イルカ食いてえなあ

反捕鯨団体と漁業協同組合のイルカ漁をめぐる大激突ムービー - GIGAZINE
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20071102_dolphin_fishery/

この話題は僕が生きてる限りは定期的に出てくる話題。


シーズンにはまだ随分早い*1んだけど、急にイルカを食いたくなったorz
というのは、またシーシェパードがやらかしたようで、論調は例によって「イルカ漁(追い込み漁)は残酷で野蛮」という日本人批判論調。
それいったら、オーストラリアから出荷される牛肉をあんたらはどうやって屠殺してるのか、という話になるのだが、牛肉・家畜の屠殺現場は隠蔽されていて普通世に出ない。イルカの屠殺現場は屋外で行われるから世に出る。そんだけの違いしかない。


イルカ食については日本人の間にも地域的な文化格差から賛成論・反対論が対立している。内陸、内陸でなくても漁業と無縁な人はエコ・動物愛護の観点から反対論を支持するようだ。クジラ食に好意的な人ですらイルカ食には眉を顰めたりする。
ずいぶん昔から「イルカは美味しい食べ物です(http://www.ekoda.jp/azuki/whale-eater.htm)」と訴えるwebページを、サイトのどこかに置きっぱなしにしている*2が、その意思は今も変わらない。だって美味いんだもん(^^;)


イルカ漁には「食肉捕獲」と「害獣駆逐」の2つの側面がある。
まず、「害獣駆除」から。
イルカは外洋のクジラに比べても繁殖力が強く、餌を求めて大きな群れを作るようになると、その漁網被害は甚大になる。遠洋漁業ではなく、定置網を張っての近海漁など小規模漁業や養殖業では、イルカのような大型海獣が漁網に突進してくることを前提にはしていない。そして、イルカの餌と近海漁業の漁師の獲物は重複している。漁師が定置網に追い込んだものを、イルカが横取りしようとして漁網にかかり、漁網が破られる。漁網は漁師の命綱であるわけで害獣はやはり駆除しなければならない。
そもそも漁網というのは非常に高価なものだ。その上、網が破られたら、これの補修が終わるまで漁ができない。漁業生活者は兼業で副収入を得られる農業生活者と違って、漁の水揚げでのみ現金収入を得ている専業者が多く、操業ができない=収入の完全停止になる。網を破られる他、時化て漁船が出せなければその日は無収入になる。網と漁具と船は漁師にとって財産であり、他に替えが効かない。*3


オーストラリアあたりの酪農家に、「ディンゴは知能の高い生き物だ。牛や羊はいっぱいいるんだから、少しぐらいの犠牲には目を瞑るべきでディンゴを殺すべきではない」と言ったら、たぶん目を剥いて怒ると思うのだが、日本の近海漁業にとってのイルカというのは、オーストラリアにおけるディンゴと同等なのだ。


そうして駆除したイルカという害獣を、「殺して捨てている」というだけなのだとしたら、それは確かに非難されるべきなのかもしれないのだが、日本におけるイルカ漁というのは捕獲されたイルカのうち水族館などに納入される分を除けばそのほぼ全頭が食用になっている。
食べるのである。
この「イルカを食べる」ということについては、日本人からも非難されたりして同意を得にくい。
一般的に言われるところとしては「おいしくない」「わざわざ食べる必然を感じない」というものなのだが、これも何度も繰り返してきているけど、下ごしらえと調理法、最終的には好みの問題でもある。


まず、下ごしらえ。イルカは全身運動で泳ぐ海洋哺乳類である。小型の魚のように鰭で泳ぐのではなく全身の筋肉を使う。同じ魚でも、近海であまり動かない白身魚よりも遠洋で泳ぎまくる鮪などの身が赤いのも同じ理由だ。このため、筋肉に酸素を運ぶ大量のヘモグロビンが必要になる。血が濃く、多い。ほとんど、全身がレバーだと言ってもいいくらいに血が濃い。生のイルカ肉を見ると、「全身が鮪の血合い(捨てるトコ)」という感じ。しかも肉質は魚のそれではなくて、しっかり獣のそれ。
フレンチや中華の料理人に聞きたいのだが、レバーを下ごしらえしないで食べたりはしないと思う。レバーに下ごしらえが必要なのは、肝臓が非常に多くの血を含んでいるからで、流水や牛乳に浸したり香辛料と混ぜたりなどなど、レバーから血抜きをするために様々な手を尽くしている。
全身運動のために筋肉に大量の血を含んでいるイルカというのは、全身にレバーを纏っているようなもので、下ごしらえとしてまずしっかりと血抜きをしなければならない。
また、「なぜ海鳥(カツオドリ、カモメなど)が食用にならないのか?」というのと同じ理由で、海に棲んでいて魚を食料にしている生き物*4というのは基本的にそのままでは食えない。魚の味というか、そういう独特の生臭さが肉に染みこんでいる。イルカも同様だ。
この血の臭いがいいんだという通もいるが、ここでしっかり下ごしらえ=血抜きをしないイルカ肉は、たぶん大部分の人にとってはマズイと思う。


