イルカの調理方法

ずいぶん前にも何度か書いてるんだけど、改めてイルカの調理方法について。
ネットで検索するとイルカの調理、料理、イルカ食体験などについてのレビューがだいぶ増えたが、「まずかった」「おいしくなかった」「無理して食べることはない」という意見ばかりが目に付くので、改めて「おいしいイルカの食べ方」などを。
うちのお袋直伝のお袋の味的、「イルカの煮込み」です。

イルカの油はなぜ臭い?

イルカというのは海棲哺乳類であるわけなのだが、その餌はイカ、アジ、イワシ、サバなどなどの青魚類、などなど。海鳥を襲って食う、という話をちらっと聞いたことがあるけど、それは一般的なメインディナーではないと思われる。でも、共食いすることもあるらしい、ってな話を聞いたこともあるなあ。
基本的には、イルカが食べるのは魚。
それも、我々人間が「奥さん安いよー」と言われて買うものと何ら変わりない。
が、この「魚を食べる生き物の肉」というのは大層臭いのが通例で、生臭いというか、磯臭いというか、魚臭いw


この魚の油脂を摂取したイルカは、それを皮に近い脂肪部分にため込む。この脂肪は、運動エネルギーの元になる*1と同時に、哺乳類であるイルカの体温が海中に逃げていかないようにするための、防寒用でもある。
この油分がまた、魚というか「海の生き物」特有の油であるわけで(低温でも固形化しない)、臭い。


余談だが、怪談「化け猫」にも登場する行灯の油というのは、魚油であったのだそうで、菜種油は高価なので鰯などの油を絞って行灯に使い、絞った後の鰯は畑の肥料にしていた。この油が「鰯の脂」「魚の脂」であったが故に、「猫が行灯の油をなめに来る」という描写に繋がる。
そして、魚油を使った行灯というのはとんでもなく臭いものだったようで、行灯に魚油を入れて燃やした江戸時代の家は、どこも「鰯を焼いた後のような臭い」が染みついていたんじゃないかなあ、と思うw

イルカの血はなぜ臭い?

そして、海棲哺乳類というのは全身運動で泳ぐ。常にバタフライみたいなものなので、絶えず全身に血液・酸素を巡らせる必要があることから、血液中のヘモグロビン量がだいぶ多いらしい。
要するに血生臭い肉質なわけだ。


イルカ以外で我々が目にする機会がある、血生臭い肉といえば。
手っ取り早いのはレバーだと思うのだが、イルカ肉というのは全身レバーというか、精肉(筋肉)もレバーなみに血が滴っている。*2
生のイルカ肉をこう片手で持つと、指の間から血がしたたり落ちるってくらい血が多い。
なので、そのまま料理を始めてしまうのは間違い。

下拵え:血抜き

レバーの調理方法の基本の基本は、「血抜き」「臭い抜き」。
レバーも「あの独特の臭いがダメ」という人が多いが、レバーの臭いというのも血の臭いなんですな。
では、レバーでは血と臭いを抜くのにどうしているかというと、牛乳に浸したり、何度も水替えをしたり、といった手順を踏む。
イルカの精肉もこれと同じように、まず最初に血抜きをしなくちゃならない。


この血抜きの方法としては、ごく普通に流水に浸す方法を採っていた。
時間が掛かるので、イルカ肉は血抜きを始める時点で食べるときの大きさにまで小さく切ってしまう。薄切りにしたほうが血抜きも効率よく進むので、精肉は1cm以下、皮は2〜3mm以下にスライス。煮込みでは骨付き肉を使う場合があるのだが、これはたぶん豚肉で言うとスペアリブみたいなもんで、あばら骨だと思われる。これも食べるのに邪魔にならない大きさに切る。*3
それらを鍋底に沈めて、何度も水替えしながら血抜きをする。

下拵え:下煮

豚肉のブロックを使ってトンポーローを作った経験のある人は……まあ、本格的なのをやったことがある人は少ないだろうから、ポークカレーくらいの話をするが、豚肉のブロックというのも、ちゃんとやるなら下煮をしっかりやるのが基本。ゆでこぼし、という奴だ。
イルカの場合も同様で、血抜きをしっかりやった後のイルカ肉は、水から茹でてゆでこぼす。
このへんは豚肉と同じで、茹でるとアク=血と脂肪が浮いてくるので、茹でたら肉を水洗い。アクが取れたら、それをまた水から茹でる。
これを繰り返すのだが、うちのお袋は確か「4〜5時間は下ゆでをする」と言ってたと思う。


