関門海峡衝突事故

昨夜、九州北部の海の難所・関門海峡で、長崎佐世保基地海上自衛隊第二護衛隊群所属の護衛艦「くらま」と韓国の海運会社南星海運所属(韓国船籍)の民間コンテナ船「カリナスター」*1が衝突、双方が炎上した模様。*2

護衛艦韓国籍民間船が衝突、炎上 関門海峡で - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/affairs/disaster/091027/dst0910272038012-n1.htm
asahi.com朝日新聞社):海自護衛艦と貨物船衝突、炎上し3人けが 関門海峡 - 社会
http://www.asahi.com/national/update/1027/TKY200910270381.html
時事ドットコム:乗組員から事情聴取=護衛艦「くらま」を現場検証−関門海峡の衝突事故・門司海保
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc&k=2009102800073&m=rss

昨夜の時点では詳報がなくて状況がよくわからなかったのだが、一夜明けてみたらぽろぽろと状況が見えてきた様子なのでメモ。

事故の状況

まず事故の概況をわかっている範囲で整理。

  • 事故発生場所は、関門海峡の東側にある関門橋のほぼ直下(やや東側)
  • 事故発生時刻は、19時56分頃
  • 事故当時の天候は快晴、ただし微粒子が浮遊する「煙霧」状態で視界は2〜3キロだったが、前方視界は良好
  • 「カリナスター」は西側から瀬戸内海へ向けて東進中、「くらま」は東側の瀬戸内海から佐世保へ向けて西進中。双方の艦船はそれぞれ右側通行で航行していた
  • 「カリナスター」は関門海峡内(関門橋直近)で前方の船を追いこそうとして前に出た
  • このとき、「カリナスター」船長は正面から「くらま」が航行してきていることを認識していた
  • 「カリナスター」は「くらま」の航路を塞ぐ形で「くらま」の前に出てきた
  • 回避運動として「くらま」は右に、「カリナスター」は左に舵を切った
  • 「くらま」と「カリナスター」はそれぞれ対向する形でほぼ正面衝突
  • 「カリナスター」の船首右舷側に「くらま」による衝突痕がある(カリナスターが左に舵を切ったことの証左で、そこに右舵を切ったくらまが衝突した)
  • 「カリナスター」の火災は積み荷のコンテナに引火したもので、事故発生の40分後に鎮火
  • 「くらま」の火災は船首部分の防錆用ペンキの貯蔵庫に引火したもので、28日零時頃に鎮火

事故対応

概況からすると、「カリナスター」側に3つの瑕疵がある。

まず、関門海峡は世界でも有数、国内最難と言われるほどの海の難所で、航行可能海域の幅が非常に狭い。
その上、欧州・中東・アジア全般からの重要航路でもあって、西から瀬戸内海を経て西日本(神戸、大阪、名古屋)、東日本(横浜、東京)へ向かう貨物船舶など、交通量が非常に多い、船舶渋滞海域でもある。
このため、関門海峡内は「追い越し禁止」を設定された箇所が多く存在する。特にこの関門橋関門海峡内でも最も狭い場所に架橋されているため、関門橋の周辺での追い越しは港則でも厳禁とされている。
関門海峡往来の多い日本向け貨物を運ぶ船長であれば、常識であるはずなのだが、カリナスターの船長はこの禁止事項を無視して、関門海峡内、関門橋直近で追いこしをかけた。これがひとつめの瑕疵。


次に、「カリナスター」の韓国人船長は、正面から「くらま」が接近してきていることを認識していた。
追い越しをかけるにあたって、「前からは来ない!いまのうち!」というのならわかるが、来ているのが見えているのに追い越しをかけようとした=「くらま」の航路を塞ぐ形になることを自覚していた、というのは、「カリナスター」側の明確な瑕疵に当たる。


証言には「くらまが見えていたから、早めに舵を切った」とある。
分かりやすく言うと「カリナスター」は追い越しの際に、センターラインを割って対向車線に出たが、正面に対向車がいてぶつかりそうだったので、慌ててに舵を切った――ということ。
海事法というか、国際的な海上規則として「正面衝突を避けるための回避運動は、必ず右に舵を切ること」というのがある。これは、「あたご」やその他の海事事件でもしばしば引き合いに出る話で、双方が右に舵を切れば衝突は避けられるが、双方がそれぞれ別方向に舵を切ったら衝突が避けられない。咄嗟にどちらに切るかの申し合わせをすることはできないから、緊急事態では必ず右に切る、と決められている。これは日本の国内法の話ではなく、国際基準である。
「カリナスター」の右舷に「くらま」が衝突した痕があることから、「カリナスター」は左に舵を切り、「くらま」は右に舵を切って、結果的に「くらま」が「カリナスター」の右舷に衝突した、ということになる。