イルカ肉は下ごしらえをしないとうまくない。
が、「イルカ肉を食べた」という人、「イルカ肉を食べさせられた」という人が食べたイルカ肉のうち、どれほどのイルカ肉がきちんとした下ごしらえを施されているかが、疑問だ。
イルカ肉の下ごしらえは何段階かある。まず、水揚げ直前の活け締め。
イルカ漁が残酷だと言われている由縁でもあるのだが、漁船で追い込んだ際、水揚げする前に海中で活け締めにする。生きた状態で動脈に包丁を入れ、暴れさせて血を抜く。これは鶏や羊を締めるのと基本的には同じで、活け締め血抜きというのは死なせてしまってからでは意味がない。心臓が生きているうちに、凝固していない血液を動脈からできるだけ多く出させてしまうというのが、活け締めの意味。海中でこれを行うのは、例えが悪いが「リストカットを風呂でやる」のと同じで、血液凝固の進行を抑えながら、より多くの血液を抜くことができるためだ。
イルカ漁が「海を真っ赤に」染めるのはこの工程のためで、「苦しませるなんて酷い」と非難されるのもこのためだ。魚体*5が傷むのであまりやってないと思うんだけど、動脈に包丁を入れてからトラックの後ろに結びつけて引きずり回して暴れさせ、血を抜く、という方法もかつてはあったようだ。が、追い込み漁での締め方の主流は水揚げ直前の湾内海中での活け締めだと思う。
鴨などの場合は窒息させた後、体内に血液を鬱血させて旨みを増す(そして蛆が湧くほどに「熟成」させたものがうまいとも言われる)が、そうした血の滴る状態が美味しいと言われるのは、血が濃くない=肉の旨みが淡白な獣肉に対しての効果であって、イルカ肉のように血が濃すぎる獣肉は、多すぎる血を抜かなければならない。下ごしらえを精肉に対するものではなく、レバーに対するものと同等に考えなければならないというのはこのためだ。



この後、水揚げされ、部位ごとに解体された精肉になるわけだが、その精肉の単位で売られているものを、牛肉や豚肉のように調理してしまうと、やはりまずくなる。活け締め程度では血抜きは不十分だからだ。
第二段階の血抜きとしては、流水に晒す、鍋で下煮をするなどがある。
既存の食品調理で一番似ているのは、豚肉の調理だと思う。豚角煮、ラフテー、東坡肉(トンポーロー)などを作る際に、いきなり調味料を入れたりはしない。まず、何度も水を捨てながらの下煮を行う。これは臭いを抜くため&アク抜きのためだが、獣肉を煮込んだ際に上がってくる「アク」と言われているのは、これは浸潤してきた血液/体液だ。
豚肉は味を含めて煮込む前に、何度もゆでこぼしながらの下煮を行うがイルカ肉もこれと同様にゆでこぼしを繰り返しながらの十分な下煮が必要だ。陸上獣肉以上に血液が濃く多い、つまりそれだけアクが多く、臭いもキツイからだ。
実際に、この行程にどのくらい掛かるのかというと、流水+ゆでこぼしを5〜6時間は続けなければならない。本格豚骨ラーメン店は豚骨スープを煮ている物凄い異臭がするが(このために都内都心部には、自家製で豚骨を煮ている店は少ないし、あっても近隣と揉めたりしている)、これと同様イルカ肉の下煮の行程でも、相当な異臭がする。イルカ肉が好きな人間でも耐えられないほど臭い、という人もいる。*6


