カスパー陥落

現在の日本の政治的迷走というか、政治的暴走状況について、ちょっと前に「エヴァンゲリオンで説明してみる」というようなことを書いたことがあるような気がする。たぶん書いたはず。
念のため、も一度覚え書き。

エヴァで説明する日本の政治

日本=MAGIシステムに対して、
メルキオール(立法)が浸食され、
バルタザール(行政)が浸食され、
メルキオールとバルタザールによる自爆決議を、
カスパー(司法)が否決している状態。

というのが、2009/9/1からの日本が置かれている状態である。
MAGIは開発者の研究者と母と女のせめぎ合い&三権分立を示唆するもので……というエヴァ論は割愛w
作中では「MAGIは同性能の三台のスーパーコンピュータに、それぞれ違う性格/性質を与えて、三権分立を担わせている」というような感じの設定だったかと思う。


民主主義における三権分立は、一般的には立法・行政・司法の個々の三権の独立と不可侵と相互干渉を言う。

  • 立法権=議会は、法律を作る権限を持つ。
  • 行政権=政府(内閣とその補助機関としての官僚群)は議会が作った法律に準じた実際の行政を行う。
  • 司法権=裁判所・検察は、政府「議会が作った法律に準じているかどうか」について、法に照らし合わせて司法判断を行う。

この三つは、それぞれが強大な権限を持つので、一個所に集約させると独裁的権力を生むことになってしまう。かつてのイラクや今の北朝鮮トルクメニスタンやアフリカの小国群*1がそうであるように、そして歴史的にはヒトラーナチスドイツやスターリンソ連がそうであったように、その権限が個人に集約されたときに「独裁者」が生まれる。
ナチスドイツにおける歴史上もっとも有名な独裁者であったヒトラーは、民主的な選挙に勝利して議会を掌握した後、その多数議席に基づいて行政府を掌握した。ここで、議会を凍結し、行政府への全権委任法を成立させ、司法を飲み込み、「(民意に基づく)政権の絶対的支配」を作り上げた。


日本の議会制民主主義はイギリスのそれを手本にしているが、「議会の多数派が行政を行う」ことで、三権のうちの二権までを手に入れた集団が、実質的な統治を行う仕組みになっている。
これについては、自民党政権も同様の行動を取ってきた。


自民党政権でもやらなかったのが、政治による司法介入。
もちろん、建前として、という部分は多分にあろう。最高裁判所判事の面々を推奨するのは政府だし、そこで政治的に恣意的な人選をすることは過去にも可能であったわけだし。
しかし、少なくとも新規立法が既存法と矛盾を生じていないかどうかなどについての法的諮問は、内閣=行政府から独立した司法に判断を委ねてきていたし、内閣法制局という「専門家への諮問と確認の付託」を行ってきた。


メルキオール(議会)とバルタザール(政府)を手に入れた使徒民主党は、しかしこれまでの慣例を破り、カスパー(司法)に介入しようとしている。


まず、ここまでが枕。

パターン青・小沢一郎による改革という名の司法簒奪

民主党国会改革の内部資料が判明 法制局から「憲法解釈権」剥奪 - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/091210/stt0912100131001-n1.htm
 民主党政治改革推進本部(本部長・小沢一郎幹事長)が作成した官僚答弁の禁止など国会改革の詳細を記した内部資料が9日、明らかになった。資料は国会法など国会審議活性化関連法案の骨子と想定問答集。想定問答集は、内閣法制局長官について「憲法解釈を確立する権限はない。その任にあるのは内閣だ」とし、自民党政権下で内閣法制局が事実上握ってきた「憲法解釈権」を認めない立場を強調している。

 さらに「内閣の付属機関である内閣法制局長官憲法解釈を含む政府統一見解を示してきたことが問題で、本来権限のある内閣が行えるよう整備するのが目的」と明記した。法制局長官の国会答弁を認めないことを通じ、憲法の解釈権は国会議員の閣僚が過半数を占める内閣が実際上も行使する方針を示したものだ。

 ただし「憲法解釈の変更を目的にして、今回の改正があるわけではない」と、憲法9条の解釈変更への道を開くとして警戒する社民党への配慮も示した。

 法案骨子は

  1. 国会で答弁する政府特別補佐人から法制局長官を除く
  2. 内閣府設置法国家行政組織法を改正し副大臣政務官の定数を増やす
  3. 衆参両院の規則を改正し政府参考人制度を廃止
  4. 国会の委員会に法制局長官を含む行政機関の職員や学識経験者、利害関係者からの意見聴取会を開く

 ――の4点を挙げた。

 民主党政治改革推進本部は9日の役員会で骨子案を大筋で了承した。来週にも与党幹事長会談を開き、合意を得たい考えだ。


*2

この法案は民主党小沢一郎によるカスパー介入と理解してよい。
(1)内閣法制局長官に、国会答弁させない
内閣法制局は、立法前の時点で既存法と新法が矛盾を生じていないかどうかについて回答する「法の専門家」であると言える。
それでは、政治家=行政、議員=立法は法の専門家ではないのか、と言われると、残念ながら現状の制度下では必ずしも行政・立法の構成員は法の専門家であるとは言えない。先の選挙で「比例名簿の頭数が足りずに当選した家事手伝い」や「タレント議員」、参院選で当選の「キャバ嬢上がり議員」や「ゴルファーの父議員」や「沖縄の歌手議員」は、果たして法の専門家などと言えるだろうか?
そうした当選者から選ばれる政治家の全てが無能力者議員ではないのだろう。が、逆に法に通じているが故に、「法の恣意的活用」を試みる可能性が生まれる。
議会を掌握した行政権者は、自分の都合のいい法律を乱立させることができてしまうから、それを掣肘するために司法が存在する。また、出来上がってしまった法を司法が判断する前段階として、法案作成の時点で「矛盾がないかどうか」を検査回答するのが、内閣法制局