自動車事故では「衝突した側が悪い」ということで「くらま」側が悪いことになってしまうのだが、船舶同士の事故では「逆方向に回避したほうが悪い」ということになるので、この点で言うと、

  • 禁止されている追い越しをした
  • 対向船舶が見えているのに気付いていたのに航路を塞いだ
  • 逆方向に舵を切った

と、「カリナスター」に全面的な非があると言える。
仮に強いて「くらま」側の非を探すとしたら、「カリナスター」は7401トン、「くらま」は5200トンなので、「くらま」のほうが小さい。艦船は大質量なので慣性の法則が働き、自動車のような急制動が利かない。そのため、重い船(大きな船)と軽い船(小さな船)が衝突の危機にある場合は、軽い船(小さな船)側が回避すべきである、というもの。
護衛艦「あたご」と漁船が衝突したときにも出た話題だが、これを当てはめるなら、より小さい「くらま」が避けなかったのが悪い、ということも言えようが、それを言うのはかなり理不尽な強弁である。



非常に分かりやすい解説図が出ていたwので、早速引用。
「カリナスター」は前の船舶を追いこそうとして「くらま」側の航路にはみ出していたわけだが、なぜ右に舵を切らなかったのか(つまり、元の航路に戻る挙動を取らなかったのか)について言えば、「戻ろうにも追い越しをかけていた最中だったので、戻りたい場所に追いこそうとした船舶がいた(或いは、追い越し船舶に衝突されそうだった)ため、右に舵を切ることができず、左に舵を切った」という可能性が指摘されている。
なるほど、こりゃ「カリナスター」は左に舵を切るしかなかった……んだろうけど、そうなった原因も「カリナスター」自身の違法な追い越し行為と航路はみ出しにあったわけで、これを持って「カリナスター」の左転進を擁護するのは難しすぎる。

今後の展開(の予想)

まず、法律上の処理について。
日本の領海内での事故なので、海事審判は日本の法律の下で行われる。
上述の状況に間違いがなければ、恐らく「くらま」側の勝訴、「カリナスター」側は海運会社に賠償命令が出る形で決着すると思われる。
ただし、「くらま」の修理に必要な賠償額は民間コンテナ船の修理費を大きく上回る可能性がある。「カリナスター」を所有する南星海運も保険には入っているはずだから、それらの賠償金は保険から支払われるだろうが、金額の規模によっては南星海運が保険会社から支払拒否される可能性・それによって破産してしまい踏み倒される可能性が残る。

海上自衛隊側の処理について。
もし賠償金が支払われなかった場合(修理費が出ないとき)、そして修理の為の予算が通らない場合、「くらま」は廃船として退役になる可能性がある。そうなると、海自第二護衛隊群は規定の配備艦船数を維持することが難しくなる。*3
「くらま」は70年代に就役した古い船なので、廃艦になった場合は同級艦の補充は難しい。海自は「くらま」より大型の新型のヘリ運用護衛艦(DDH22)の三番艦の取得を目指しているところだが、DDH22の取得を先延ばしして、「くらま」級の艦船の取得を優先する、というのは考えにくい*4ので、「くらま」喪失の場合は、そのまま欠損状態ということになる。

また、今回の事故から戦訓を得るとしたら、
「衝突の際、火災が起こる可能性があるのだから、船首に可燃物(ペンキ缶)の貯蔵庫を置くな」
くらいだろうか。
夜間航行の危険性に対する戦訓は「あたご」以前も以後もあるはずだし、対抗船舶の船長が何人か、なんてことを事前に知って警戒の高度を上げ下げするなんてことは無意味だ。
そもそも関門海峡はそうした接触事故が多発する場所でもあり、警戒を怠っていた可能性はむしろ低い。*5

韓国側の反応

  • 事故当初の「カリナスター」船長の証言「くらまは見えていたが、前を行く船を追いこそうとして左に舵を切った」
  • カリナスター船主の南星海運次長「右に進もうとしたら関門管制室*6から左に進めと指示があったので従った」*7
  • カリナスター船主の南星海運担当者*8「当初、右側から追いこしをかけようとしていたところ、関門管制室から「左から追いこせ」と指示があり*9、それに従った」*10
  • 海上保安庁は「(追い越し指示など)そんな指示は出していない」と一蹴*11