水から茹でて洗って茹でて洗って、とにかくイルカは手間が掛かるので、親父が魚河岸からイルカを貰ってくると、お袋は大層嫌な顔をした。「面倒くさい」とw
ただ、親父も自分で煮るのは嫌なんだけどイルカは好物で、また僕ら兄弟も大好物だったので、冬になると食卓にはしばしばイルカ煮が出た。
今もイルカが手に入るとお袋が煮たものが実家から送られてきたり、イルカのついでに両親が上京してきたりする。イルカ優先w

副材料

イルカの煮込みでは、副材料として根菜が入る。
人参、ゴボウ、こんにゃくなど。つまり、味が染みる材料を使うわけなのだが、これはイルカの臭みを取るため。つまり、あれだけ下拵えしても、まだ臭みが残っているわけでw、イルカ料理というのは徹底して臭みを取るための工夫の積み重ねであると言える。
人参、ゴボウは乱切りでやや小さめに。一応煮込みなので、あまり小さくスライスすると煮崩れてしまうため。
こんにゃくは手でちぎり、切断面を多くすることで、味が染みる&臭い取りに。


この根菜類は、完成したときには元の味はほとんどなくなって、それぞれ「歯ごたえが違うが味は全部同じ」になる。
「どれ食ってもイルカ。歯ごたえは違うけどイルカ」という感じ。

煮込み

血抜き、下煮して水洗いが済んだイルカ肉を鍋に入れ、下拵えした根菜類も入れる。これに、醤油、砂糖、出し汁を入れて煮込む。できるだけ甘みが強くなるように仕上げる。出し汁は、あってもなくてもいいらしい。入れたところで、どうせすべてイルカ味になってしまうので(^^;)
出汁はイルカからも出る!
根菜類に味がよく染みたところで、最後に味噌を溶き入れる。味噌を入れた後に煮込むと味噌の風味が飛んでしまうので、味噌は最後。これは味噌汁と同じ、味噌の使い方の基本。

完成!

イルカは煮込むことで臭みが消えるので、もっともおいしくイルカを食べる方法は煮込みだと思う。
また、「イルカ肉は固い」という意見についても否定しておきたい。
イルカ肉が固い理由は「血が多いので凝固」「筋肉質なので」だと思うんだけど、ここまで徹底的に血抜きして下煮を繰り返すと、イルカ肉はホロリと骨から外れるほど軟らかくなっている。皮は固いままだけどw それは認める(^^;) だから皮は薄切りするんですよ。コリコリして食べやすいように。
牛肉なんかも火を通すと一度固くなるけど、さらに煮込み続けると柔らかくホロリと繊維が解けるように仕上がるのと同じで、下拵えをしっかりやって、手間暇と時間を掛ければイルカも柔らかく美味しくいただける。イルカ肉が固い、と文句を言うのは、「手抜きをしたから」に過ぎない。
手抜き料理をしておいて、食材のせいにするなど言語道断。


完成直後の暖かいものは臭いが気になったりするかもしれないのでw、さらにこれを冷蔵庫などで冷やすと、煮汁がとろとろになってさらにおいしい。
味はイルカ味。
んー、他に例えようがないのでイルカ味、としか。
ただ、言われているような「臭くて不味い」とか「ゲテモノ」という感じの食い物ではない。じゅっと含んだ甘み、独特の肉の芳香など、徹底的な血抜き・下ゆでをして尚残るイルカ肉の個性が大変おいしい。


世の中にはそのままでは食えないのに、驚くほど入念な下拵えをすることによって、びっくりするほど旨いモノになる、というような食べ物が結構たくさんある。
フカヒレがそうだし、中華食材としての乾貨*4がそう。
鴨肉などは、撃ってから猟小屋に2週間ほど吊して、血が鬱血して肉が熟成するのを待って*5から食べる。
地中海の定番食材であるオリーブの塩漬けなどは、単にオリーブを塩に漬けただけでは食えないそうで、アルカリ性の劇薬であく抜きをした上で、手間暇掛けて作られるのだそう。
人間は、およそ食べられそうにないものを、あれこれ工夫を重ねることでおいしくした。おいしい=食べ物として安全で、食欲をそそり、滋養がある、ということだ。


