天皇陛下の一カ月ルール

日本は民主主義国。
民主主義は法治主義(法律の厳密な遵守)が求められ、人治主義(権力者の気まぐれ)に左右されない、民意によって選出された権力者が暴走しない、ということが求められている。
法治主義下では、「立法(議会)」「行政(政府と、その補弼者としての官僚組織)」「司法(裁判所と補弼機関としての検察他の法曹関係者)」がそれぞれの権力の暴走を相互監視することで、いずれかひとつの権力によって全体が独占されないように努める。
よく言われる「政治主導」というのは、「行政府が、他の全ての権力を従え、超越する」という意味では決してない。


以上を踏まえた上で、本日のトピック。


小沢
「30日ルールって誰が作ったの!? 知らないんだろう? 君は!
国民が選んだ内閣の助言と承認で行われるんだ、全て。
天皇陛下の体調が優れないというなら、
それ(面会)より優位性*1の低い行事をお休みになればいい」

社説:天皇の特例会見 誤解招かぬ慎重さを - 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20091213ddm004070003000c.html
天皇と外国要人の会見を設定するには1カ月以上前に内閣を通した申請が必要とされる。この「1カ月ルール」は1995年ごろから慣例化され、天皇前立腺がんの手術を受けたあとから厳格に適用されてきたという。天皇の年齢や健康に配慮してのことだ。


(以上、毎日新聞より該当箇所を抜粋)

明仁 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E4%BB%81


人物
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E4%BB%81#.E4.BA.BA.E7.89.A9
2009年12月現在、75歳となる。高齢であるものの、公務、宮中祭祀ともに極めて旺盛に活動しており、 天皇としての活動について非常に意欲的かつ勤勉であると伝えられることが多い。
年間約1000件の書類に目を通して署名・押印し、約200回の各種行事に出席し (いずれも平成19年度)、20件近くの祭儀を執り行う。


病との戦い
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E4%BB%81#.E7.97.85.E3.81.A8.E3.81.AE.E9.97.98.E3.81.84
1995年(平成7年)、大腸のポリープを摘出。

2002年(平成14年)12月、人間ドックに入った際に前立腺癌が発見された。
その後、天皇の意向を受け宮内庁が病名を公式発表した。
翌年1月18日に、前立腺の全摘出手術を行なったが、この前立腺癌手術に当たっては万全を期すため、皇族が受診する宮内庁病院ではなく、東京大学医学部附属病院に入院して行なわれた。

2008年(平成20年)2月25日、宮内庁は「天皇陛下は定期健診において今のところ前立腺癌の再発や他臓器への転移は見られないものの、ホルモン療法の副作用で骨密度が低下しており、このままでは骨粗鬆症に移行する恐れがある」と発表し、公務及び宮中祭祀を軽減する等、生活全般についての検討を始めた。

同年12月9日の宮内庁記者会見に於いては、天皇が12月上旬に上室性不整脈に罹患し、また、消化器官検査で胃と十二指腸に炎症が発見されたことなどが発表された。原因は心身のストレスであり、宮内庁は「将来にわたる皇統の問題を始め、皇室にかかわるもろもろの問題を憂慮されている」と述べ、ストレスの中心に皇位継承問題があるとの考えを示した。

天皇自身が、公務等の見直しは在位20周年となる2009年(平成21年)以降からと希望していたため、2009年(平成21年)1月29日に宮内庁より軽減策が発表された。

(以上、Wikipediaから該当箇所を抜粋)

天皇陛下は、1995年に大腸ポリープの摘出手術を受けられた後、身体にご負担が掛からないように、と公務の軽減が「当時の政治」によって配慮された。この公務の軽減は、文書化されている*2
前立腺癌の手術以降は、特にこの一カ月ルールが厳格化され、2009年からは公務の軽減が進められ、想定外のご予定を入れることのないよう、調整が行われている。


そもそもは1995年頃から始まった「健康に配慮するための慣例」だったわけだが……冒頭の問いに戻ると。


小沢「30日ルールって誰が作ったの!? 知らないだろう、君は!」


1995年は自社さ連立政権のド真ん中。
村山内閣が阪神・淡路大震災の不手際をやらかしていたのだが、このときの連立与党が30日ルールを容認した。
この当時の連立与党新党さきがけの総務会長・代表幹事*3は、鳩山由紀夫*4
この少し後、新進党党首だった小沢一郎自民党だった頃の亀井静香と保保連合を模索、新進党を割って自由党を作り、自自公連立でまた与党へ復帰。


結論。
30日ルールを作った頃の政治家は、鳩山由紀夫
与党首脳として、それを修正する機会が何度もあったのに、対処を怠ってきたのは小沢一郎


政治主導というのは、「行政の専横」では決してない。
官僚組織というのを統べるのが内閣であるわけなのだが、内閣閣僚というのはそれぞれの分野のエキスパートではなく*5、それこそ専門知識のない一般人でも選挙に当選さえすれば誰でもなれる、素人に毛が生えたようなもの。
そうした「素人」が状況を誤らず、それまでの経緯を理解した上で判断できるように、専門的な知識と経験を提供して内閣を輔弼するのが、行政の専門家集団であるところの各省庁の官僚群。
行政のトップである内閣は、そうした官僚の提言を理解した上で適切な判断をすべきなのであって、政治主導を錦の御旗に何でもかんでも政治がムリを通していい、というものではないし、あってはならない。


