天皇カードを考える(2)

次に政治的な話。


小沢一郎は、権威者としての天皇が、個人としての私的な意志発言ができないこと(禁じられていること)をいいことに、「陛下はOKというの違いない」と、天皇陛下の心中を代弁した。
この天皇陛下の心中を当人ではないものが勝手に代弁することで、天皇陛下の私的意志を裏付ける、承認の根拠にする、ということは、つまり「天皇の裁可を得た(証明不能)」「天皇の指示を代行している(証明不能)」ということになるわけで、それこそ【天皇の政治利用】そのものと言える。
政治家個人の私的な政治主張(内閣が政権公約にないことを議会の承認を得ずにする場合、それは国民の付託を受けた主張とは言えない)を裏付けるために、「自発的な意志の発露を禁じられている天皇陛下の心中」を代弁するというのは、それこそ天皇陛下の政治利用そのものではないのかと思う。
加えて、この「天皇の内心を自分に都合よく代弁する」というのは、日本が道を誤った最大の分水稜でもあった、統帥権干犯問題とも重なる。
「内閣が軍部に命令を下すのは、天皇陛下統帥権を干犯している」というのは、軍を政治から乖離させ、直接下命する機会がなかった天皇陛下の心中を、当事者以外が勝手に推察、代弁する、という行為を日常化させた。
小沢が今回行った「天皇陛下の心中を勝手に代弁する」というのはまさにこれに当たり、政治の暴走の象徴と言えよう。
ちなみに、この昭和の大失政・統帥権干犯問題というのは、時の与党から政権を奪うために、鳩山由紀夫の祖父・鳩山一郎が仕掛けた政局に利用されたもの。
この「天皇陛下の心中を勝手に代弁する」という行為の危険性を解消するため、天皇陛下の政治への不干渉とそれを裏付けるために、政治的干渉に結びつきかねないご自身の意志を自ら発露されない、という不文律ができた。
天皇制そのものに対する批判や皇室の継承問題といった、天皇陛下ご本人が深く関わる問題にすら発言が許されないという現在の空気ができたのもそうした流れからで、その原因は鳩山由紀夫の祖父が作ったとも言える。その意味で、鳩山政権とその政権下の幹事長による平成の統帥権干犯問題とも言えそうな今回の舌禍は、皮肉というより他になかろうと思う。


実際、自民党がやったら当時幹事長の解任どころか解党的批判の大合唱になっていただろう。*1


権威の順位で言ったら遙かに下位にある「与党幹事長」が、権力上も本来なら上位に当たる「与党代表・政府代表(総理大臣)」を超越して、権威の最上級者の動向を決めることができてしまう、というのが、現在の民主党政権の全ての問題を体現していると言える。
与党幹事長は内閣の人間ではなく、役職上は政府の人間ではない。
与党の幹事長は、与党の代表者でもない。幹事長職は「選挙と政治に必要な金とその配分の優先権を持つ」という、いわば番頭に過ぎない。
その番頭がここまでの強い権力を持つ、事実上の最高権力者のような振る舞いができる理由はといえば、これはひとえに、与党幹事長を解任する権限が首相にないからではないかと思う。
もちろん、職能上はあるのだろうが、強い態度で解任を迫りそれを幹事長が受け入れる、ということが起こりえない。

例えば、今鳩山が小沢に幹事長辞任を迫ったら、小沢は、
「自分を解任するなら、党を割る。小沢チルドレンを全て引き連れて、自民と連立する」
と切り返せばよい。過去に小沢は自民を割り、新進党を割り、自由党を割ってきた。*2
衆院では圧倒的多数を持つ民主だが、参院単独過半数ではない。
小沢が党を割ると言えば、小沢が勝たせた大多数の小沢チルドレンは、それについて行かざるを得ない。
なぜなら、2007年の参院選、2009年の衆院選で当選した「フレッシュな若手」とか「旧来の現職を破った新人」と言われる政治家のほとんどは、自前のカバン*3がないものがほとんどだからだ。


