体重支持型歩行アシスト

ホンダが、ASIMOの技術蓄積から発展させた乗用型の歩行補助機の試作品を発表したらしい。
http://www.akihabaranews.com/jp/news_details.php?id=16999
詳しくは上記URL&動画を見ていただくとして、簡単に言うとASIMO体重移動による動歩行制御部分を用いて、体重移動の補助に使う、というか。
全然簡単になってねえよ、ってことで仕切り直し。
極薄の関節を持った「機械の足」の下部に専用の靴、上部にはバイクのようなシートを配置。この専用靴を履いてシートに跨って乗ると、歩くときに足(膝や足首)に掛かる体重を減らし、歩くときの補助になる、というもの。
ASIMOなどの登場で機械による二足歩行の難しさとその実現が進められてきたが、その過程で人間の歩行について知られる機会も増えた。
例えばブリキのおもちゃのロボット人形というのは二足歩行するが、あれは静歩行と言われる。これは、体重移動を伴わない歩行という奴で、どちらの足でも片足で体重を保持した上で前に進む。
人間の歩行(動歩行)というのは「体重移動」にあり、例えば右足を前に振り出したら、実際にはその右足に向かって倒れ込んでいる。倒れないように右足で踏ん張りつつ、今度は左足を前に振り出して、そちらに体重を掛けて倒れ込み、倒れないように右足を前に出す。人間はこういった体重移動の繰り返しで歩いていて、これを動歩行と言う。
人間の生活圏にある当たり前の機器や施設というのは、床から階段から掘りごたつから自転車から、すべてが「体重移動で動く二足歩行」を前提に作られているわけだ。
故に、加齢や障害によって体重移動による二足歩行が難しくなると、移動範囲は極めて狭くなってしまう。自動車、バイク、自転車、車椅子などの車輪付き機械はその行動範囲を再拡大するが、数キロ、数百メートルではなく、「数メートルとZ軸方向への数センチ」は、車輪では実現が難しい。


近年、ロボットは、自律型/操縦型ともに開発が進んでいる。アメリカなどの地上型ロボットの多くはタイヤやキャタピラが付いている。移動が必要ならタイヤで十分、というのは合理的ではある。不整地ならキャタピラがあればいいし、羽根を付けて飛ばしてしまえば不整地は考慮しなくて済む。その発想から、アメリカでは武器・兵器・災害出動・産業の方向で利用されるロボットの開発が進んでいる。
ロボットについて「機械による動歩行二足歩行技術」にこだわってるのは主に日本のみなのだがw、これはアトム、ガンダム世代ということだけでなく、ロボットを兵器として広範囲に移動させることよりも、人間用に作られた家屋の中で非武装機器として活用するという需要を掘り起こそうとしている、という性格の違いもあるかもしれない。
よく言われる例えにこういうのがある。
グラスファイバーが開発され、アメリカ人はそれを使ってジャンボジェット機を作り、日本人はゴルフクラブのヘッドを作った」
マイクロ波を吸収する技術が開発され、アメリカ人はそれを戦闘機の機体に塗ってステルス機を作り、日本人はそれを箱の内側に塗って電子レンジを作った*1
アメリカは国や大企業の需要がある兵器や大物を作って大きく儲けて回収し、日本は個人の需要がある日常品を作って小さいが数の多い市場を作る。
この、「機械による二足歩行」はアメリカでも「機械化兵士」というテーマで開発が進められたという話を聞いたことがあるのだが*2日本はやっぱり「家で個人が」という切り口で仕掛けてきた。



さて、この装置には3通りの発展が考えられるのではないかと思うのだった。
まず、一つ目は歩行障害または歩行能力の衰えた人のための介助機器として。
完全に自力歩行ができない人には使えないのだが、「杖や介助者の支えがあれば自力歩行できる」という人であれば、杖や介助者の代わりになるものだ。
高齢者の場合、辛うじて歩行能力がある人でも杖や支えがなければ移動できないレベルになると車椅子やシニアカーなどに移行してしまうケースが多いのだが、本当は可能なら少しでも自力歩行を続けたほうが筋肉が衰えず、歩行能力の喪失を遅らせることに繋がる。手足の骨折を経験した人はリハビリの大変さを知っているとは思うのだが、筋肉は使わないとすぐになくなってしまう。負荷を掛けすぎないまでも、動かし続けているとなかなかなくならないが、動かさないでいるとその喪失は早い。
その意味で、この歩行補助機は車椅子の代わりになると同時に、車椅子への移行を極力遅延させつつ、足の筋肉維持を助け、介助者の負担を軽減する、「障害者のための身体補助器具」として、かなり画期的な装置であると言える。
車椅子は公共施設ではエレベーターか介助装置のあるエスカレーターがなければ移動できず、一般家庭内での階段昇降にはまったく不向きだったが、この歩行補助機は階段昇降も可能。


