ランチェスターの法則

喫緊の調べ物で漂っていて目に付いたのでメモ。

マチュアの論理

①理想論を規範論にする
②当事者の能力や努力を知らず、無能・無責任・怠惰と批判する。
③プロは、ミスをせず、また、変化や危険を予知できる存在と決めつけ、
 それに反する事故が発生すればプロ失格と批判し、時には、犯罪者にする。
④難しいこと、危険なことを簡単に考え、「やれ」と言う=「素人の暴論」
⑤成功や失敗の理由を、1〜2の要素に求め、短絡的に理解し、論じる。
 特に「アイデア」、「意識」、「体質」、「制度」、「組織構造」などに求める。

⑥現在の制度のデメリットのみをあげつらう。
⑦新たな制度のメリットのみをアピールして提唱する。
⑧新たな制度のデメリット、副作用を考えない(知らない?)。

⑨新たな制度が諸問題を一気に解決すると考え、改革や革命を連呼する。
⑩できない理由を、改革する想像力や意欲の不足に求める。
トレードオフがある課題を、同時にやれという(たとえば、迅速と的確)。

ランチェスター思考 競争戦略の基礎 (福田秀人著 東洋経済新報社刊)より

ランチェスターの法則については戦略(ゲー)ヲタでは常識のひとつではあるのだが、この「アマチュアの論理」はなんというかいろいろ当てはまるというか、心当たりがあるというか。
主食であるところの安全保障趣味はもちろん、現与党の政略的混乱であるとか、総選挙による政権交替を後押しした論理はなんであったかとか、本職における成功や停滞、その他の諸々の多岐に渡る課題についても。


要するに「優先順位を決めること」「優先順位の根拠(理由)を明確にしておくこと」「優先順位下位の救済を、最優先にしないこと」が重要なのだよなあ。とかなんとか。
「可哀想なものは、大丈夫なものより手厚く扱う」というのは実に日本人的な情の論理で、それは結果的に「横綱猫騙しをしてはいけない」「弱者はテロに走っても許されるべき」という捻れた同情論を作ってしまう。
しかし、弱者を持ち上げ強者に我慢を強いることで生まれる平均化は、結果的に全体の底上げには繋がらないわけで、ブレイクスルーとか全体の底上げというのは、「限界を突破する」「常識を打ち破る」というごく少数の突破者を許容し、「それをやってもいいんだ!」ということに残りの全員が気付いて追随突入していく、という形でしか進まない。

透明で中身が丸見えのスケルトンPC(iMacとか)であるとか、マグネシウムボディによる軽量化ノートだとか、携帯に搭載するデジカメであるとか、技術畑では誰かが「当たり前すぎて誰もやらなかったこと」をやり始めると、途端にそれを真似る動きが出る。青は藍より出でて藍より青しの諺にある通り、大概はその追随者のほうが創案者より面白くていいものを作ってしまう。*1


話は戻って、要するに「変えりゃいいってもんじゃない」「試行錯誤を重ねて到達した今までのやり方には、それなりの正論がある」「新しい試みを試すときは、必ずデメリットも考慮に入れ、それが許容範囲であるかどうかも考える」などなど。
ランチェスターの法則は「キャパ的な弱者の勝利理論」にもなっているのだけど、ブルーオーシャン戦略ともども、頭の隅っこに忘れないように入れておきたい。個人的に。

*1:だからオリジナルのスタイルを創案した人ほど、自身のスタイルの追随やリスペクトと称したエピゴーネンを嫌うのだがw、それは言うても詮無いコト。結果的にそれが全体の底上げになるわけだから。