これまで、政治家の多くは「地域の企業、企業体、地域の有力者、地域の何らかの組織」の支援を得て、その代弁者として議会に送り込まれてきた。これは日本が議会政治を始めた明治の時代から変わらない。
普通選挙が行われる以前の初期の選挙は、一定以上の税金を納めることができる資産家でなければ投票権がなかったことからも、政治というのは「利益の配分調整」のためにあるものだ、ということが再確認できる。
これは時代が下っても変わらず、「衝突する利益の配分」が政治が必要な基本的な理由であると断言していい。
故に、いつの時代でも政治家というのは衝突する利益の代弁者、調整者であることが、それぞれの地域の有力者・有力組織から望まれた。有力組織や有力個人ではない場合も、そうした有力者から「仕事をもらって暮らしている」というピラミッド構図があるわけで、下から上への要望が、最終的に「代弁者」を経て中央議会へ進む、という形が変わるわけではない。


が、政治資金を幹事長が握り、マニフェストがあれば政治家個人の調整力は不要な小選挙区選挙では、自前のカバン=支援基盤と政治資金の供与者がいなくても、候補、政治家になれる。
ただしそれは、幹事長に絶対服従、自発意志の発露なし、という条件をのむことができるのならば、ということでもある。
つまり、今の民主党の「多数議席」をしめる小沢チルドレンというのは、小沢からの政治資金の配分がなければ、自力で政治活動が一切行えない、ひ弱な政治基盤しか持たないわけで、まさに小沢に命脈を握られた政治的奴隷でしかない。
このように、全ての権力が幹事長に集中し、幹事長の気持ちひとつで首相の意志を束縛することもでき、その幹事長は行政上の責任は一切負わない。
解任しようとすれば、与党の地位を人質に脅すことも可能なわけで、民主党は与党になりたいという欲望を焦って、恐るべき脅迫者に最高権力を与えてしまった、といえる。


鳩山が辞職して他の誰かが首相になったとしても、小沢が幹事長である限り、この図式は変わらない。民主党の人間は、誰も小沢を幹事長以外にすることはできないし、小沢のいいなりになるしかない。


この小沢の「党を割って自民と組むぞ」というのが明言されることはないだろうが、「そうするかもしれない、きっとそうするに違いない」と、小沢と相対する人間が思いこめば、小沢当人が断言しなくても同じ効能を発揮する。
斯くして、「自民と連立するかもしれない小沢」を、しかも同時に最大の味方として貼り付けておかなければならないというジレンマが、民主党執行部にはあるわけだ。
この「党を割って自民と連立するぞ」という小沢の脅しは、実はこれを逆手に取ることはできる。
小沢と手を切る側こそが先に、「小沢が党を割るなら、我々こそが自民と連立するぞ」と宣言してしまえばいい。現状の自民は衆院議席数で民主の1/3程度。参院議席数では過半数割れしてはいるものの、民主とそうは差がない。小沢が党を割ろうがどうしようが、割っただけではどちらも第一党を維持できないわけで、「割った上で、最大野党と手を組む」ことができた側が与党を維持できる。
小沢による「党を割るぞ」という脅しは、小沢が自民といつでも合流する気があり、また自民は小沢を受け入れるだろう、という前提、思いこみがあるが故に成立する脅しでもある。自民は小沢に何度となく煮え湯を飲まされているわけで、その上でなお連立の申し出があったら小沢と組むだろうか。第一党に返り咲くためなら、小沢とだって組む、と思っているのか。
そして、小沢自身は「自分が組むと言えば、相手は平身低頭して希ってくる」と信じているのだろうか。