ぶっちゃけ、「指示を出した管制が悪い。指示に従っただけで自分達は悪くない」という対応か。
ともあれ、この「関門カーチスからの指示」が実際にあったと想定してと、以下のようになる。

  1. 小型船を追いこすため、関門橋付近で「カリナスター」が【右側】から追い越しをかけようとした*12
  2. 当然、追い越し禁止海域であるので、それを察知した関門カーチスから「左に行け=右側からの追い越しをやめて船列(元の航路)に戻れ」という指示が出る
  3. 「カリナスター」船長は「右からの追い越しではなく、左からの追い越しを指示された」と勘違いして*13、左側(「くらま」の正面)に出た
  4. 「くらま」は回避行動として右へ舵を切る
  5. 「カリナスター」は追い越しのために左に舵を切っていたので、そのまま左に切り続ける回避行動を取ろうとした*14
  6. 「くらま」は推進力を逆転して制動をかけようとした
  7. 左に舵を切った「カリナスター」は「くらま」の進路を塞ぐ形になり、「くらま」はカリナスターに船首から衝突

こうすると、関門カーチスの指示が悪かった、という感じで今度は事故原因が海上保安庁に押しつけられることになる。どちらにせよ、発端が「追い越し禁止海域で小型船舶を追いこそうとした」という一点から始まっていることに変わりはない。

マスコミの扱い(の予想)

マスコミによる本格的な報道と解説と「批判」はこれから出てくるだろうから、今の時点では予想ということで。でも多分当たるよw

  • 海上自衛隊の怠慢が事故を引き起こした
  • 観艦式を終えて気の緩みがあったのではないか
  • 海自側「くらま」のほうが軽量艦なのだから、「くらま」に回避義務があったはずだ*15
  • 関門海峡の航行船舶の数が多すぎることが問題だ。少しでも減らすために海自は航行を遠慮すべきだ*16
  • 関門海峡の航行船舶の数が(ry)民間船舶の航行を優先させて、海自は鹿児島回りで戻るべきだった*17
  • 「あたご」の事故の教訓が生かされていない*18
  • 関門マーチス*19の怠慢が事故を引き起こした*20
  • 「カリナスター」に「くらま」が衝突したのだから「くらま」が悪い*21
  • 海自側が融通を利かせて左に舵を切れば回避できた*22
  • 「あたご」でもそうだったが、民間船舶と衝突したくらいでこれほどの被害を受けるなど、軍用艦船としての護衛艦の信頼性は低すぎるのではないか*23


今回の事故で、
「追い越し禁止海域での追い越し」
「前方不注意の偶発事故ではなく、カリナスター側の危険認識がされていた確信行為だった」
「カリナスターの回避方向が左だった」
についてきちんと触れてカリナスターの瑕疵を指摘しないコメンテーターや解説者の説明は信用しなくていいと思う。
時事通信の記事「くらまが左(対向航路、或いは海路の中央付近)に寄りすぎていなかったか」という指摘。何が何でも「くらま」の責任を追及したいのか。

政府の対応(の予想)

形としては、国有艦船*24と他国の民間船舶との海難審判ということになる。恐らくは勝訴できる審判だが、状況情報や審判結果が出る前の時点で防衛大臣が「事故を起こしてすみません」といきなり謝罪しちゃってるorz
坂本龍馬の昔から、海難審判では「自己の正当性」を徹底的に主張したほうが有利になるものでもあるわけで、今回の事故では海自側=国民の財産の損傷が大きいわけだから、それを補う賠償金はきっちり取らなくてはいけないわけなのだが、政府は友愛的判断から、

  • 韓国とコトを構えないために、賠償請求を遠慮する
  • 海自の責任を追及するために、カリナスターを必要以上に責めない

という判断を下す可能性がある。
また、民主党と連立与党を組む社民党の意向からすれば、「護衛艦が事故を起こすなど論外」だし「喪失艦を補うなど論外」だし「他国艦船に護衛艦が迷惑をかけた*25など論外」だし「賠償金を受け取るなど論外」……orz
ということになるので、「くらま」を喪失除籍した場合、そのまま補充なし、責任追及のため海自の新造艦取得要求は予算減のために却下されて、DDH22の取得も先送り、ますます人手と予算がかつかつになった海自は、さらなる事故の回避が難しくなり……という負のスパイラルに……orz