内閣法制局は、特に日本の法律の根本・最上位であるところの日本国憲法との矛盾がないかどうかについて、検査回答する。
上述の民主・小沢(行政・議会)によるカスパー(司法)介入の第一歩、というより重大な一歩、下手するといきなり致命傷、というのがコレである。

内閣法制局は官僚が担う機関である。政治主導の視点から言えば、民意によって選ばれた政治が、民意によらない官僚の決定に従うのはおかしい。故に、内閣法制局を無力化するのが政治改革としては正しい」

という理屈を並べられると、民主党に投票した人々などは、「民意によって官僚粉砕、ばんざーい」と心ウキウキしてしまうのかもしれないが、水増し当選した民主党の大多数は政治的にも法律的にも「素人」であるわけで、「なぜ、そうする必要があるのか? 現在の判断に至った経緯とよんどころない理由は何か?」についての知見がある専門家ではない。先の事業仕分けで、門外漢が「そもそもスーパーコンピュータなど必要なのか」などと言い出したのは記憶に新しい。
門外漢の横暴=主婦感覚の暴走と性質的には同じものだが、「素人にもわかるように」「素人にわからないことを専門家任せにするのは、専門家による支配を受けるようなもの」というのは、結局は「よくわかんないけど権力をよこせ」とダダを捏ねることを肯定するようなもんで、そこに手を突っ込むからには、政府・議会側官僚を上回るエキスパートの知見を伴わないとダメなはず……なのが、ただただヒステリックに「専門家を罵倒する」ことに終始してしまっている。*3

内閣法制局局長に国会で答弁させない――ということは、つまりは「行政府は、法解釈を内閣法制局には表明させない、それは政府が独自に行う、ということだ。

(3)政府参考人制度を廃止

これも同様に、議会・政府の解釈に対して、それぞれ個々の専門家である官僚が意見を述べる機会を剥奪する、ということだ。
これにより、これまで以上に野党は行政上の問題についての情報を得にくくなる上に、議会掌握をしている与党=政府は「専門家の見解」という証左を得ることなしに、「好きなように立法推進」ができるようになる。野党の無力化、完全な野党の無効化である。
確か「政権交代可能な、二大政党制」「もう一方の選択肢としての民主党」であったはずが、「自民党を消滅・無効化して、民主党を新たな、より独裁権限の強い与党にする」という話にすり替えられてしまっている。

(4)利害関係者からの意見聴取会

これは専門家による知見を、「都合のいい専門家」を充てることで支配しようというもの。これも先の事業仕分けが、今後起こり得ることのモデルケ−スになっていると見ていいだろう。


人は自分の専門外のことについては、「専門家が言うのだからそうなのだろう」と思うか、そもそも興味を示さない。自分が理解できないことについて、何らかの専門家が権限を持つことを妬ましく思うから、「よくわからないけど、専門家はきっと間違っている」という、情緒的なリアクションを取りたがる。専門家よりは素人である自分の判断のほうが、より核心を突いているに違いない――と、思い込む。

では専門のことについてはどうかというと、自分がその専門家として権限を振るう立場にいるなら、全力で自己の知見を正しいものと貫こうとするし、その場にいなければ、「門外漢の愚断をなじる」側に回る。
事業仕分けで扱われたテーマの多くは、「当事者にとってはとんでもない話」ばかりだったが、当事者ではない大多数の「無関心」は仕分け人の増長の後押しになっていた。
スーパーコンピュータや、各種の科学研究など、一見して無関係に見えてもバタフライ効果的な意味で自分達の生活に大きな影響を与える可能性があるものなどについても、「因果関係がわからないから無用のもの」と思ってしまうのが門外漢というもので、民主党はその点、「門外漢の無関心」を実にうまく利用したと言えよう。

一方、例えば「漢方薬の保険適用除外」などのように自分が当事者になるものについて、非常に大きな反感・反応が出ているが、これも「その他の当事者以外の無関心」によって押し潰されてしまうのではないか。


この「門外漢の無関心」という要素を、民主党は非常に巧みに扱って、「興味がない分野については、我々にお任せを」とやらかすことで、結果的にほぼ全ての分野についての白紙委任を得てしまった。
その延長線上に、「日本国憲法の無効化」「司法の無効化」があるのではないか。
レミングスたる我々は、足下だけを見て歩き、その先にある崖に気付くことなく、三歩先への無関心によって崖下への転落を目指しているのではないか、などとか思うのだった。


カスパー=日本の司法は、メルキオール(議会)とバルタザール(行政)によって、着実に無効化されつつある。
カスパーの乗っ取り完了まで、あと僅か。

*1:ジンバブエとか

*2:※ニュースソースの将来的な喪失の可能性を加味して、著作権法の例外規定に基づき、記事を引用保存。

*3:先頃、仙石議員が「事業仕分け文化大革命だ」と自画自賛していたが、文化大革命の語義である中国のそれは、「金持ち」の他に、伝統的な技術蓄積者の多くを誅殺滅亡させてしまい、中国の伝統的技術の多くを失わせしめ、中国に大きな痛手を負わせた。中国自身にとっても黒歴史である「文化大革命」を、自らを賛辞する言葉に当てはめる感覚はおかしいと思う。事業仕分けという「血祭り儀式」は、浅間山荘事件における左翼の「総括」「自己批判」「人民裁判」とそっくりで、団塊世代学生運動世代が推す政党は、昔ながらそのままだと言える。