二つ目の利用方法は、産業利用。
これは上記紹介サイトの動画の最後にも出てくるのだけど、工場内などで人力でそれなりに重さのあるものを運ばなければならないケースというのがある。工場だけではなく、農作業などでも同様のケースはあると思う。中腰になって収穫物を上げ下ろしとか、足場の悪い畝を重い農機具を持って歩くとか。
そうした、健常者の一次的な体重の増加を助ける器具として。もちろん、重い物を持つというのは上半身(腕や肩や腰)にも過重が掛かるわけだから、足への負担を軽くしただけで全て解決するということはないだろうけれども、将来的に上半身(腕・肩・腰)への重量負担を分散・軽減する装置は出てくるだろうし、これもASIMOの技術蓄積経験を鑑みれば、ホンダは既にそっちの研究も進めているのではないだろか。今回の「足のみ」の試作機は、そうした動作支援(補助)技術を発表していく上で、やはり「乗物のホンダ」の本領発揮というか意地を見せたというか。
ともあれ、これは人間が装着するタイプの人型フォークリフトの萌芽かもしれない。エイリアン2に出てきたパワーローダーみたいな。あれは外骨格型だったけど、下半身補助を屋内使用を考えてここまで小型薄型化できるということは、上半身もパワーローダーほどの巨大さにならずに小型・簡便化できるのだろうし、その方向で開発は進んでいるに違いない、と期待したい。
元々、日本がロボット大国になった根底には、鉄腕アトム/鉄人28号/ガンダムなど人型ロボットへの抵抗感が薄いこと、初期の産業用ロボットの導入に肯定的だったこと*3などが挙げられるが、重労働を伴う工場・農林水産業などへの需要は少なからずあるだろうと思う。
特に、高齢化が進む農業従事者の需要は実際のところありそうな気がする。日本の農業は後継者不足から従事者の高齢化が進み、また従事者人口を支えるという必要から機械化が大きく進んでいる分野でもある。そして、ホンダというのは農機具の一大メーカーでもあるわけで、この分野の需要について視野に入れていないはずがないと思う。


三つ目の利用方法は、スポーツ。
現在、スポーツには

  1. 健常者が肉体的限界を競う
  2. 障害者が機械の補助を得て競う
  3. 健常者が機械の補助を得て競う

という分野がある。
(1)の集大成はオリンピック。陸上競技、水泳、格闘技など、裸一貫肉体勝負で、健常者の身体的能力を競う競技はここに入ると思う。
(2)の集大成を強いて言えばパラリンピック。車椅子や義足を用いた競技はこれに入るだろう。
(3)はモータースポーツなど。広義で言えばカヌーや棒高跳びはここに入るのかもしれないが、一応「エンジンのついた機械を使ったスポーツ」ということで、バイク、自動車、モーターボートなどが含まれると思う。
この歩行補助機が将来進化する方向の一つとして、「(3)健常者が機械の補助を得て競う」という競技分野が出てくる可能性があるんじゃないかなあ、というかそれを期待する。
例えば、この装置を付けた状態で行われる陸上競技を見てみたい。たぶん、通常の健常者以上の記録が続出するのは間違いない。
また、階段昇降ができる装置であるということを考えると、障害者が登山などのスポーツをする機会を拡大するかもしれない。
ホンダはバイク、自動車の分野で「他のメーカーと競うことで技術力と知名度を向上させる」という経験を積んできているわけで、この装置の分野でも同様の技術向上と知名度の向上の機会を、「装置搭乗者が競う」という感じで打ち出してきてくんないかなー、と心秘かに(というか声を大にして)期待したい。


潜在的な需要はかなりあるんじゃないかと思う反面、具体的な需要台数(製造台数)など未知数な部分は多い。内燃機関を積んでいるわけではなくモーター駆動であろうことを考えると、連続稼働時間がどのくらいになるのかなども気になるところだ。高齢者・障害者の日常使用を考えるなら、できれば24時間、せめて6〜12時間、最低3〜6時間の連続使用ができなければ、日常使用には耐えないのではないかとも思う。


