江畑謙介氏逝去

日本における、アナリスト*1として信頼性の高い軍事評論家の一人だった、江畑謙介氏が呼吸不全のため亡くなられた由。まだ60歳だったのに。残念。
単純な兵器ヲタではもちろんなく、戦略と戦術と運用兵器の配備なども含めた「軍事というものの政治的な意味」まで踏み込んで噛み砕いた解説できる人だったのに。残念。


人の訃報にかこつけて、毎回死人に唾する酷いことを書いているある与党の政治家のblogには、

まったく紛争地や実際の戦場に足を運ぶこともなく、兵器という切り口だけで戦争を論じる、日本にしか生まれない特異な軍事評論家*2

という、罵倒が「弔辞」のフリをして書かれていた。
これはひどい
映画「レッドオクトーバーを追え」の主人公はCIAだけど現場には出ずに、資料や官報を分析することで状況を解析するアナリスト――という設定だったが、これは珍しい職務ではなくて戦中からも「一般向けに公開されている新聞記事、官報、市場情報、兵器の性能とそれが発表されたタイミング、発表した責任者とその顔ぶれ……などから政治的意図や戦略を読み取る情報解析」という仕事はあった。
本来は諜報員の仕事だが、諜報=スパイ組織が建前上は存在しないことになっている日本でも、そういった情報解析を専門にしている部署はあるだろう、と思う。多分。
公開されている情報から、情報を読み取るというのはなかなか大変なことなのだけど、江畑氏について言えば、「情報遮断された戦場に足を踏み入れなければ一人前とは言えない*3、というような誤った認識の無知な与党政治家」から、その死に触れて謂われのない批判を受けるような軍事評論家では、決してない。なかった。




そんな今日。
北朝鮮が五発ほど日本海にミサイルをお見舞いしていたらしい。

北朝鮮日本海に短距離ミサイル5発発射 : 国際 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20091012-OYT1T00622.htm?from=top

短距離ミサイルの内訳はわからないが、たぶん射程の短い*4地対艦ミサイル「シルクワーム」あたりではないのか、と思う。今の北朝鮮が「脅し」として消費できるのは虎の子の弾道弾ではなく、賞味期限切れ間近の旧型ミサイルであろう、というのは軍ヲタなり真っ当な軍事評論家なりの通説なので、僕もそれに倣いたい。
ホントは、これについて江畑氏による解説を聞きたいところだった。


ところで、この5発については「韓国政府筋が明らかにした」と記事中にあるが、日本政府は明らかにしていない。
察知していないなら問題だし、海保、海自、空自、米軍から情報が上がってきていたにも拘わらず、それを発表せずに握りつぶしてたのだとするなら、それも問題。


つい先頃、鳩山政権は「北朝鮮に対する貨物検査法」について臨時国会への提出を見送ったばかり。

貨物検査法案見送り 臨時国会 6カ国協議見極め(産経新聞) - Yahoo!ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091010-00000059-san-pol

これは、国連の制裁決議に対応するべく*5、7月に麻生政権で法案裁決を目指していたところが、民主が「民主政権になってから成立させる」とばかりに反対して流れたもの。
首班指名を受けてもう一カ月にもなろうというのに、未だに臨時国会は開かれず、さらにこの法案は今国会には提出されずに来年の通常国会まで先延ばしにされることになった。
そこへ持ってきて、北朝鮮のミサイル発射。
これは、米韓軍事演習に対する牽制だろうと思われる反面、これで日本が何も言わないのであれば、もしくはこれで日本が北に対して「対話」を持ちかけるのであれば、北朝鮮は「日本の新政権は、ミサイル発射を容認している、またはミサイルを発射すれば交換条件を抱えて対話をしようとしたがる」というメッセージを送ってしまうことになる。
民主党政権は北に試されて*6いるのである。


今後、北朝鮮関係のニュースが入ってこなくなり、しかも「対米自立と中国接近」が持て囃されるようになってきたりすると、日本を巡る安全保障はいろいろな意味で急変することになるなあ、と思う。
訃報のついででちょっと書く、なんてことができないくらいに。


以上をもって、ライトな軍ヲタらしくお見送りしたい。
故人のご冥福をお祈りします。

*1:情報解析

*2: http://blog.goo.ne.jp/sutoband/e/03fdc5aba5f001a0c2f1cfc0e88696de

*3:戦地はむしろもっとも情報から遠い場所でもあって、木は見えるが森は見えない。密林で戦うものは、自分がいる森がどんな形状をしているかを自分で知ることはできないのだ。

*4:そして賞味期限のほとんど切れかかっている

*5:そもそも、日本提案の決議だったかと

*6:舐められて