イルカ食もそうした「固くて臭くて不味い」ものを、あれこれ工夫しておいしくしようとした知恵の積み重ねとして発展してきた。
「初めてナマコを食った人類は尊敬に値する」と思うんだけどw、イルカをおいしく食べる方法を積み重ねてきた人類も、その列に加えて欲しいw

イルカのタレ

実家では確か「醤油干し」と言ってた気がするんだけど、イルカの精肉を醤油漬けして干した、干物がある。
これをコンロやストーブなどで炙って、細く裂いて酒の肴にする。一番近いのはツナピコ。煮込みと違って、こちらは打って変わってイルカの臭みというか匂いが猛烈に濃厚。まさに、「血肉を食らう」といった感じで、弾力のある(固いと言われる所以)精肉を、焼いて細く裂くことで食べやすくする。固い固いと言われても、鮭トバよりは全然柔らかい。炙って熱を通すことで、一層柔らかくなる。
地球上にある酒の肴のうち、日本酒との相性は一〜二を争う。


同様のものが鯨肉でも作られていて、「クジラのタレ」という名前で確か和田の名物でもあった気がする。太平洋湾岸の漁港というのは、ずいぶん大昔から魚の群れを追う漁師同士が海上を伝って交流してきた歴史がある。
駿河湾岸では港事に、もしくは川沿いに方言の共通性が見られたり、また別の地方から来た漁師によって、新たな調理法が持ち込まれたり、持ち出されたり、漁のノウハウが伝播したり、といった具合。
例えば、焼津でも鰹節が生産されるが、これは高知や枕崎などの漁師が黒潮経由wで焼津方面にまで出張ってきていたことの証であるそうで、鯨や「小さい鯨」であるイルカの加工方法なども、そうした太平洋湾岸の漁港伝いに類似のものがあっても何ら不思議ではない。


地方の漁港を意識しなくても内陸でも都心でも魚が食えるようになったこと、牛肉の自由化など肉食生活のコストが大幅に下がったことなどで、イルカ食は注目されなくなった。
沼津港のように、漁港の設備改築で処理施設が縮小してしまったケースなどもあるが、イルカを食べる習慣が消滅しているわけでもない。
代用食なわけでも、他にないから嫌々食べているわけでもないし、「伝統や文化を守るために無理して食べている」わけでもない。


そもそも、どんなものでもそうだけど、「良いと思われたもの」「皆がほしがるもの」が残っていくわけで、食べ物の場合は「おいしいもの」が残るのが当たり前。
イルカ食が今もあるということは、イルカをおいしく食べる方法の発達が今も継続している、そしてイルカをおいしいと思って食べている需要が存在している、ということでもある。
伝統、文化だから食べるんじゃなくて、「食べておいしいからそれが引き継がれる」、ということ。


イルカ食を批判する人に一言言いたい。
料理がヘタクソなのを、食材のせいにするなーw
食わず嫌いを正当化するために、信仰を持ち込むなーw
自分が食えないものを食っている相手を野蛮呼ばわりするなーw
虫を食う長野県人と東南アジア人とアボリジニに謝れw
くさやを食う伊豆諸島人に謝れw
鮒寿司を食う滋賀県人にも謝れw


これから先、何度でも誰にでも言うよ。
イルカは美味しい食べ物です。



以前の主なイルカネタ。
http://d.hatena.ne.jp/azuki-glg/20090921/1253560562
http://d.hatena.ne.jp/azuki-glg/20080316/1205679564
http://d.hatena.ne.jp/azuki-glg/20071102/1194001788


To the person who is angry of the dolphin fishing.

Are your share has decreased?
If it, I say "sorry".
And, My dolphin-meat is divided into your plate and it gives it.

Let's enjoy meal together.

*1:人間も予備のエネルギーは脂肪としてため込み、これを少しずつ溶かしてエネルギーにしている。イルカも同じ

*2:もうひとつ似ているのは心臓、ハツの類。筋肉のザクザク感は随分違うが、血生臭く下処理が大変な食材という意味ではよく似ている

*3:骨は食べません

*4:鮑や貝類の乾物

*5:目から蛆が湧く頃が食べ頃