アメリカではセグウェイの技術を利用した車椅子というのが登場しているのだそうで、移動だけでなく高さを作って健常者と同じ目線で移動することもできるのだそうな。また、キャタピラやその他の装置により階段昇降ができる車椅子もある。それは凄い技術だと思うし、歩行能力を完全に喪失した人には福音であると思う。
今回のホンダの試作機は、介助器具としては歩行能力を完全には喪失していない人向けになると思うのだけど、杖でも支えでもあれば歩けるという人にとって、「自分の力で立って歩きたい」という気持ちは非常に強く、ギリギリまで車椅子やシニアカーのお世話にはなりたくないらしい。身体を預ければ楽になるのはわかっているけど、預けてしまえばもう自分では立てなくなるのではないか*4、という不安からくるものだろうとも思う。
上述しているように、ホンダの試作機は本人の筋肉を使わせた上で、過度の負担になる部分の体重を、装置が引き受けるという性格のものだ。移動を完全に委ねる車輪は歩行能力に取って代わるものだが、歩行補助機はあくまで「歩こう」という意志を支援するものだ。
二足歩行は人間に多くの進化と利点をもたらしたが、それを維持していくことは本当に難しい。それをしたいという意志を支える機械という意味で、この装置の持つ意義はとても大きいと思うし、早く商品化してほしい。国は開発支援をしてほしいし、導入への補助金はこういうところに使ってほしい。


仮に補助金なしで販売されるとして、価格としていくらくらいになるかをちょっと想像してみた。
参考にできるものがあまりないのだが、例えばサイバーダインの歩行補助機「HAL」の場合、両足用をリースすると月額で22万掛かるらしい。
http://www.akihabaranews.com/jp/news_details.php?id=16999
ASIMOの価格は1億とも2億とも言われているが、これはほぼワンオフに近い非量産機であることを考えれば致し方ない。ASIMOはF1マシンみたいなものだからだ。
生産コスト、開発費用の上乗せというところを考えると幾ら付けてくるのか想像が付かないので、需要のある側が出せる金額というところから考えてみる。
恐らく登場当初は最低でも軽自動車か普通乗用車なみの値段が付くのではないかと思う。120万〜200万の間で登場すれば御の字。もっと高いだろうとも思うけど、月間生産台数100〜1000台くらいでロールアウトするなら、500万以下でなければ商売にならんだろう、とか。
軽自動車の月間販売台数が11万台くらい*5らしいのだが、月間生産台数が2000〜5000台、初年度10000〜50000台とかであれば軽自動車なみの価格で売れないかなー、とか。
バイクの生産台数はこのところ下がりっぱなしで、自動二輪車という省エネルギー*6な移動手段は駆逐されつつある*7のだけど、2007年辺りで原付・51cc以上込み込みで年間およそ170万台くらいらしい。内、原付が30万台前後。
この歩行補助機は「免許の必要な乗り物」ではないけれども、位置づけとしては原付とどっこいくらいだとすれば、月間1000〜5000台くらい出るなら原付と同じ15〜25万円くらいでは無理だろか。
2004年あたりからの福祉車両シニアカー)の市場規模は4万4000台弱で横這い。http://www.fukushi.com/news/2007/08/070829-a.html
この数字を念頭に置くと商売としてはかなり厳しく見えるのだが、シニアカーには屋内用途がないこと、自力歩行を望んでいる(可能なら自分で歩きたい、という需要が歩行力喪失直前の人にはそれなりにある)需要があることを考えれば、今回の歩行補助機はシニアカーと杖・松葉杖の間に入る装置として、需要があるんじゃないか、とも思う。これから老人増えるし。
その辺りを加味してシニアカーの一般的な価格(補助金を用いないとして)20〜30万円台での登場が期待されるかなー、と思う。


僕の身内にも、両膝に人工関節が入ってて足腰弱いのに出歩きたくてしょうがない元気者の老人がいるわけだが、もしこういう装置が手の届く範囲で発売されたら、とても嬉しいことだと思う。
本体価格20万くらいだったら迷わず買っちゃいそう。僕が。
ほんで、親を半サイボーグ化。

*1:電磁波吸収技術というのは、日本の中小企業がテレビ電波の受信障害を回避させるため橋に塗る塗料として作ったのが始まり、というような話を昔何かで読んだ。メタルカラーの時代だったかなあ

*2:確かエイリアン2みたいな外骨格型で。

*3:産業用ロボットはアメリカ原産なのだが、開発当初のアメリカでは「労働者の仕事を奪う」という反発から、現場への導入はあまり進まなかったらしい。日本ではそうしたロボットが導入されることへの抵抗感はあまりなかったらしい。お国柄の差かもしれない。

*4:そしてそれらを常用すれば筋肉は使われなくなるので当然足腰の衰えは進み、自力では立てなくなる

*5:2008年10月速報

*6:自動車に比べて

*7:CO2排出量の問題もあるだろうし、騒音、事故なども言われているけれども、運搬車両ではなくコミューターとして考えるなら、バイクは車より優れている点が多いと思う。