そもそも、「天皇陛下を政治利用*6」しない、というのは日本国憲法天皇陛下を「国民統合の象徴」とし、権威はあるけど権力/政治には一切触れさせない、と定めていることにも反する。


鳩山は「杓子定規にしなくても」などと嘯いているわけなのだが、決まり、ルールというのがなぜ必要なのかと言えば、そうした決まりを定めるに至った理由に配慮した結果であるわけで、それを「少しぐらいいいじゃないか」ということを言い出したらルールは崩壊する。


授業が始まる前までに教室に入らなかったら、それは遅刻扱いになる。教授に向かって「少しぐらいいいじゃないか」と言う学生を許容するのか。
日本ではバスや電車の発着時刻は恐るべき精密さで維持されているが、少しでも遅れると乗り継ぎに支障が出る上、会社にも遅刻する。「少しぐらいいいじゃないか」と運転手や車掌が言い出したら、それを許容するのか。
政党助成金政治資金規正法が、政治資金の透明性を律しているのは、「不正な金が政治を左右させないように」ということだけではない。
金持ちが自分の金を好きに突っ込むことが可能なら、政治は金持ちだけが有利にでき、金持ちではない人間は「金持ちに都合のいい政治」の言いなりになってしまう*7。贈与9億、脱税5億でも、「少しぐらいいいじゃないか、謝って修正すればいいじゃないか」。


万事が万事こんな調子で、政府首脳がルールを守るつもりがない。
子供は大人を手本にするが、大人は役人、政治家を手本にする。
良いことを真似るのは難しいが、悪事を真似て口実にするのはより簡単だ。
「だって、あいつもやってるじゃないか。俺もやって何が悪い」


子供の手本になれないようなことをするのは、やめてくんないかなあ。




PS.
小沢「政治的重要性を考えれば、優先度の低い行事を休めばいい」「国民が選んだ内閣に文句があるなら、宮内庁長官は辞表を出せ」
に対する羽毛田宮内庁長官の反論は、
羽毛田「政治的重要性で例外を認めるというなら、(別の国を)お断りして政治的に重要じゃないのか』と言われたらどうするのか」*8
というもの。
例えば、「中国を優先することで、サウジアラビアの予定が潰れた。ウチは重要じゃないのか」とねじ込まれたら、日本がサウジに対して持つ外交的事案は座礁する。
外交というのは、「大切じゃない国はひとつもなく、大切じゃない外交はひとつもない」のであって、しかし全てに対してうまくやることが難しい。が故に、天皇陛下の一カ月ルールのように、事前にルールを定めて公正性・平等性を取り決めておき、それを厳格に運用することで、「日本は法を遵じる公正な国である」という信頼を得ることができる。
例外というものがまったくないことはないけれども、横紙破りを軽々しくすることは、結局、例外の横行を生む。


「日本で5年ほど息を潜めて暮らし、日本で子供も作ってしまえば、例外措置で簡単に日本永住権が手に入る」
そのような違法行為も、法務大臣が軽々しく例外を乱発することで、慣例化し、法律は死文化する。
民主主義国ではなく、人治主義の国で暮らしたいというならともかく、民主的手法で選抜された政治家が、人治主義的な政治を行うのは、有権者に対する裏切りだと思うんだがなあ。

*1:優先度

*2:ソースは検索中だが、ネット上に掲示されているかどうかは不明

*3:幹事長相当

*4:同じく、1996年頃はあの菅直人も与党時代のさきがけの代表代行で、橋本内閣の厚生相だったりしていた。責任ある立場の政治家であったわけで。

*5:ミスター年金」の長妻厚労相は、年金以外はまったく知識も経験もない素人である、と舛添前厚労相からの引き継ぎのときに白状しているし、事業仕分けの仙石・蓮舫は「自分は専門家ではないからわからない」と、これまた素人であることを強調している。

*6:この場合は、民主党内の政局利用ですらあるし、相手国の次期権力者とのパイプを強固にするための政治利用以外の何物でもない

*7:企業献金が政治家個人に行われ、政治家がそれを自己資金として政治に使うことが自由になると、寄付を得られる政治家とそうでない政治家の間に格差が生まれ、また寄付を得た政治家は寄付を行った者の意向に左右されやすくなる。また、どんなに金持ちであっても自己資産を無制限に政治に使うことができないよう、つまり「持てる者とそうでない者」の条件をできるだけ平等・公正にするために、自己資金を政治に無尽蔵に使うことを禁じているのが政治資金規正法の別側面でもある。

*8:ソースは産経新聞http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/091214/imp0912142015001-n1.htm