そうして二段階目の血抜き(下煮)を終えたところで、ようやく「調理素材」になる。僕の実家では「イルカの煮込み」と言われる、イルカ(骨付き・皮付き)と人参、ゴボウ、コンニャクなどの根菜を、砂糖、醤油、塩などで煮込んだものがよく出た。「歯ごたえ以外は全部同じ味」と言われてしまうほどイルカの味が強烈に出ている。
何味がいちばん近いかと言われたら「イルカ味」としか表現できない。
それは美味いのかと言われたら、「美味いに決まってるだろう」としか答えられない。
精肉部分はどれほど下ごしらえをしても、レバーのような血の臭いを漂わせた雰囲気が残る。それがうまい。
しかしなんと言ってもうまいのは、一番外側の固い皮(外皮)部分と皮下脂肪部分、それと精肉が三層を為しているところ。豚肉の三枚肉に似ている。イルカの煮込みがあれば、まず真っ先にこの皮と脂肪の部分を箸でまさぐって食べてしまうほどうまい。くにくにとした独特の歯ごたえがある。脂肪もまたイルカの臭みの原因のひとつで(豚の脂、鶏の脂が臭いのと同じ)、下ごしらえの段階で脂肪分の大部分は臭みと一緒に抜けてしまい、煮込みの時点では皮+皮下脂肪部分はくにくにぶよぶよとしたコラーゲンたっぷりのものになっている。豚足やミミガー好きな人にはこたえられない歯ごたえだ。
イルカ肉と一緒に人参、ゴボウ、コンニャクなどを入れるのは、具材を増やす(味は同じになるから)ためかとも思っていたが、イルカ肉を煮込んだ際に最後に臭みを吸わせるためではないかとも思う。いずれも臭いをよく吸う野菜だし、それぞれ個性というか癖のある香味野菜でもある。


イルカをなぜそうまでして食べるのか。
伝統食だから、儀式的な理由で「仕方なく」食べるわけではない。うまいから食べるのだ。
「そこまで手を掛けなくても美味いモノが他にもあるんだから、食べる必要がない」という意見もよく聞く。
もちろん、他にうまいものはあるだろうけど、イルカだってうまいのだ。
「フレンチは凄くうまい。だから何も寿司を食う必要はないじゃないか」と言われて寿司を諦められるかと言われたら、それは無理。確かにフレンチは美味いけど寿司もうまい。ものが違うんだから優劣を付けて、どちらか一方を不要だと考えるのは、自文化や気に入ったものを甘やかして、他文化や自分の嫌いなものを不当に貶めているだけに過ぎない。他人の嗜好を自分の基準で否定するのは、他者との共存を否定した自分中心主義だと思う。
自分が存在することを否定されないために他人の存在を否定しないのが、生きるということだ。自分以外の全てを皆殺しにして自分だけが残るのを正しいと思わないのでない限り、この原則は変わらない。
変わらないが故に、「イルカは害獣だから駆除するんだよ」という漁師にとっての必然と、「イルカは美味いんだよ。美味しいんだよ。だから食うんだよ」という嗜好に対する許容は必要だと思う。




そんなわけで、イルカは美味いんですよ。ちゃんと調理すれば。
そこまで手を掛けて調理するだけの美味しさが引き出される食材なんです。
美味しくイルカを煮ることができる人は減ってきてるけどね。
イルカの漁獲量が減ったことと、近海の漁獲量が減ったことと、近海の海難事故*7が増えたことと、このへんは結びつけて考えるほうがよいだろう。イルカの「漁獲量」が減って魚の漁獲量も減った=海洋汚染で魚が減った、というだけではなくて、「害獣を駆除せずに放置した結果、イルカが増えて餌となる魚が食われ、漁師の漁獲量が減った。増えたイルカは航路上で船と衝突して小型船舶の海難事故を増やしている」という連想もしてみてほしい。
クジラのスタンピードはしばしばニュースで流されるけど、大きさが違うだけで種としては同じイルカもしばしばスタンピードを起こす。増えすぎたイルカを間引く必要もある。
何かの命をいただくのが食うということであり、生きるということであると思う。一定数のイルカは駆除すべきで、駆除したイルカは無駄にせずいただく。これは必要なことだと思うのだが。

*1:静岡のイルカの旬は、12月から2月くらいに掛けて。イルカは冬の食べ物です。ときどき時期はずれのも食えるけど。

*2:googleなどで「イルカ漁」で検索すると未だに二番目くらいに出てくるのだが(^^;)

*3:以前、伊豆下田あたりの漁師の網に掛かったイルカを助けるために、グリンピースが勝手に網を切り、漁師と大喧嘩になったという事件があった。漁師が怒るのは当然だ。

*4:哺乳類、鳥類

*5:魚じゃないけど

*6:うちは家族全員イルカが好きだったが、親父なんかイルカが好きなくせに自分で煮るのは臭くて嫌だからお袋におしつけていて、お袋はしばしば「臭い」と文句を言っていた。そうして煮上がったイルカはうまかった。

*7:イルカとの衝突