら、いやーんな連想に繋がってくる。

*7:ディズニーランドに行こうとして成田で拘束された人

*8:妹の夫

*9:正雲

*10:金正日の現在の妻である金玉も正哲を推している

*11:http://jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2009021500121