実際のところ、安全保障のための投資というのは「いざというときに備える先行投資」であるわけで、できれば使わずに済む、無駄に終わることが望ましいものでもある。自衛隊の維持、艦船・航空機・陸上装備などの取得や維持なども同様だ。
では、無駄になるものだからどんどん廃棄していい、持たなくても問題ないのかと言えば、そういうこと言う人は、自宅には絶対に鍵をかけず、現金は外から見えるベランダに剥き出しで放置、外出時はパンツ穿かずにミニスカートで、真夜中の北池袋あたりを一人歩きしてみりゃいい、とか思う。


ただ、政府としては95兆円に膨れあがった22年度予算をどうにか圧縮するために、削れる口実にはなんでも飛びつきたいところだろうから、ここへきて「くらま」の修理や再補充に金を掛けたくない、という気持ちは強い。
 →だから何としてでも賠償金を取る
 →だから何としてでも艦船を補充しない
というふたつの選択肢があるわけだが、「韓国と事を構えない」「友愛の精神で」という重石と「予算を増やさない」という鎖があるとしたら、結局「この際だから護衛艦を減らす」「韓国からは金を取らない」という選択がなされ、西日本の海の守りが薄くなるけどそれは国民が我慢してね、という結論に落ち着いて行きそうなきがする。


何しろ、現民主党政権にあっては、首相は北海道選出。民主幹事長は岩手選出。どちらも北の人々である。
西、特に中国北朝鮮韓国など、海上からの軍事的圧迫を実感できているかどうか、かなり怪しい。


どちらにせよ、「もらい事故で泣きっ面に蜂」な展開に続くのではないかと思うと、暗澹たる気持ちになる。




PS.
そうそう。該当艦である「くらま」は、観艦式で菅直人副総理が乗船した艦だそうで。
本業的には「やっぱりね」と納得せんでもない。

*1:座乗していた船長は韓国人

*2:一夜明けて既に鎮火。

*3:海外派遣などで艦艇を捻出していること、海自は陸自や空自と比べても、慢性的に人手が足りないため

*4:優先度としてはDDH22のほうが喫緊

*5:もし「くらま」側の警戒が低い状態が起こり得るとしたら、「警戒監視員の人手不足→人員補充による解消」か、「無人でも警戒できる装置の補充」でしか解決できないと思うけど、どちらも予算が掛かる。また、今回のケースでは警戒していて気付いて「くらま」は回避行動を取っているが、相手が逆舵を切ってる以上、これ以上「くらま」にはどうしようもない。

*6:関門マーチス

*7:http://kita.kitaa.net/10/s/10mai332057.jpg

*8:次長とは別人

*9:http://www.rkb.ne.jp/jnn_news/media/DT20091028_130002/4269241.html

*10:http://tvde.web.infoseek.co.jp/cgi-bin/jlab-dat/s/513031.jpg

*11:http://kita.kitaa.net/10/s/10mai332058.jpg そもそも追い越ししちゃいけない海域で、関門マーチスが「追い越し方法について個別に指示を出す」ということそのものがあり得ない。

*12:間違い

*13:大間違い

*14:巨大間違い

*15:これは前述した「むりやり擁護するなら」の突破口

*16:無茶Death!

*17:余計な燃料代が嵩みます!

*18:発生条件は「夜間の事故」「一方が護衛艦」ということ以外に共通点がまったくなく、状況もまったく違う事故です

*19:関門海峡海上交通センター。海の交通整理屋さんです

*20:これは無理というか言いがかりです。マーチスがそれぞれの船舶の航行を自動制御しているわけではなく、管制塔と同じで位置確認をしているに過ぎません。密集地域で追い越しをかけ、位置が混乱すりゃマーチスはお手上げです

*21:これは先の「自動車事故」に準えた誤解です

*22:国際法をイチから勉強し直してからきやがれです

*23:これは気持ちはわかりますが、ガンボートに突入されたアメリカの艦船も、どてっぱらに穴が空くほどの被害を負っています。爆撃・砲撃への耐久力を前提に装甲を頑丈に作られていた昔の軍艦と、直撃弾を受けないようにするためにイージスシステムと対空砲火を充実させている現代の軍艦とでは設計思想がそもそも異なるうえ、テロや事故は運用上の想定外です(´・ω・`)

*24:海上自衛隊護衛艦は国民の財産です

*25:この時点で迷惑をかけられているのは護衛艦のほうですが、福島瑞穂の脳内では、たぶんこのように変換されます