過去に、実際に小沢が「してやられた」ケースはあった。
かつて、自民党自由党公明党の3党が、自自公連立と呼ばれる連立体制を取っていたことがあった。
このとき、与党内にあった小沢は、与党からの自由党連立離脱を楯に与党への揺さぶりをかけ、実際に連立から離脱しようとしたのだが、大多数の自由党所属議員は小沢一郎に付いていかなかった。*4
クーデターを仕掛けたら、自分が少数派でした、というケース。
その後流浪した小沢は民主党に合流、民主を乗っ取るに至るわけなのだが、このときの失敗から得た教訓が、「議員は兵隊、給料は自分が抑え、議員に独自の基盤・看板・カバン・思考力を与えない」ということだろうとは思う。
小沢幹事長に同意しなければ、徹底的に冷遇するという恐怖政治が行われていることも、このときの経験から得た党内政治方法と言えるだろう。
地位的には最上位ではないにも関わらず、職責上自分の上位に当たる首相・内閣や、それを超えた権威者である天皇陛下にまで、自由に干渉できる……。


何かに似てるな、と思った。
二次大戦で言えば、陸海軍の青年将校たち。
当時、軍部の暴走が大陸での戦線を不要に拡大させ*5主戦論が前面に出たことが事態を悪化させた。
彼ら、「青年将校」の多くは勲功を競って戦線を拡大させようとし、なおかつ「よかれと思って」上官に自身の作戦・戦略を上奏した。
そうした青年将校の暴走を上官が押さえきれなかったのは、失敗した「昭和維新」とされる、5.15事件、2.26事件などがその背景にある。
どちらもクーデターとしては失敗しているが、内閣が襲撃され、陸海軍大臣もその兇刃に襲われている。陸海軍のトップと言えども、軍の青年将校に暗殺される可能性が高いことが示された。2.26事件では実行部隊に対しては国民的な同情も寄せられ*6、その後の青年将校は「いざとなったら2.26のようにならないとも限らない」と、上官を脅すことができるようになった。あからさまに「どうなっても知らないぞ」と脅す将校は少数派だっただろうけど*7、「あいつらはまたやらかすに違いない」と上官側、内閣側が思えば、それだけで青年将校たちの思惑は通りやすくなる。2.26事件はそうした青年将校の暴走の後押し、裏付けになっていた。
「小沢を怒らせると、また何かやらかすに違いない」「政治的なクーデターを起こされるに違いない」という恐怖心が、小沢という青年将校の暴走を看過させることになっている、というわけだ。


この図式は別に5.15/2.26事件がオリジナルというわけでもなくて、征韓論あたりで西郷を焚きつけた青年士族に原本を見ることもできるし、同じく青年武士が主役となって藩主を焚きつけた明治維新に見ることもできる。
いずれも、「部下に殺される危険性」を予見した上司は、保身のために部下の意見を採用せざるを得ない。
「自分はどうかと思うんですが、若いものが言うことを聞かないので」
というのは、ヤクザ映画などではテンプレといっていいような台詞なのだが、組織政治の世界はこれとまったく同じで、「No.3以下あたりの順位にいて、自分自身はNo.1を望まない者がクーデターをちらつかせる」というのが、一番やっかいなのだった。
その点、幹事長職を選び、内閣に入らなかった小沢は、まさに「外閣総理内臣」として内閣を無効化できる最高権力を閣外に構築したのだ、と言える。権力簒奪としては見事と言えるだろう。
小沢の理論から言えば、天皇陛下という自分より上位の権威者を廃嫡してしまうのではなく、上位として維持したまま、「下から操作すればよい」わけだ。
それが今回のエントリである「天皇カード」と繋がる。


まだ本題にいきませんorz
でもATOKの慣熟は少しは進んだ。

*1:麻生前総理が、そのものズバリなことをコメントしてたw

*2:よく言われる「剛腕」は、自分の所属政党を真っ二つに叩き割ることを揶揄したものとして発生した二つ名であって、元々はどちらかというと悪名であった。

*3:政治資金

*4:このとき小沢に付いていったのが藤井裕久財務大臣で、今の地位は報償的なものと言われる所以はここにある

*5:それによって拡大しすぎた戦線を維持しきれなくなった

*6:それを煽ったのが当時の新聞で、今も昔も新聞はセンセーショナルな記事を「売る」ために書く

*7:辻政信あたりはやっていても不思議はない